第12話 今後の展望
ミアが目を覚ますと、先程の部屋の中で男が頭を抱えていた。床に額をぶつけながら、何かをブツブツと呟き続けている。
彼女はそんな彼を見て慄きながら、音を出さずに動き出そうとして、気が付く。両腕が縛られていた。そして、両足も。口の部分には、声が出せないように手ぬぐいのようなものが巻かれている。ご丁寧に、口の中には何か布の塊のようなものが詰められていた。声は出せるが、詰め物の所為で音はあまり響きそうにもない。
そう自身の状況を確認していた彼女の
「起きたか」
魔族の男────それも、流暢に人語を話すのだ。もちろん、ミアは今までの人生で遭遇したことがない。
「…………マジでやらかした。マジで」
彼女の首を絞めていたときの鬼気迫る様子とは異なり、彼は幾分か威勢が無かった。
あまり記憶に残らない平凡な顔であり、落ち込んでいる様子からでは魔族とは微塵も想像できない。理性のある行動を取り、目が変な方向に向いていることもない。ただし、気絶前に見た鱗は、確実に魔族のものであった。
「何でお前は俺の部屋に入って来たんだよこの野郎。魔族に足噛まれて死にかけだっつーのに、なんでこんなより一層の危機に追い込まれてんだよ。なにより人を殺せない自分が一番腹立つ」
先程の頭を抱えた姿勢に戻り、男はまた愚痴をこぼし始める。
人を殺せない、という言葉が出てきて、ミアは一瞬身を固くした。自分が殺される可能性を、なぜか頭から消してしまっていたためだ。良く考えなくとも、彼の一番の機密を知ってしまった彼女が生きて帰れるとは思えない。現に、こうして拘束までされているのだから。
ただ、この男は『人を殺せない自分』と言った。もしかしたら、私のことを殺せなかったのかもしれない。ミアはそんなことを思って、その思考を慌てて掻き消した。希望に縋るのは良くない。その希望が無くなった時に何も考えられなくなるのだから。
「うじうじしててもしゃーない。早く動こう」
縛られた状態のミアを軽々と持ち上げて、壮は立ち上がる。その状態のまま、部屋の隅に置いてあったリュックを持った。それを右肩に掛けた状態で、窓枠へと足を掛ける。
抱えられた状態では下の景色を見ることも出来ず、ミアは恐怖に身を
「暴れるなよ。暴れた方が危険だろ」
壮に言われて、ミアは動きを止める。この場所は二階。飛び降りることもできなくはない高さだろう。ただし、人を背負った状態で飛び降りようと思う高さではない。
僅かな衝撃の後、地面に到達したのだと気が付いたのは、壮が走り出してからだった。彼は走りながら、彼女の事を前に抱え直す。
彼の顔が見えるようになって気が付いた。流石は雑兵なだけあって、人間を一人抱えた状態で走っていても、壮は辛そうな仕草を微塵も見せない。
上空の景色が、夜空から、森の中へと変わって行く。目指す先も分からぬまま、ミアは壮の走る律動に身を任せていた。
†
マジでやらかした。いつかはバレるだろうと思ってたけど、もっと強くなってからバレたかった。人類全員相手取っても死なないぐらいには強くなっていたかった。できれば手加減して殺さずにいられるぐらいには強くなっていたかった。
腕の中でこちらを見上げている女の顔を見る。
本当は、この女を殺してしまえば済む話だったのだ。何も考えずに、一息に殺してしまえば。そもそも部屋の中に勝手に入って来たのは彼女のなのだから、しゃーないだろ。雑兵に荒くれ者も多いし、それぐらいは仕方ないことだとして、大したニュースにもならない。そんでそのまま逃げれば良かった。
ただ、一般日本人高校生にそんなことが出来る訳がなくてですねぇ。そもそも魔族でさえも最初は滅茶苦茶嫌だったってのに、生きている人間、しかも話したことがある相手を殺せるかと言われたらそんな訳がなくてですねぇ。
この腑抜け野郎がよぉ。貴様が腑抜けなせいで一世一代の危機になっちまってるじゃんかよぉ。
「んで、俺はどこに行きゃあええねん」
根城にしていた街に戻るのはナシだとして、もう一度王都に戻る気にはなれない。かと言って近くの町を目指すのも時間は掛かる。
ともかく、今夜はこの森の中で過ごすしかないだろう。
ただ、ずっと森の中に隠れて生きて行ける訳じゃない。食料はいつかなくなるだろうし、魔族に怯えながら生活するというのもしたくはない。何せ、自分は油断していて魔族に後ろから噛まれて瀕死になった人間なのだから。
あ、そう言えば魔族に噛まれた傷跡だが、何か知らんけど治ってた。さっき走ってみて、何か走れるなぁとか暢気なことを考えてたら、いつのまにか治っていた。理由はマジで分からん。
まぁ、ありがたいので放置で。
ともかく、また活動場所を探すしかない。そして、この女もどうにかしなくてはならない。
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