第一一話 色々と仕込んでいこう
いつまでも戦勝ムードに浸ってはいられない。
まっとうにシナリオが進んだなら、次は一〇〇万の軍勢を相手取ることになるのだから。
さりとて相手方とぶつかり合うまでには、かなりの期間が開くことになるだろう。
この世界は剣と魔法のファンタジーワールドではあるのだが、物流の速度はあくまでも古代レベルに過ぎない。
であれば一〇〇万の軍勢という桁外れな物量を御しきるのは、容易なことではないはずだ。
そもそも国中から兵を掻き集め、まともに編制するだけでも膨大な労力を費やすことになるだろうし、行軍のために必要な食糧を用意する必要だってある。
それらを加味すると……敵方がこちらに到着するまでの期間は、およそ四ヶ月前後。
原作においてはその期間中、主に日常パート(ヒロイン達との性的な交流)が描かれており、特別な準備を行っているような描写は希薄であった。
しかしそれはあくまでもゼロスが主人公だった場合の話。
こちとらチート能力なんぞ一つも持ってない凡庸な元・社畜候補である。
ゆえに準備期間中は徹頭徹尾、さまざまな仕込み作業に忙殺されることとなった。
一〇〇万の軍勢を相手取るという原作シナリオを、まともに攻略する手段。
これを模索しつつ……
シナリオの破壊を目的とした仕込み作業も、同時に実行する。
これはまさに、その最たるものであった。
「え~、みんな集まったようだし……そろそろ会議を開こうか」
里の主要メンバー。
イリア、シャーロット、マリア、ネフィル、リーナ。
五人を集めての会議。
それは通常、シャーロットの邸宅にて行われるものだが……
今回は、ネフィルの工房内である。
「まず、そうだな……マリアさん、今回の勝利条件に関して、貴女の意見を聞かせてほしい」
ネフィルの工房は出入り口が開け放たれているため、我々の会話は外部に筒抜けとなっている。
秘するべき情報。そうでない情報。全てが通行人の耳に届いているというわけだ。
それを承知のうえで。
マリアはこちらの目的を、堂々と口にする。
「相手方は一〇〇万の軍勢。されど、その全てを殺し尽くす必要はないと考えている」
「うん。そこは俺も同感。……皆はどう思う?」
ここでイリアが小さく挙手をして、
「わたしも同じ考えです。相手方の士気を思えば……多く見積もっても一〇万ほどを削ったところで、敵軍は潰走するかと」
これは別に、希望的観測ではない。
今回の一戦、将にとっては皇帝の命令であるがゆえに、里の陥落は確実に成功させねばならぬ目標となろう。
だが一方で、軍の大半を構成する兵士達からしてみれば。
「我が里を襲撃し、壊滅させたとて、彼等に与えられる褒賞はどこにもありません。また、我々が彼等に甚大な被害を及ぼしたわけでもない」
シャーロットが自らの意見を言い連ねていく。
「利を目的とした士気の向上もなければ、外敵を打ち払わんとする士気の向上もない。そんな状態で、命の危機に陥ったなら」
当然、逃げ出すだろう。
大義もなければメリットもない。そんな戦で死ぬだなんて、兵士達からすればたまったもんじゃないからな。
「では決を取ろう。今回の一戦は敵軍の全滅ではなく、およそ一割ほどの被害を目標とする。異議がある人は挙手してくれ」
誰も手を挙げなかったので、話を次に進める。
「さて……敵軍の一割程度とはいっても、その数は膨大だ。一〇万前後をどう削るのか、その手段が必要になる」
前回の戦における敵軍の被害数は、およそ三〇〇〇かそこらであろう。
その数十倍を削るには、戦力の大幅な向上が必須条件となる。
とはいえ物量面を強化するのは現実的ではないため、三〇〇の寡兵を維持したまま、一〇万を削り切るような手段を獲得せねばならない。
今回、俺がその手段として選んだのは。
「化学兵器。具体的には……サリンを作る」
悪名高きサリン・ガス。
風の魔法と組み合わせて用いれば、その被害は超広範囲に及ぶこととなろう。
サリンの恐ろしいところは、吸引だけでなく、皮膚からも吸収されてしまうところにある。
この世界の住人達にそれを防ぐ方法はない。
散布してから数分程度で、敵方の兵士達は神経伝達の麻痺を起こし、様々な症状を発症。
地獄の苦しみを味わいながら、死んでいくことになる。
まぁ、だからこそ、なんだけど。
――そんなもん、作るわけがないんだよなぁ。
「サリンを生成する具体的な方法だけど――」
理屈を口にする。
しかしながら、本気でそれを実現するつもりは毛頭ない。
なぜか?
サリンを生成した瞬間、里が滅亡するからだ。
かの悪名高き化学兵器は、あまりにも揮発性が高く、二次被害のリスクも極端に高い。
だから厳重な管理体制が必要となるのだけど、当然、そんなものが里にあるはずもなく。
現時点でのサリン生成は自殺行為でしかないので、絶対に行うことはない。
というかそもそも。
根本的に、現段階の我々では、その技術を再現出来ないのだ。
これはいくつかの実験で判明した事実、だが。
魔法によって再現出来る技術には、確かに上限がない。
ただ……物質の性質変化には、限界がある。
たとえば炭を構成する炭素の構造を変化させ、ダイヤモンドを作ることは可能。
しかし古の錬金術よろしく、石ころを純金に変換しようとしても、例外なく失敗する。
よって技術再現においては、本来踏むべきである課程を、完全には無視出来ないのだ。
このルールに当てはめて考えた場合、サリンの生成は不可能であると断言出来る。
材料もなければ施設もない。そうした状況では、然るべき課程を踏むことも出来ない。
通信機の例を見るに、課程はある程度なら無碍に出来るのだろうけど……今回の場合は再現不可能と判断すべきだろう。
しかし。
「サリンの生成と、それによる敵軍の大打撃。これは不可能じゃない」
なぜこんなウソ八百を口にするのかといえば。
それは、この情報を皮切りに、必要なそれを相手へ伝えるためだ。
「……さて。方針も決まったし、早速動くことにしようか」
会議を終えた後。
俺は工房の外へ出て、周囲を見回した。
件の人物がこちらに姿を晒すようなことはない。
原作のシナリオとは、だいぶ違う形で接触してるからな。
……まぁ、ともあれ。
俺は心の底から、願った。
「上手いことやってくれよ。……ルドミラ」
~~~~あとがき&お願い~~~~
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