第四話 そうだ! ここ、エロゲの世界だった!
敵軍の襲撃はおよそ二月後。
その撃退を成すべく、まず手始めに直近の砦を落とし、火山周辺から二つの資源を獲得する。
一つは硫黄。
もう一つは……銅。
前者は戦力向上を目的としたものだが、後者はどちらかといえば実験用の側面が強い。
……なんにせよ、活動方針はそのように決定された。
「ではスギタ様。今さらで恐縮なのですが、貴方の住処についてお話したく存じます。もしよろしければ、わたくしの家に――」
「いいえ。カズマはわたしの家に住んでもらいます」
言葉を途中で切り捨てられたシャーロットだが、不快感などまったく見せることなく、むしろ喜んだように微笑んで、
「まぁ、イリア。貴女が殿方を家に招くだなんて。……ふふ。ようやくそういうことに興味を持ってくれたのですね」
「……いいえ。わたしはあくまでも、合理的な判断を下したまでです」
イリア曰く、俺の知識は自らを強化するものであり、だからこそ対話の時間を多く設けたい、とのこと。
同棲すれば必然、対話の時間は増える。
その分、自分は強くなれる。
結果として、それが里のためになるのだと、イリアは淡々とした調子で語ってみせた。
その真意はさておき、こちらとしては断る理由もない。
何せ作中一の推しキャラから、同棲のお誘いを受けたのだから。
俺は二つ返事で了承し、イリアとの同棲生活をスタートさせた。
それから。
シャーロットの家を出た頃には夕暮れ時となっており、本日の活動はこれにて終了ということになった。
「では、カズマ。わたしに付いてきてください。家まで案内します」
イリアと共に彼女の自宅へと向かう。
彼女は里の中でも特別な立場に就いているわけだが、しかし、その住処には他のそれと比較して、大きな違いなどなかった。
外観は豆腐型。
内観についてもシャーロットの家とさして変わらず、極めて簡素。
これは清貧を重んじているわけではなく、そもそも調度品やレイアウトにこだわるような文化レベルに到達していないことが原因であろう。
……とはいえ、文化レベルは低くとも、生活レベルは高い。
「食事の用意をします。それまでの間、お風呂にでも入っててください」
そう。風呂である。
しかもサウナ風呂ではなく、湯浴み式の風呂だ。
文化レベルを思えばありえないことだが、それは元居た世界に当てはめて考えた場合の話。
魔石という便利アイテムが存在するこの世界では、文化レベルと生活レベルに大きな乖離が発生しているのだ。
けれども、そのおかげで。
「あぁ~……生き返るわぁ~……」
日本人にとってなくてはならないもの。
湯浴みの恩恵を授かることが出来る。
木製の浴槽に全身を浸からせながら、俺は息を唸らせた。
「ふぅ…………これ、やっぱ現実だよな」
四二度前後の湯が全身に及ぼす影響。
この感覚は夢で味わえるようなものじゃない。
ここに至り、俺は現状を完全に受け入れた。
……そうだからこそ。
先々に対する不安が、沸き上がってくる。
「帝国の総戦力は一〇〇万。とはいえ、最初から全戦力を投入してくるわけじゃない」
二月後にやってくる敵軍の数は、確か一万前後だったはずだ。
無論、原作シナリオの通りに全てが進むというわけではなかろうが……
大きく乖離するという可能性を認めてしまった場合、そもそも詰んでいるという現実を変えられないということになってしまうため、今は原作通りに進行するということを前提として考察を行う。
「……実験に成功し、イリアは強くなった。チート職人達のおかげで、再現可能な兵器は完璧に製作される、はずだ。であれば原作シナリオの序盤……一万の軍勢を撃退ってところまではクリア出来る」
問題は、次だな。
原作における第二章。
この時点で、帝国が……というか、現皇帝・ゴームが、総戦力を投入してくる。
そう、一〇〇万の軍勢が一気に襲い掛かってくるのだ。
「原作ではゼロスが覚醒展開を連発して、ほとんど単騎で撃退してたわけだけど……あんなの再現出来てたまるか」
イリアは確かに強くなった。
今後も強化は続くだろう。
だが、ゼロスのような出鱈目すぎる存在になれるかどうかは、一つの賭けとなる。
「もし、打ち立てた仮説が間違いだったなら……その時点で詰みだな」
第二章以降も、厄介な展開がガンガン続く。
原作において、それらを切り抜けられたのは、ゼロス・アルヴィエントというデウス・エクス・マキナの存在が大きい。
けれどもこの世界にはご都合主義を意図的に発生させられるチート主人公など、どこにも居ない。
であれば。
「……自分だけが生き残るってことを、優先するなら」
もっとも合理的な選択は。
と、そんな考えを巡らせた、矢先のことだった。
風呂場の出入り口が開かれ……
イリアが、入ってきた。
「っ……!?」
食事の用意が済んだとか、そんな報告をするためじゃない。
彼女は今、全裸だ。
立ちこめている湯気で全体像を完璧には把握出来ないが、それでも、イリアの肢体が女性として完成されていることは窺い知れる。
それも当然のことだろう。
イリアはエロゲのメインヒロインである。
ならば男の欲望を全て満たすような、パーフェクト・ドスケベ・ボディーを持っていて然るべきなのだ。
そんな彼女は白銀の美髪を揺らめかせながら、こちらへとやって来て、
「お隣、失礼します」
湯船に身を浸からせる。
……もう、気が気じゃなかった。
「な、ななな、なんで」
原作には混浴が当たり前といった設定など、存在しない。
だからこそ、イリアの意図が読めなかった。
そんなこちらの当惑を読み取ったのか、彼女はどこか艶然とした笑みを浮かべ、
「……シャーロットには、あなたに対する興味などないと、そう言いましたが」
こちらとの距離を縮めながら、イリアは囁くように言葉を紡ぐ。
「あれは、ウソです。本当はあなたのこと……気に入ってしまいました」
湯船の中で、彼女の手がこちらの太股へと向かい……
繊細な指で、その内側をなぞってくる。
「カズマ。あなたさえよければ……わたしの夫に、なってくれませんか?」
イリアの指先が、触れてはならぬ領域へと向かう。
……あぁ、そうだ。そうだった。
ここ、エロゲの世界だった!
「あなたになら、わたしの全てを捧げてもいい。心の底からそう思っています」
……軍リベでプレイヤーが初めて目にする、一八禁の場面。
それはイリアとゼロスによるものだった。
しかも、だ。
その舞台は奇しくも、
「っ……!」
ヤバい。
該当シーンを思い出してしまった。
普段、鉄仮面のような無表情を貫く彼女だが、情事の際には……!
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
秒刻みで、その気になってしまう。
「カズマは、わたしとそういう関係に、なりたくありませんか?」
「い、いや、それは」
なりたいに決まってんだろ!
君のそういう場面で何度お世話になったことか!
あぁもう、完全に思い出したわ!
推しキャラであるイリアに対して欲望の限りを尽くす主人公に、エロスを超えて殺意を感じたこととか!
それでも悲しいかな、オスの本能には逆らえなかったこととか!
……そうだからこそ。
目の前の好機に、俺は飛び付きたくなってしまった。
推しキャラが、こちらを誘惑してくる。
そんな妄想を何度繰り返したことだろう。
それが今、現実のものとなっているのだ。
……手を出してしまっても、きっと問題はない。
ゼロスがしたこと全て、イリアにしてしまっても、何も問題にはならない。
だが、そのように確信してもなお。
俺は欲望を抑え込み、イリアの目を見ながら、口を開いた。
「……君が本心から、そう言ってくれてるなら、俺に断る理由はない。でも」
今まさに、触れてはならないところへ到達しようとしている、彼女の手を掴んで。
俺は、惜別の情を噛み締めつつ、次の言葉を投げた。
「君は自分の体を使って、俺の感情をこの里に繋ぎ止めようとしてるんじゃないか?」
ジッとイリアの目を見る。
そんなこちらの態度に、彼女は、
「…………本当に、あなたは
湯船の中で、俺の手をギュッと握り返しながら、彼女は言った。
「召喚された当初、わたしはあなたになんの可能性も感じませんでした。けれど今は違います。カズマ、あなたなくして、里の存続はありえない。だから」
俺の中に芽生えるであろう、選択肢の一つを、事前に潰そうとした。
……自分だけが生き残ることを主目的に据えた場合、選ぶべき未来は一つ。
彼女達を見捨てて、里から脱出する。
それこそが合理的な判断であろう。
無論、野垂れ死にのリスクは極度に高い。
けれども、帝国との戦いに勝利するという無理難題に比べたなら、ずっとマシだ。
実際、イリアが入ってくる前に、その選択肢が脳裏をよぎったんだよな。
「……カズマ。わたしは、この里が好きです。この里の皆が、好きです。誰一人として死なせたくはありません」
素直でない彼女が、本音を吐露する。
それぐらい、イリアは思い詰めていたのだろう。
「皆を助けられるなら。皆が、生き残れるなら。わたしは、なんだってします」
真剣な面持ちで断言する彼女から、俺は少しだけ距離を取った。
拒絶の意を示すため、ではない。
むしろその逆だ。
「……君の覚悟を、俺は尊敬する」
もとから推しだったのだが、これでますます惚れ直した。
それを態度で示すべく、俺は誓いの言葉を口にする。
「君達を勝利に導く。見返りなんて、何もいらない。最悪な未来を阻止できれば、それだけで十分だ」
軍リベは純愛ジャンルのエロゲだが、しかし、いくつかのバッドエンドにおいては鬱々とした展開がやってくる。
中でもこのゲームに三つ存在する陵辱エンドは、いずれも心を抉るような内容だった。
……イリアを、あんな目に遭わせたくはない。
たとえ自らの命が危険に晒されようとも、それだけは絶対に嫌だ。
「……今の言葉に偽りはない。だからもう、体を張るような真似は、やめてくれ」
コクリと無言で頷くイリアに、俺は溜息を吐いた。
「いや、ほんと。金輪際、こういうウソは吐かないでくれよ……」
色んな意味で辛いからね。
「…………はい」
小さく頷いてから、イリアは湯船を出る。
そうして出入り口の前まで移動し、風呂場から――出ていく、直前。
「……半分はウソですが、もう半分は、本音ですよ」
えっ。
「戦の真っ最中に、子を成すようなことはしたくありません。皆のお荷物になってしまいますから。……でも、戦が終わった後なら、問題はありませんよね?」
そんなことを、述べてから。
イリアは肩越しに、熱の入った視線をこちらに向けて、
「もし戦が終わって、皆が不安と恐怖から、解放されたのなら……」
ごくりと喉を鳴らす俺へ、艶めいた微笑を浮かべながら。
イリアは一つの願いを、口にした。
「わたしと婚約して……あなたの子供を、授けてください」
固まる。
全身が。
あと、特定の部位が。
それから。
イリアはこちらの反応を待つことなく、そそくさと風呂場をあとするのだった。
「…………」
しばしの沈黙。
そうして自らの内側に渦巻く情念を、一つの意志に纏め上げ、
「……勝つぞ」
熱狂的なその意志を、言語へ変換し、叫ぶ。
「絶対にッッ! 勝つぞぉッッッ!」
もはや勝算もへったくれもない。
勝つのだ。
とにもかくにも、勝つのだ。
里の未来を守るために。
皆を救うために。
そして。
――推しキャラと、結ばれるために。
~~~~あとがき&お願い~~~~
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