第2話 夜

 さて、そろそろ日が暮れる訳だが。

 魔族の侵攻は例え夜になろうとも衰えないが、人類側はやはり休息が必要だったりする。ということで、案外夜になると前線から解放されて真面まともな寝食もできた。ただし、交代制であるために、昼間に戦わずに夜に闘う人々もおり。どちらにせよ、休憩時間がちゃんと取ってあるのはありがたいということでね。

 まぁ、戦闘中の疲れと緊張のせいで、宿に戻ったら崩れるように眠る人間が多いらしいけどね。


 ただ、実は自分の場合は、この世界に送られてきてジョブ判定をされてから今の今まで一度も睡眠していない。屍術士ネクロマンサーという職種ジョブであるが故に、人目を避けてせねばならないことも数多く、ありがたいと言えばありがたいのだが。

 結局は、極度の不眠症みたいなもんよ。体には何の負担もないけど。…………ただ、精神的には、休憩時間が微塵もないのは普通に辛かったり。


「おいテメェ、引き上げるぞ」

「りょ」

「…………は?」

「あ、そっか。伝わんねぇのかコレ」


 丁度交代の銅鑼どらが鳴って、オジサンに引き連れられて軍の後ろへと引き下がって行く。オジサンは最後の最後まで駆け寄ってくる魔物を相手にして、逆に戦地の奥から続々と溢れ出て来る味方軍へと場所を引き継いでいった。

 こういうことをちゃんと出来るあたり、前線ここで戦い続けて来た猛者なのでしょーね。


 今朝初めて知り合ったオジサンであるが、まだ歴の浅い新米のぺーぺーである身としては見習わせて頂きたいことが割と大量にある。

 魔族相手の立ち振る舞い然り、戦場での緊張の保ち方然り。俺の場合は途中で疲れてきて段々集中力がどっかに行くのでね。普通に危ないので是非ともどうにかしたいところ。やっぱり数年単位で従軍している人間と比べてしまうとままならないものがありますねぇ。


 とは言いつつ、既に”死の三か月”はとうに過ぎていて、俺も一応長期間戦場に潜ってる扱いになるんだけれども。


「で、テメェの取り分の半分だったよな?」

「そーっすね。長期で依頼に乗ってくれるなら三分の二でも良いですけど」

「嫌に決まってんだろ、死体穿ほじくり回してる奇人の護衛で定着すんのは」

「なら半分で」


 やっぱり、長期で護衛してくれる人は見つからないよねぇ………。屍術士ネクロマンサー珍しいし、忌み嫌われてる感じあるもんねぇ………。

 うーん、泣きたい。


 この世界での職業ジョブというのは、その人間のさがに合わせて選ばれるという通説がある。武を好む者は剣士セイバー戦士ファイター、忠誠心の高い者は守護者ガーディアン騎士ナイトなど。

 他にも色々と職業ジョブはある訳だが、その中でも割と珍しいのが屍術士ネクロマンサーだった。そして、屍術士ネクロマンサーの職を与えられるのは、生粋の根暗やらコミュ障やら、そういった辺りのジメジメした者共らしい。


 つまり、俺の性格が根暗ってことがオフィシャルに認められてしまったっつーことですねぇ…………。はい。

 いやもう街頭アンケートとか比じゃないからね。母数で比べちゃあアレだが、神様から直接『貴様は根暗だ!』って言われてるようなもんだからね。


 そんな奴らの集まりということで、且つ職業ジョブの内容も相まって、世間様からの視線が好意的なものである訳がなく。俺はそろそろ泣いて良いだろか。


「一人百面相してねェで早く歩け」

「うっす」


 オッサンにかされて、一旦戦地を離れた方へと向かう。


 自国の中でも幾つかある戦場だが、長く続く戦争のお陰でその周囲には繁華街が出来上がっていた。安い飲食店から、指揮官クラスの高給取りの為の高級レストランまで。更に言えば、ホテルも様々なグレードで存在しており、何なら花街風の場所もあったり。

 流石に怖いし、まだ未成年なんで、遊女屋の方はちょっと日和っている。まぁ普通に性格的にも行けねぇし。

 どーせ、根暗なんで。ケッ。


 ということで、現在向かっているのはその戦場街の一角────戦争関連の物事を管理している場所。正規兵じゃないんで、日払いの給料を受け取りにいきます。

 正規兵とその他の雑兵の違いというのは、大体正社員とアルバイトの違い程度で捉えて良いと思う。給料システムは色々と独特ではあるものの、雰囲気的にはそんな感じ。


 で、先程の『取り分の半分』だか何だかは、今朝オッサンに持ち掛けた『護衛の代わりに俺の給料の半分を渡す』の話。余談だが、純粋に給料が二分の三倍になるっていうことで、割と乗り気だったオッサンだったが、俺の職業を知った時点から機嫌が急落した。

 とにかく、今日の分のお金を受け取りに行こうかと。


 受け付けの女性に今朝受け取ったふだを渡して、交換で金銭を貰う。ちなみに、戦争に参加せずに日当だけ受け取るなんつー不正を行うと、意味わからんほどの厳罰を受けることになる。まぁ、命をベットする職なんだから、そんなもんよね。


 受け取った金の半分を、その場でオッサンに渡した。無言で値段を確認したオッサンは、ぶっきらぼうに「確認した」とだけ言って、そのまま去って行った。


 俺は夜に寝る必要が無いので宿代が浮いて、生活費がかなり減る。そのために給料が少し減ったところで良いかなぁと思い、急遽護衛を雇ってみたのだが。

 まぁやっぱり長期で請け負ってくれる訳がないよね。


 一日近くに誰かがいるってのも嫌だし、今後も護衛はいらんか。護衛がない状況だと殆ど最前線にも行けないから、色々と工夫しなけりゃあならんのだけど。毎度半ギレのオッサンを侍らせるというのも精神的に辛い。 自分の命を比べたら軽いものなのかもしれないが、流石に戦場にも慣れて来たし、死ぬようなことはないと信じたかったり。


 こうやって油断して死んで行くんだろうなぁ、と今日見た死体の数々を思い出した。

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