第七話 不可能を可能とする、「特定条件」


 現代社会から、様々な理数系知識を異世界に持ち込んだ者が居るとする。


 該当する異世界の文明レベルは超古代。


 ただし、現代の精密器機を、形状のみとはいえ完全再現できるような職人が存在するものとする。


 さて。

 現代人は異世界にて、知識をもとに近代発祥レベルの技術を再現出来るだろうか?


 ……その道に詳しい者なら、口を揃えてこう答えるだろう。


『不可能に決まっている』

『科学ナメんな』


 ……俺も完全に同意見だ。


 特定の条件を完璧に満たすことで、現象を再現する。

 それが科学というものだ。


 別の言い方をするならば。

 特定の条件を完璧に満たせなかった場合、たとえそれが形状・形質的に完璧であろうとも、決して再現は出来ない。


 科学とは。

 技術とは。

 そういうものなのだ。


 これまでヒロインズに伝えてきた知識と、それをもとに考案された兵器群は、おおよそが古代発祥レベルの技術でしかなかった。


 よって特定条件を満たすことは極めて容易であり、だからこそ再現が可能だったのだ。


 ひるがえって。

 今回挑戦するのは、通信技術。

 古代発祥レベルのそれなど比にならない、桁外れな複雑性を伴う、高度な技術だ。


 俺自身、おおよその場合において、成功するわけがないと思っている。

 にもかかわず、なぜこんな、無謀過ぎる挑戦に身を投じているのかといえば。


 この世界が、おおよその場合から外れているかもしれないからだ。


 それが真実であるか否かを知るために……

 俺は今、イリアと共に、ネフィルの工房へと入った。


 別に俺一人でもよかったのだが、イリアは他の人達とは違って暇だったので、こちらに付いてきたというわけだ。


「よう来たのう~」


「うん。今日は一つ、よろしくお願いします」


「うむうむ。……ところでの、事前に見せてもらった設計図じゃが」


「難しそう、かな?」


「はぁ~~~~~~!? んなわけないじゃろ! ウチの腕にかかれば、あんなもん朝飯前じゃっつぅ~の! ……ただ」


「ただ?」


「なんのこっちゃさっぱりわからんので、色々と説明してもらいたい」


 この願いに対し、俺は大きく頷いた。


「もちろんだよ。というか、もともとそのつもりだったからね。だからあえて、作り置きじゃなく、目の前で作ってもらうって形にしたわけだし」


 そう。

 ただ単にそれを作るだけなら、事前に加工してもらうのが合理的である。


 しかし、そうした場合、今回の挑戦は一〇〇%失敗に終わるだろうし……

 から大きく外れてしまう。


「では、そろそろ仕事を始めるかのう」


「うん。合間合間に説明を挟みたいんだけど……仕事の邪魔になったり、しないかな?」


「だいじょ~ぶじゃ。これぐらいのモンなら目ぇ瞑ってても作れるからの。好きなように説明しておくれ」


 そういうわけで。

 ネフィルが仕事を行う最中、要所要所で、いま作ってもらっているパーツの使い道、機能、意図……そこに加えて、知識についても語り続けた。


「ほっほぉ~う、そんなことが出来るもんかのう~?」


「出来るさ。実際、俺の世界じゃ当たり前のように使ってる技術だしね。……まぁ、ネフィルさんが俺の世界の職人よりも劣っている場合、その限りではないかもしれないけど」


「むむむっ! ウチがお前んとこの職人より劣っとるわけなかろうが!」


 この挑発的な発言は、によるもので、本心では断じてない。


 事実、俺の世界にネフィル以上のチート職人なんて居るわけがないからな。


「……しかし、ずいぶんと珍妙な形をしていますね、このコイルというものは」


 作り置かれたパーツの一つを目にしながら、イリアがボソリと呟く。


 異世界の住人からしてみれば、いま製作しているものは一から一〇まで珍妙なモノとして映るのだろう。


 その後。

 こちらが説明すべき事柄、全てを語り終えた頃。


 通信機を形作るパーツが、総じて完成した。


「じゃあまずは……電源となる手回し発電機を、組み立ててもらおうかな」


「おう、ちゃちゃっと済ませるのじゃ」


 宣言通り、秒で完成。

 どうなってんだ、このチート職人は。


「……これ、どう使うんです?」


「簡単だよ。このハンドル部分をグルグル回すと……」


 手回し発電機の名称通り、これは取っ手を回転させることによって、電気エネルギーを生み出すという装置だ。


 俺は一定回数を回し終えた後、剥き出しになったコイルに指先を近づけ――

 バチッ!


「うん。ここまでは順調だな」


「今のバチッてやつを糧にして、動くんじゃったかの? 機械というものは」


「……興味深いですね。雷の魔法はわたしも扱えますが、それを糧にするといった発想は、あまりにも奇天烈に感じます」


 二人の様子を見るに、信じてはいるようだな。


 電気を動力にして機能するといった、その仕組みを。


 ……よし。

 色んな意味で、ここまでは順調だ。

 しかし問題は、ここから。


 手回し発電自体は、銅の性質が極端に違っていない限り、再現不能というわけではない。


 けれども次の段階については。

 おおよその場合、絶対に再現出来ない。


「……じゃあネフィルさん。設計図通りに、全部、組み立ててくれるかな?」


 この注文に対しても、ネフィルはバケモンじみた速度と正確さで応えてくれた。


 かくして。

 受信側と送信側。二つの通信機が完成する。


 外見は極めて原始的な、鉱石ラジオのそれだ。

 さすがに現代レベルの通信機……トランシーバーとか、スマホとか、そんなものを再現するつもりはない。


 もっとも。

 原初の通信機とも呼ぶべき、この形式であっても、絶対に成功することはない、はずだ。


「……イリア。この送信側を持って、ここから離れてくれないか? それで」


「わかってます。扱い方は再三、教えてもらいましたから」


 答えつつ、イリアは工房の外へ出た。


 そんな彼女を見送りつつ、受信側の通信機に取り付けられた手回し発電機をグルグル回し、電力を確保。


 ……うん、わかってるとも。


 ぶっちゃけこの時点で、間違ってるってことは。


 通信に必要な電力を、手回し発電でまかなうというのは、現実的ではない。


 そもそも電圧だって足りてはいないだろう。


 イリアが持って行った送信機は、火花式となっている。


 これは間隙を開けた電極間に印加した電圧が発生させる火花により、電磁波を発生させる、という仕組みだ。


 この電磁波に乗って、音声信号が搬送されるわけだが……そのためには高い電圧をかける必要がある。


 手回し発電機でそんなことが可能であるとは思い難いし、もし出来たとしても、きっと別の要素が間違っていて、結局は失敗に終わるだろう。


 しつこいようだが……

 おおよその場合において、近代発祥レベルの技術を、異世界で再現することは不可能である。


 知識があろうとなかろうと関係ない。

 チート職人が居ようが居まいが、関係ない。


 再現するために必要な条件を満たすには、まったく同じ水準の環境が必要なのだ。


 よって古代世界における再現可能な技術レベルは、その環境と同等水準である、古代発祥レベルまで。


 ……しかし。

 ある条件が加わることによって。


『……ま……か……』


 不可能なはずの、再現が。


『聞……ま……か……』


 現実のものとなる。



『――聞こえてますか?』



 受信機から、声が漏れ出てくる。

 それは紛うことなく、イリアの声だ。


「おぉ~! こ、こいつは凄いぞ! 離れた場所におる者から、声が届くとは!」


 目をキラキラさせながら、興奮した様子で叫ぶネフィル。

 そうして彼女は言う。


「まったく、お前という奴は、実に面白い奴じゃのう! ともすればウチ以上の天才やもしれん!」


 きっとそれは、彼女にとってこのうえない称賛だったのだろう。

 この通信機の完成は全て、俺の手柄であると、ネフィルはそう捉えているに違いない。


 しかし、それは違う。


 逆なのだ。


 これは俺の手柄ではなく……


 このチート職人、ネフィルの手柄だ。


「いいや、ネフィルさん。貴女を上回るような天才は、この世の……いや、どんな世にも存在しないよ。貴女こそが、ナンバーワンだ」


「えっ? そ、そうかの? ぶははははははは! まぁ、と~ぜんじゃがのぉ~!」


 ……通信機は、見た目こそ完璧だった。


 電源として機能する、手回し発電機。

 マイク、発振器、フィルタ、増幅器を模した、全てのパーツ。


 だが。


 ネフィルに作ってもらったのは、通信機じゃない。

 通信機に良く似た、ただのオモチャだ。


 にもかかわらず、なぜ、通信機が作動したのか。

 それは――


 魔法の影響である。


「ネフィルさん、これ、何個か作れるかな?」


「まっかせるがよい! こんなもんなら、一〇個でも二〇個でも作れるぞい!」


 言ってからすぐ、彼女は仕事に取りかかった。


 ネフィルだけでなく、この世界の鍛冶職人は、仕事の際に魔法を使用する。

 そうすることで効率的に作業を行う、わけだが。


 素材の加工時に、魔法を用いるということは。

 その素材に対して、発動者のイメージが反映されるということ。


 そして。


「……発動者が可能であると思い込んでいたなら」


 あらゆる現象を、再現可能。

 そこに上限は、ない。


「……ふ、ふふふ、ふふふふふ」


「ん? どうした、スギタ?」


「い、いや……ちょっと、もう……嬉しくて、嬉しくて……」


 この世界にはチート主人公が居ない。

 であれば、三〇〇の戦力で一〇〇万を相手取るなど、まさに自殺行為そのもの。


 頼みの綱である理数系知識と、それをもとにした技術にしたって、古代レベルの文明でしかない異世界においては、再現出来るはずもなく。


 俺はヒロイン達と共に、非業の死を迎えるものと、そんなふうに予感していた。


 いや、ほんと、めっちゃくちゃ不安だったのだ。


 けれども。

 もう、そんなのは完全に吹き飛んだ。


 異世界にて、理数系の知識をもとに考案された技術は、再現出来るのか?


 おおよその場合において、不可能。

 特定条件下において、可能。


 そして。

 この世界は、特定条件を満たしている。


 魔法という概念があれば。


 こちらの口八丁で、理数系の知識を、現実的なものだと思い込ませることによって。


 あらゆる技術は、再現可能となる。


 だったら、もうね――



 ――――勝ち確ですッ! ありがとうございましたッッ!






 ~~~~あとがき&お願い~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!

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 そうでなかった方も、お手数ですが、☆の方、

 入れていただけましたら幸いです……

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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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