閑話 悪逆皇帝の真実


 ガルデノン帝国、現皇帝・ゴーム。


 彼の体には死臭が染みついていた。


 今宵も伽の相手が粗相をしたと難癖を付け、凄絶な責め苦を与えたうえで、殺害。


 浴びた血をそのままにして眠るのが、ゴームにとってはもっとも心地の良い就寝であった。


「いやぁ~、悪いことするのって、なんでこんにも気持ちが良いんだろうねぇ?」


 寝所にて。

 ゴームはベッドへ腰掛けながら、扉の前に立つ男……ウラヌスへと呼びかける。


「ボクはさぁ、歴史に名を残したいんだよ。人類史上、最悪の皇帝として、ね。悪名は無名に勝るっていうけどさぁ、実際は無名どころか、善名にだって勝るんだよなぁ~」


「…………」


「黙ってないでなんとか言えよ。それともアレか? お前はボクが嫌いなのかなぁ?」


「……い、いえ。そのようなことは、決して」


「ははッ。ウソ吐け。どうせお前も、あわよくばボクの首を取りたいって考えてるんだろう? だったら……ホラ、やってみろよ」


 ニタニタと笑いながら、ウラヌスをからかうゴーム。


 実際のところ。

 ウラヌスには主人に対する明確な殺意があった。


 何せ主従であっても忠誠などなく、また、報償も大したものではない。


 きっと寝首を掻いて殺すことが出来たのなら、むしろその方が、ウラヌスにとっては大いなる利となろう。


 では。

 なぜ、ウラヌスはそのようにしないのか。


 それは。


「ハッ! そうだよなぁ? お前がボクを殺すなんて、まず以てありえない。だってお前は――――」


 言葉を紡ぐ、最中。

 ゴームは自らの異変に気付いた。


「ぅ、ぐっ……?」


 気分が悪い。

 そんな感覚を味わった瞬間、二つの出来事が同時に発生する。


「か、はっ……!」


 小さな苦悶と共に、ウラヌスが倒れ込む。


 アレはもうダメだな。


 そう思った矢先。


「皇帝ゴームッ! 覚悟ッッ!」


 ドアを蹴破り、黒装束の男が突入する。


 手には短剣。

 瞳に殺意。


 かなり、やる。


 少なくとも相手方はゴームを抹殺することに関して、確定した未来であると、そのように断じているのだろう。


 何せゴームの戦闘能力は、あまりにも低い。

 ウラヌスという最強の戦士が常に護衛しているからこそ、彼は暗殺の危機に陥ることがなかったのだ。


 恐ろしいことに――

 そんなを信じて込んでいる者が、帝国の圧倒的大多数を占めている。


 しかし。

 ゴーム・アルヴァトーレ・ガルデノンは、実のところ。

 

「ナメ過ぎだろ、下郎が」


 弱者を装う、圧倒的な強者であった。


 彼は全身を蝕むダメージに対し治癒の魔法を発動。現状維持を行いつつ、向かい来る暗殺者へと身構え――


 突き進む短剣を弾き、手首を掴んで捻り上げる。


「ぎぃっ!?」


 小さな悲鳴が、暗殺者の断末魔となった。


 彼の手元から零れ落ちた短剣が、虚空にて浮かび上がり、推進。


 そのまま主人の心臓を貫く。


「……ふぅ」


 状況終了……とは、まったく思ってない。


 ゴームは油断なく現状を考察する。


「マジ、どうなってんだよ、このダメージは」


 さっきから治癒の魔法を継続的に発動しているにもかかわらず、まったく具合が良くならない。

 むしろ緩やかに悪化してさえいる。


 食事に毒を盛られた?

 ありえない。今さらそんな凡ミスをしてたまるか。


 魔法によるもの?

 ……そうだとしても、理屈がわからない。


 ゴームは黒き龍の末裔たる王家において、歴代最強の魔導士である。


 そんな彼でさえ、現状は理解不能であった。


 が、そこに対する不安も畏怖もなく、ゴームは考察を進めていく。


「苦しい、助けて、的なこと言って出てったら、かなりの大人数に囲まれそうだな」


 相手方はこちらの暗殺プランを徹底的に練り上げているに違いない。

 よってドアの向こう側は死地となる。


 平時であれば皆殺しにすることは容易い。肉体に甚大なダメージを受けている現在であっても、不可能ではなかろう。


 だが。


「ど~して皇帝のボクが、下郎如きに手を下さにゃならんのか」


 だからわざわざ、ウラヌスという最強の戦士を仕立て上げたのだ。


 彼は元々、そこらへんで売られていた奴隷の一人でしかなかった。


 見た目が強そうで、風格があったから、ゴームが買い取り……

 魔法の力で以て、自らの能力を分配。


 かくして最強の暴力を持つ皇帝の護衛者という、幻想が誕生したわけだが――


「最っ後の最後で、ぜんっぜん役に立たなかったな。やっぱ自分以外はクソだわ」


 愚痴りつつも頭を働かせ、結論を見出す。


「まずは……偽装工作だな」


 しばらく、自分は死んだものとして扱ってもらおう。


 ちょうどいいことに、亡骸となった暗殺者の体格はゴームに限りなく近い。

 これならば変成の魔法を施すことによって、こちらの死を偽装出来る。


 相手方はゴームが弱者のフリした強者であることを知らない。

 だからこそ、完璧に騙されてくれるだろう。


「うん、これでよし。……我ながらマジでブッサイクだな。そりゃ無能だと思い込んでもしょうがねぇわ」


 自虐をカマしつつ、隠匿の魔法を発動。

 肉体を蝕むダメージによって、平時のような完全性はないが……


「アホを欺く程度には十分っしょ」


 実際、彼は寝所を抜け出し、厳重な配備を潜り抜け、まんまと帝国を抜け出してしまった。


「ふぅ……宮殿から抜けた後、一気に体調が良くなったな」


 どうやら件の魔法は、宮殿内限定という条件下で、環境そのものに干渉していたようだ。


「はぁ。やれやれ。……やっぱ気持ち悪ぃじゃねぇか、あの里」


 ゴームは確信している。


 此度の一件には、アルデミアの里が関与している、と。


 そももそもなぜ、ゴームがあの里を潰そうとしているのか。


 それは彼の第六感が、叫んでいるからだ。


 あそこには自分の命を脅かす何かがある、と。


 さもなければ国内の戦力を全て集中させるといった、ありえない暴挙を推し進めるわけもない。


「まったく……予想以上にムカつく奴等だ……」


 平野を行き、月明かりを見上げながら、ゴームは笑う。


「でも……ムカつくからこそ、それが絶望の色に染まる瞬間を見るのは、何よりも愉しい」


 本来であれば、人の力だけでそれを成そうと考えていた。

 しかし、ここに至って、ゴームは心変わりする。


「奴等には……誰も味わえないような、恐ろしい最後を与えてやりたいな……」


 そうした考えのもと、思索を巡らせ……


「うん。そうだ。を履行してもらおうか。こっちの切り札ではあるけど、まぁ、いいや。どうせいつ使うやらわかったもんじゃねぇし」


 結論を出した後。

 彼は小太りな体を揺らし、スキップしながら、目的地へと向かう。


「いやぁ~楽しみだなぁ~。どんな顔を、見せてくれるのかなぁ~」


 ニヤニヤと。

 ニヤニヤと。


 月明かりの下で、悪魔は嗤い続けた――






 ~~~~あとがき&お願い~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!

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 そうでなかった方も、お手数ですが、☆の方、

 入れていただけましたら幸いです……

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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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