第五話 砦の主は野望を燃やし……そして、打ち砕かれる
ガルデノン帝国は絶対王政を採用しており、ゆえに皇帝の命令は絶対である。
特に現皇帝・ゴームは恐怖政治によって貴族達を支配しており、逆らえる者など誰一人として存在しない。
この砦の主、ルドラもまた、そんな当然を受け入れていた。
もっとも、そうだからといって、不平不満を感じないわけではない。
「子爵家時期当主たる私が、なぜこのような僻地で、こんな、粗末な食事を摂り続けねばならんのか……!」
朝餉を豚のように掻き込みながら、苛立ちを表に出す。
プライドが高いだけの無能。
ルドラとはそういうキャラクターとして設定されており、だからこそ、自らの優位性を活かすことが出来ぬまま、主人公に敗れ去った。
「おい! さっさと次の飯を持ってこい!」
「……お口に合わぬ食事であれば、無理に召し上がらなくてもよろしいのでは?」
「馬鹿か貴様! 食わねば苛立ちが収まらんだろうが!」
部下に皿を投げ付け、暴言を連発。
能力もなければ、人望もない。
だが……プレイヤーの選択次第では、この無能に敗北するといった結末も用意されている。
軍師と亜人達のリベリオンにおける陵辱エンドの一つが、それであった。
「げふぅ…………陛下がさっさと命を下せば、この鬱憤も晴れるだろうに」
亜人達の里、アルデミア。
そこに対する侵略の一番槍を仰せつかっていたのが、このルドラである。
およそのルートにおいて、彼は命が下る前に主人公・ゼロスの手によって命を失うわけだが……
もし、プレイヤーが意図的に選択を間違えてしまった場合、
「あの里には見目麗しい亜人共が掃いて捨てるほどいるという。……ぐふふふ。今から、楽しみでならんわ」
ゼロスは里の広場にて晒し首となり、その目の前で、ヒロイン達はルドラの手によって全身をあますことなく穢される。
その仕打ちは凄絶を極め、プレイヤーの大半にトラウマを刻んだという。
この世界にはゼロス・アルヴィエントが存在せず、ゆえにルドラは本来、一番槍の栄誉と役得を授かる、はずだった。
しかし。
「……遅いッ! 何をしているのだ、クソ無能がッ!」
いつまで経っても食事が運ばれてこないことに憤慨したルドラは、部下の顔面に拳を叩き込むべく、席を立った。
そうして部屋をあとにし、砦の中を歩く、と。
「……なんだ、これは」
異常な光景を目にする。
兵士達が。
自らの手勢が。
地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない。
「…………っ!」
どれほど無能であろうとも、このような状況を前にすれば、危機察知能力が働く、
わけは分からぬが、しかし、ここに居てはマズい。
そんな直感に従い、難を逃れようと動くのだが……
出来るわけがなかった。
何せもう、砦の中には安全な場所などない。
また、砦の外へ脱出するという猶予も、ない。
不可視の猛毒は既に、ルドラを蝕んでいるのだから。
「うっ……!?」
苦痛を感じた直後。
ルドラは事の真相を、その一端すらも掴むことなく。
永劫の闇へと、沈んでいった――
◇◆◇
砦の出入り口に立つ。
ただそれだけで、イリア・スノウは目的を果たした。
「……カズマの言う通り、お前だけで十分、だったな」
一応の備えとして、砦攻めにはマリアも同行していたのだが、彼女の出番など一切なかった。
「ここまで来ると、称賛を超えて畏怖の情すら感じてしまうな」
「えぇ。実行したわたしが言うのも、おかしな話ですが……心の底から、震えていますよ。自らの力……いや、カズマに授けてもらった力の、凄まじさに」
二人はよく理解している。
現状へと至ったのは、自分達の実力によるものではないということを。
杉田和馬。
あの異世界人が、イリアを介して、この光景を創ったのだ。
「酸素濃度のコントロール、だったか? あいつがお前に教え込んだのは」
「えぇ。リスウケイの知識とは、実におそろしいものですね。ただそれを知るだけで、魔法の可能性が飛躍的に押し上げられてしまった」
和馬とのやり取りが、イリアの脳裏にて回想される。
シャーロットの邸宅で行われた作戦会議。
その最中に伝えられた彼の知識は、次のようなものだった。
『人は呼吸をしなくては生きていけない。それ自体はわかるよな?』
『えぇ、もちろん』
『じゃあさ、人はなぜ、呼吸をしなきゃいけないと思う?』
『そ、それは』
和馬は答えを投げた。
『酸素を取り込むためだよ。人は呼吸することで酸素を取り込んで、それが血液に――』
酸素と人体の関係性を、事細かに語る。
イリアにとってそれは、総じて未知の知識であったが、持ち前の聡明さで即座に理解してみせた。
『つまり酸素というのは、人間にとってなくてはならぬもの、ということですね』
『あぁ。でもな、酸素は人の生命活動に不可欠なものであると同時に……濃度が変わると、途端に猛毒へ変わってしまうんだ』
和馬曰く、酸素には濃さがあるという。
平時において、酸素は危険をもたらすようなことはない。
しかし特定の条件下において、その濃度が変化した場合、人命を奪うこともある。
そうした説明を経て、和馬はイリアに提案した。
『俺が口にした内容を……魔法で、再現出来ないかな?』
言われてハッとなる。
和馬から伝えられた知識は、風にまつわるものだ。
であれば……風の魔法を得手とする自分に、再現出来ないはずはない。
イリアは心の底から、そのように思い込んだ。
その結果。
「……兵士達には同情するよ。アレは実に、苦しい経験だったからな」
実験によって軽い昏倒状態に陥ったマリアが、身震いしながら言う。
今や砦に駐在していた兵士達は一人残らず、冥土へと向かっていることだろう。
人一倍、頑強な肉体の持ち主である、獣人族のマリアだからこそ耐えられたのだ。
ヒューマン族を中心とした砦の兵士達に、不可視の猛毒を耐え抜くことは出来ない。
……かくして。
一切の交戦を経ることなく、砦を落としたイリアは、天を見上げて呟く。
「わたしはこれまで、強さには三つの種類しかないものと、そのように考えていました」
「うむ。恥ずかしながら、私も同じ意見だった。……スギタ・カズマという男を知るまでは、な」
いかに剣を強く振れるか。
いかに強力な魔法を扱えるか。
いかに強靱な精神を養うか。
強さを定義する指標とは、その三つであると、思い込んでいた。
しかしそこに一つ、新たな要素が加わる。
「リスウケイ……学問とやらの知識もまた、強さの証明となる、か」
「その点で見れば、カズマはまさしく最強ですね」
再び、イリアは思う。
この光景は、この手柄は、カズマによるものだと。
彼の知識が力となって世界に発露した結果が、これなのだ。
「……畏敬の念を抱くにはもう、十分過ぎるというのに、それですらまだ、序の口にもなってない」
和馬がイリアに伝えた、大気にまつわる知識。
それは酸素と、その濃度に関連する内容、だけではなかった。
気圧という概念と、気圧変化による人体への影響。
それがもたらした力については、一切、発動していない。
そう。
イリアは里が総力を挙げねば制圧出来ぬほど強大な砦を、全力など出すことなく、落としてしまったのだ。
「……マリア」
「……あぁ」
勝てる。
自分達は帝国に、勝てる。
杉田和馬という男が、居たなら。
「ふふ。まったく、あいつめ。……惚れてしまったではないか」
「あなたが彼をどう想おうと自由ですが、しかし、一番はわたしです。そこは譲りません」
笑い合いながら、二人は踵を返す。
同胞達へ。
そして、敬愛する男へ。
戦勝を、報告するために――
~~~~あとがき&お願い~~~~
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