第九話 戦いを終えて


 正直、ここまで上手くいくとは思ってなかった。


 てこの原理を利用した投石機、マンゴネル。

 硫黄、硝石、炭を混ぜて生成した火薬と、それを元に製作した簡易手榴弾。

 鐙を用いた騎乗射撃と、矢羽による弓射の威力向上。


 そして。

 我が推しキャラ、イリアによる無双劇。


 これらが上手くハマれば、犠牲者を極めて微少な数に抑えたうえで、第一の戦を終わらせられると踏んでいたのだが……


 実際は、微少どころじゃない。


 犠牲はゼロ。

 誰一人、掠り傷も負ってはいなかった。


 ……部屋の中であやまって転び、膝をすりむいた俺を除けば、ね。


 ともあれ。

 誰も死ぬことなく、一万の軍勢を破るという大業を成した後。

 当然ながら、里全体が戦勝ムードに包まれた。


 もう右を見ても左を見てもお祭り騒ぎである。


 そこについては、ヒロインズも同じこと。

 無論、勝って兜の緒を締めよといった、油断のなさは残されているだろう。


 けれども今は、勝利の美酒に酔いしれたい。

 そんな気持ちは理解出来るのだけど……


「だぁ~かぁ~らぁ~! カズマの赤ちゃんを最初に授かるのは、わたしだって言ってんでしょうがぁ~!」


 これはいささか、ハメを外しすぎではなかろうか。


 戦勝の後、俺達は里の住人達がそうしているように、酒宴を開いた。

 シャーロットの邸宅に集い、酒を飲み交わし、感慨を語り合う。

 最初はまぁ、しみじみとした空気だったのだが。


 今は、もう。


「かじゅましゃまぁ~~~! わたくしにも、子種をくだしゃ~~~い!」


 普段は清楚で理知的なシャーロットだが、酔い潰れたことで下ネタ大魔神になっている。


 さっきからこちらの腕に抱きついて、ヒロインズ一の爆乳を、むにゅむにゅと……!


「約束通り一番はイリアに譲る。だが二番目は譲らん。……カズマよ、戦が無事に終わった暁には、私の中にお前の子種を遠慮なく注ぎまくってくれ」


 ろれつはしっかりしているのだが、この人、マリアもまた完全に酔い潰れていた。

 さっきから卑猥な台詞を堂々と口にしつつ、こちらを後ろから抱き締め……

 弾力の強い乳房を、ぐみゅん、ぐみゅん、と背中に押し当てている。


「ウチもかじゅまの嫁になる~~~~っ!」


「アタシもっ! かじゅまのガキなら、孕んでもいいぜっ!」


 こちらの両膝に頬を擦り付けるチート職人達。

 そして。


「子供の名前を今から決めておきましょう! 男の子ならラグザ、女の子ならラティマ! カズマはどう思いますか!? あっ、でもでも、カズマとの子供は五人以上欲しいので……うん、とりあえず一〇人分考えましょう!」


 酔いに酔いまくったイリアが、普段は絶対に見せない笑顔で、普段は絶対にしないであろう行動を取っている。


 シャーロットとは逆側の腕に抱きついて、豊満な乳房を擦り付けつつ、こちらの首筋に吸い付いたり、舐め回したり。


 もう、色んな意味で、たまらなかった。


「え~っと……皆ちょっと、酔いすぎ、かな……」


 さすがに節度を捨てきってはいないだろうけど……


 このままエスカレートして、「今から皆で子作りしよう!」みたいな展開になったらどうしよう。


 正直、こっちも抑えが効くとは思えない。

 もしそうなってしまったら……


 と、そのように危惧していたのだが。

 どうやら杞憂だったらしい。


「ぐぅ~……ぐぅ~……」


「ふごぉ~……ふごぉ~……」


 全員、俺にもたれかかる形で、眠ってしまった。


 ……よかったような、残念だったような。


 まぁ、とにかく。


「皆、本当にお疲れ様」


 実のところ、彼女等は精神的にも肉体的にも、疲労困憊を極めていたのだろう。

 そうでなくてはおかしい。

 いくら希望を見出していたとはいえ、重圧がゼロになるはずもないのだから。


「……きっと今回の勝利で、希望はより強いものになったんだろうな」


 皆からしてみれば、不可能を可能にしてみせたのだと、そんな認識だろう。

 そしてそれは今後も続いていくのだと、明るい気持ちに浸っているのだろう。


 ……その考えは半分が正解で、もう半分は間違っている。


 実際のところ、勝ち確の状態だとは思う。

 原作におけるグッドエンドに到達することは、ほぼ確実だと、俺もそう考えている。


 ただ。

 それはあくまでもグッドエンドであり、ハッピーエンドではない。


「……原作では確か、次の戦いで」


 一〇〇万の軍勢を相手取るという、ありえない展開。

 その絶望を覆したのは、ゼロスが覚醒展開を連発し、チートな魔法力で無双したから、だが。


 ではそもそも、なぜゼロスは覚醒展開を連発したのか。


 シナリオ的な都合? 違う。

 修行の成果? 違う。

 なんらかの追加設定によるもの? 違う。


 該当するエピソードが発生したのは、突発的なご都合展開というわけではなく、ゼロスの努力によるものでもなく、主人公が実は……みたいな設定追加によるものでもない。


 ゼロス・アルヴィエントの精神を、激震させるイベントが、発生したからだ。


 そう。

 次の一戦で――ヒロインが一人、死ぬ。


 それがきっかけで、ゼロスは一〇〇万の軍勢を打ち破るほどの力を得たのだ。


「……ルートによって、死ぬキャラクターは変わるけど、でも」


 誰かが命を落とすということは、確定事項となっている。


 唯一、全ヒロインを攻略後に解放されるハーレム・ルートにおいては、全員を生存させた状態で物語を完了させることが出来るのだが。


「原作におけるハッピーエンドは……全ての記憶と能力を引き継いだゼロスが、人生を最初からやり直すって展開だった」


 いわゆる「強くてニューゲーム」ってやつだ。

 そんなズルが働いたことで、ゼロスは誰一人として犠牲にすることなく、皆と結ばれるといった結末を迎えることが出来た。


「……何も手を打たなかったら、ここに居る、誰かが」


 嫌だ。

 絶対に誰も、死なせたくはない。


 だから当然、手を打つつもりでいる。


 誰のことも死なせないよう、強力な兵器の再現に着手……

 というだけでなく。


 もう一つの可能性を、探ってもみよう。


「……たぶん、一〇日後ってところ、だよな」


 原作のシナリオを思い返しながら、今後のプランを練っていく。


「このまま進行すれば、大なり小なり、誰かの命が危険に晒される」


 だが。

 このまま、進まなかったら?

 エンディングに到達するまでの過程を、何段階もスキップ出来たなら?


「上手いことあのイベントを利用すれば……シナリオをブッ壊すことは、不可能じゃない、はずだ」


 狙いは、一つ。


 この戦が始まった元凶である、あの男。

 この戦を続行せざるをえない理由となっている、あの男。


 ガルデノン帝国、現皇帝・ゴーム。


 ――――奴を、暗殺するのだ。





 ~~~~あとがき&お願い~~~~


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