第一〇話 敵国ヒロインは暗躍を決意する


 軍師と亜人達のリベリオンに登場するヒロイン達は、およそアルデミアの里に属する亜人達であるが……ただ一人、例外となる人物が存在する。


 ルドミラ・フォルン・ド・シュバイン。


 彼女はガルデノン帝国に籍を置く、上位貴族の一人であった。


 そんなルドミラは今、皇帝ゴームによる招集を受け、帝都中央の宮殿へと向かう最中にある。


 蒼穹色の美髪を靡かせ、豊満な乳房を揺らしながら、早足で歩く。


 そんなルドミラの背後にて、長年連れ添った側近たる老将、ヴァイスが口を開いた。


「到着するまでには、そのお顔に仮面を付けてくだされよ、ルドミラ様」


 彼の言葉は比喩である。

 ルドミラの表情は今、荒ぶる胸中を表すように、険しい。


「わかってるわよ! 言われなくても!」


 放たれた美声には明確な苛立ちが宿っていた。


 これがルドミラの平時……というわけでは断じてない。

 彼女は若くして侯爵の座に就いており、その地位に見合った落ち着きを有している。


 そうであるにも関わらず、なにゆえ彼女が心模様を荒れさせているのかといえば。


「ゴームの奴……! 今回は何を言い出すのやら……!」


 現皇帝、ゴーム・アルヴァトーレ・ガルデノン。

 邪知暴虐の王たる彼を、ルドミラは蛇蝎の如く忌み嫌っている。


 ゆえにこそ。

 その招集に対し、上機嫌でいられるわけもなく。


「……何事もなければ、いいのだけど」


 不安と不快感とが、秒刻みで高まっていく。

 そんな心持ちで宮殿へと到着し、内部を進んだ末に、ルドミラはある一室へと入った。


 招集されたのは彼女だけではない。上位貴族は皆総じて、参席している。

 彼等は円卓を囲みながら、既に議論を始めていたようで。


「やはり潰すよりかは取り込むべきであろう」


「うむ。そもそもが間違いであったのだ」


「これ以上の恥をかこうものなら、周辺各国への睨みが利かなくなるやもしれんしな」


 皆、直接的な言葉は使っていなかったが……ルドミラにはわかる。

 彼等が件の里、アルデミアについて議論していることが。


 皇帝、ゴームによる招集命令は、先の敗北を受けたことによるものだろう。

 おそらく此度の会議は、今後の方針を決めるためのものに違いない。


「……どうやら皆様、意見を合致させいるようですな」


 席についたルドミラの背後にて、ヴァイスが小さく呟いた。

 これに彼女は首肯を返し、


「講和、あるいは、休戦。……まぁ、当然よね」


 先ほど上位貴族の一人も述べていたが、そもそも件の里に手出ししたこと自体が間違いだったのだ。


 アルデミアは帝国にとって利をもたらす存在であり、害などは一切ない。

 独立を認めてはいるが、実質的には属領も同然の土地であり、そこに対して攻撃を加えるなど、まさに正気の沙汰ではなかった。


 そのうえ。


「……勝って当然の戦に、負けた」


 先の一戦にて、アルデミアは三〇〇にも満たないであろう戦力で、一万の軍勢を破ってみせたのだ。


 しかも自軍を指揮したのは、かの名将・マリケス。


 絶対に負けるはずのない戦は、しかし、アルデミアの勝利に終わった。


 もし国家運営に携わる者達が総じて幼子のような気質の持ち主であったなら、敗戦に対してムキになり、「さらなる戦力で叩き潰してやろう」などと言い出すだろう。


 しかし帝国の上位貴族達は皆、聡明である。

 それは無論、ルドミラとて例外ではない。


「アルデミアの里には今、不可能を可能に変える何かがある」


「かの一戦を思えば、そのように結論付けるのが妥当でしょうな」


 であれば。

 そんな未知の存在を抱える相手に対し、戦を続けるなど愚の骨頂。

 ここでなんらかの利を与え、少しばかりの譲歩を認める形で、講和へ持ち込むのが得策であろう。

 それはこの場に居合わせる者達にとっての総意である、が――


「やはりここは、どうにかして」


 上位貴族の一人が自らの意を述べる、その最中。

 ドアが唐突に開け放たれ――円卓へと、何かが投げ込まれた。


 鈍い音を響かせ、それからゴロリと転がる。

 その物体の、正体は。


「マリケス、殿ッ……!?」


 帝国が誇る名将の一人。

 マリケス・フォン・ツヴァインの、首であった。


「…………ッ!」


 騒然となる室内。

 そこに一人の男が、足を踏み入れる。


「欠席者はゼロかぁ~。残念だなぁ~。もし居たら、最近思い付いた拷問の実験台に出来たのに」


 男のそれとは思えぬ高音。

 されど美声ではない。むしろ、耳にする者全てを不快にさせるような音色であった。


 その声の主を目にした瞬間、全員が立ち上がり、一礼する。

 ルドミラもまた、嫌々ながらも、そのようにせざるを得なかった。

 が――


「ルドミラちゃ~ん? 君が一番、遅かったね? ……自分の立場、わかってんの?」


「……申し訳、ございません、陛下」


「君の一族郎党、ボクの手にかかれば三日以内に皆殺しだよ?」


 小太りの体を、揺らすように歩く。

 そうして自らの席へと座るゴームに、ルドミラは内心にて嫌悪を発露した。


(こんなクズが、龍の末裔であるわけが、ないッ……!)


 ガルデノン帝国には古くより、ドラゴンにまつわる逸話が数多く存在する。

 中でも建国期のエピソードは国民の誰もが知るところであろう。


 初代皇帝クロイツは黒き龍の女王メナスと婚姻し、人と龍の力で以て帝国の礎を築いた。


 ガルデノンの皇族は龍の末裔であり、定命たる人の中において、もっとも尊ぶべき存在である。


 ……見方によっては皇族の権威を強調すべく創り上げられた、大仰な虚構であると、そのように解釈することも出来よう。

 だが実際のところ、皇族達は例外なく極めて優秀で、なおかつ善の気質を有している。


 ゆえに彼等のことを民は龍の末裔として崇め、貴族達にしても、その存在を特別なモノとして受け入れていた。


 そんな皇族達の歴史において――

 ゴーム・アルヴァトーレ・ガルデノンは、史上最悪の暴君であった。


「え~、今回のね、敗戦ね。みんな知っての通り、無能のカスがやらかしやがったから、こうして責任取らせたわけだけど……なんか文句ある?」


 異議を唱える者は、誰一人として居なかった。


 ガルデノン帝国は絶対王政である。

 さりとて、かような暗愚を政の頂点置くことを良しとするほど、貴族達は思考停止に陥ってなどいない。


 当然ながら、ゴーム排除の動きは幾度もあった。

 しかし……

 その全てを退けて、かの暴君は皇帝の座に就き続けている。


(悪だくみをさせれば天下一)


(だからこそ皆、弱みを握られて、逆らえなくなった)


 無能なチビの肥満体。そんな外見のゴームは、しかし、悪事において右に出る者が居ないほどの才覚を有する。


 だが一方で。


(戦闘能力はからっきし)


(この場に居る全員でかかれば、簡単に殺すことが出来る)


 されど。

 ゴームの傍に侍る、一人の戦士が、それを許さない。


 ウラヌス。

 出自不明のその男は今も平時と同様、ゴームの背後に立ち、全員に睨みを利かせている。


 おそらくはマリケスの首を両断したのも、彼の手によるものだろう。


 絶大な悪の才を有するゴームと、圧倒的な暴力を有するウラヌス。

 この二人を一度に仕留める方法は、現段階において、誰の脳裏にも存在しない。


 それゆえに。


「アルデミアの里だけどさ。次はもう、全力で潰しちゃおうと思う」


 彼の言葉に、逆らうことは出来ない。

 たとえそれが、いかに馬鹿げた内容であったとしても。


「今度はアレだ。全戦力投下でヨロシク」


 これについて、上位貴族の一人が問いを投げた。


「ぜ、全戦力と、申しますと?」


「そのまんまだよ。一〇〇万だっけ? ウチの総力。それ全部使えばさ、どんなアホが指揮したって潰せるっしょ」


 馬鹿かコイツは。

 全員の脳裏に、そんな文言が浮かぶ。


 帝国は大陸に覇を唱える五大国の一つとして数えられている。

 その近隣には覇権を目指す国々が連なっており、彼等に対しては常々、睨みを利かせておく必要があるのだ。


 よって総力一〇〇万のうち、自由に扱えるのは多く見積もっても一〇万か二〇万。

 軍の大半は国境の防衛に努めさせるべきだと、誰もが理解している。


 にもかかわらず。


「じゃ、話はそんだけだから。解散解散」


 この馬鹿は、何を考えているのだ。

 あまりの愚昧に、一人の上位貴族が辛抱たまらず、声を上げた。


「陛下ッ! 貴方はなにゆえ、このような愚行を――」


 糾弾の最中。

 その首が、両断される。


 おそらくはウラヌスによるものだろう。

 だが、いかなる手段で以てそれを成したのか、誰の目にもわからなかった。


 そしてゴームは鮮血を撒き散らす貴族の亡骸を見下ろしつつ、


「どうしてあの里を潰すのかって? そんなもん決まってんだろ」


 他者を徹頭徹尾、見下した目で。

 そんなこともわからないのかと、いわんばかりの表情で。

 彼は、その答えを紡ぎ出した。


「なんとなく、気持ちが悪いからだよ」


 ……かくして。

 末代まで嘲笑されるであろう最低最悪の一戦が、暗愚の意思のもと、決定された。


 その後。

 領地へと帰還すべく、ルドミラは衛士たるヴァイスと共に、馬車へと乗り込んだ。

 そうして車体の揺れを感じながら、ボソリと呟く。


「……もう、終わりかしら。我が帝国は」


 これに対し、ヴァイスは首を横に振って、


「否。まだ希望は残されております」


「……希望?」


「はい。現政権があと一〇年も続いたなら、およそ取り返しがつかぬほどの打撃となりましょう。しかし……それまでに政権の頂点が、変わったなら」


 ヴァイスのいわんとすることを、ルドミラはすぐさま理解した。

 しかしそうだからこそ、嘆息せざるを得ない。


「確かにね。皇帝の座に就く者が変われば、何もかも解決するでしょうよ」


 だが、そんなこと、どうやって成せばいい?


 悪知恵にかけては右に出る者が居ない、皇帝ゴーム。

 理解不能な暴力を有する最強の戦士、ウラヌス。


 これらを、どうやって処分するというのか。


「残念ながら、我が脳裏にも、それはとんと浮かびませぬ。……ただ」


 ヴァイスは口にした。

 自分達の希望になりうるやもしれぬ、ただ一つの要素を。


「アルデミアの里が抱える、不可能を可能へ変えた、何か。ともすれば、それがなんらかのヒントを与えてくれるかもしれません」


 この言葉を受け、ルドミラは思索を巡らせた。

 その果てに。


「……あんたの言う通りね、ヴァイス」


 彼女は決断した。

 邪知暴虐の王を排除し、帝国の未来を、守るために。


「アルデミアの里へ潜入して、その真相を探る。……わたし自ら、ね」





 ~~~~あとがき&お願い~~~~


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