第10話 襲撃
ということで夜中─────と言っても、日没から一時間も経っていない頃、何故か食堂で一人夜食を食べていた若旦那の妹に会釈をしつつ、外に出る。
エネルギー資源が絶望的に足りないこの世界に於いて、明かりを灯す為に高価な燃料を消費するような者はおらず、町は静寂と暗闇に包まれていた。この時間でも未だ戦場で戦っている者がいるというのは、この世界ならではの異常なんだろうけど。
暗がりに紛れて、目的地へと近付いて行く。隠密系の技術は何も持っていないが、目前の敵との戦闘に傾注している者から姿を隠すことは然程苦労するものではなかった。
若干離れた場所から、木に登って戦場の様子を見る。
立地から言えば、この戦場は魔族の群れを食い止めるのに最適な場所となっている。五十年という長い年月をかけて形成されてきた侵入防止網なんだから、当然と言えば当然なんだけどね。
で、その立地というのが、山に囲まれた谷場。山脈を超えて来る魔族というのはあまり数がおらず、巡回している騎士団やら正規軍やらが対処すれば何とかなる程度には納まる。そして、一番魔族を止めやすいこの場所が戦場として選ばれたと。
何故某漫画のように人間の居住地域を巨大な塀か何かで囲ってしまわないかと言えば、魔族が増えすぎないようにする必要があったことが大きな原因らしい。他にも人員不足や資金不足なんかの細々とした理由もあったって話だけどね。
ともかく、魔族の数を減らすためにも、我々雑兵は戦わなければならない。
で、現在いるのはその谷の自分たちの町側。つまりは、何処かに視線を逸らしていても、魔族うが襲って来る確率はあまりない場所ということですね。
この世界に来てから、眼鏡の必要が無くなるほどには視力が良くなった。加えて、ステータス吸収のお陰で身体的な能力は軒並み向上している。嗅覚が良くなったのはこの不衛生極まれりな世界だと本当に嫌すぎる変化だったが、それ以外の視力やら聴力やらの変化はかなりありがたかった。今回ここまで離れていても遠くの戦闘が十分見えるのはそのお陰だしね。
さて、では始めますかね。見稽古。
見ただけで何か分かるんかという話かもしれんが、前の世界ならいざ知らず、この世界での戦士たちは基本的に剣技が達者だ。何せ
とはいえ、こうして人の戦闘を必死に見るという機会はあまりないので、実際にどれぐらい自分の感覚が変わるのか試してみたいという思いもあったりして。
…………自分が戦ってるときにあんまり周囲の確認しないから、こうして落ち着いて誰かが戦っているのを見ているのは若干違和感。
ただやっぱり、動きが確りしてる人は多いね。どう頑張っても追いつけなさそうな雰囲気を感じる。剣を使うにおいてやっぱり剣技は必須なんですかねぇ。
最初から諦めんのは弱気過ぎるか。一旦自分が剣でどこまで行けるか試そう。
ということで、今は観察っすね。
─────自らの集中力が、そして自らの油断が、自分に牙を剥いて来たのだと悟ったのは、大腿部に
衝動的に振り返った視線の先に、肌色の塊が映る。
一糸纏わぬ姿で、この野生に見合わぬ姿で、
腰に差した剣を引き抜こうとして、焦燥感故に震えた指は柄を掴み損ねる。病的に丸まった背中のまま、男はこちらへと飛び掛かった。その伸ばされた腕が、悪夢のようにこちらに迫って、強く握り締めたその指先が肩に食い込む。
自分の意識が
その反射の奥にあるものを覗き込みながら、両腕に力を込める。
何かが潰れた感触がした。手を離す。続いて、重たいものが地面へと落ちる音が聞こえる。
生温い、粘性のある感触が両腕にこびり付いているのが嫌だった。自分も枝の上から地面に落下して、止血しなければと思い至ったのは、数瞬経った後だった。
大腿部の傷跡に視線を向ける。心臓の拍動に呼応するように脈打つ感触が血液を送り出して、温かな液体が傷跡付近で更に噴き出される。緊張が
噛み付かれた
傷が深すぎる。血が止まらない。抜けて行く力を搔き集め、更に結び目を強く、強く。
離れねば、此処を。
帰らねば。
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