第5話 一方

 ────豪華絢爛な装飾が視界の一面でまたたいている。天窓に嵌め込まれたステンドグラスからは高く昇った日の光が差しこみ、王座を透き通った青色に染めていた。

 床に反射した青の破片は、時折揺らぐようにして、部屋の中に彩を加える。


 王座に座る壮年の男性は、重苦しい溜息を一ついた後、近くにいた者に指で合図をした。音もなく一礼をして部屋の奥へと消えて行った秘書は、直ぐに羊皮紙と万年筆を持って現れる。


 額に皺を寄せながらペンを握ったその男の格好は、たった一人の人間に対してであっても、荘厳であると形容せざるを得ない程には、素晴らしいものだった。

 深く艶やかな紫色のローブを羽織って、腰元には柄に宝石の嵌め込まれた剣を持ち、同じように光を放つ王冠が頭部で存在を主張している。

 鷲のような鋭い眼光に、顔全体を覆う年齢を感じさせる皺の数々。年相応に細身である男からは、それを感じさせない程の重圧が溢れ出していた。


 同室にいる人間達は、誰もが音を立てずに行動を取っていた。全てはその身を捧げる主の為に、王座に座るその男の為だけに、この巨大な王室は創造されていた。

 部屋の壁際に飾られている花が揺れる。先日隣国から届けられた、青い花弁を持つしゅだった。乾いた空気が、冷たく石壁を添うように流れ、部屋の中を静かに吹いている。


「…………勇者共はどうだ、動けてはいるのか」


 無音の部屋の、その静けさを、しゃがれた低い声が破る。

 その言葉を受けて前へと出た男は、頭を下げたまま、床へと膝を付ける。王はそれに一瞥もせずに、ただただ何も書かれていない羊皮紙を見つめていた。


 何か小さな声で、男が報告をする。


 静寂が、また部屋に戻る。


「引き続き、お前は彼奴等の傍にいろ。下手に急かさなくとも良い。どうせ、ただの”希望”程度だ」


 独り言のように呟かれたその台詞は、広い部屋の中を反響して満たす。それに対して小さな返事の言葉が聞こえ、また男は顔を下に向けたまま持ち場へと下がった。


 逡巡の後、王は手元で何かを書き付け始める。そのペン先が紙を引っ掻く柔い音だけが部屋の中で響いていた。

 呼吸の音すら、聞こえない。王はまた額に皺を寄せた。





――――――――――――――――





 河端かわはた彩佳あやかは、息を切らせながら土の上に座り込んでいた。

 身に着けているのは、最早着慣れて来た戦闘用の軽装。一応は上流階級向けであるようで、機能性には全く以て問題はない。ただ、だからと言って年頃の乙女が大勢の同世代の前で古風で奇天烈な格好で、汗水を垂らして動き回っているという現状は耐えられたものではなかった。


 心の中で罵詈雑言を吐き出しながらも、表面上は大人しい女子を取り繕う。


「彩佳、大丈夫?」

「…………まだいける」

「そっか、じゃあ一緒に頑張ろ?」

「うん、ありがとう」


 友人に声を掛けられながら、一瞬だけ離れていた訓練へと戻った。剣を握り、魔法を使用しながらも、それを振り回す。


 今回この世界に転生させられた者は、全員が魔法ないし技術スキルが使用可能だった。それ故に、訓練内容もそれに沿ったものになってくる。

 魔法の使用できる者は、いかに魔法が効率的に使用できるか。そして、魔力量がどれだけ増やせるか。技術スキルが使用できる者は、それに従ってどれだけ才能を伸ばせるか。ただただ運動するだけではない。明確な目的があって、そのためだったら如何に辛い反復練習だろうとも耐えなければならない。


 魔力が枯渇して行く気配を感じながらも、彼女は前へと足を踏み出す。訓練相手は、同郷の者、もしくは研ぎ澄まされた騎士団の者達。同じようなアドバンテージを得ているクラスメイトは勿論、騎士を相手取るというのもそれ相応に辛い。

 実戦ですらないというのに、彼女は自身の生命が削り取られて行くような感触を覚えていた。


 いつから、こんな世界に身を置くことになっていたのだろうか。


 疲労感故か、思考があらぬ方向へと飛び出して行く。過去を巡って、平和だった頃の自身の姿が脳裏へと浮かぶ。ただ何の目的意識もなく、惰性で学校へと足を向けているだけだった自身の姿が。

 あの頃は、それで幸せだった。それだけで幸せだった。


 短く息を吐き出す。


 国は、これ以上の脱落者を出さない為に必死だった。逃げ出すことも、命を落とすことも出来ないように、緩やかな監視の目が一面へと張り巡らされている。

 敵中に身を置いているようなこの状況で、下手に立ち向かえるわけがない。諦めて与えられた指示に従うことが一番の妥協案であることは理解している。だからこそ、真綿で首を絞められているような感覚がいつまでも体を離れてくれないのだった。


 結局、この状況から逃げおおせたのはただ一人だけ。お前のせいで監視網が張り巡らされたのだと、知り得る限りの暴言の全てを尽くして、心の中で罵倒した。

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