第二話 理数系の知識が異世界でどう役に立つのか? その実例がコチラです
最初に断っておきたい。
俺は別に、アインシュタインやホーキング博士のような、歴史に名を刻むような学者とかではないし、そこまで頭がいいというわけでもないということを。
卒業した大学は甘く見てもCランク程度だし、全国模試で一位になったとか、そんな経験も一切ない。
ただ漫画とかで「理数系ってスゲぇ!」「化学おもしろ!」ってなった結果、個人的に知識や雑学を蓄え続けてきたって程度の、ド素人だ。
しかし。
もしかしたら、この知識が役に立つかもしれない。
俺の中にはそんな予感があったのだが。
「リスウ、ケイ……?」
相手方は「なんのこっちゃようわからん」といった様子。
無理もない。
軍リベの世界は、紀元前をベースにした超古代ファンタジー・ワールド。
ゆえにこの世界の住人には、さまざまな学問の知識がまったくないのだ。
……いや。
この言い方だと、超古代=無学のアホだらけ、という誤解を招くな。
そうした考えは間違っている。
人類は智恵を得て以降、すぐさま学問という概念を生み出し、それを瞬く間に発展させてきた。
ゆえに超古代=ウッホウッホ言ってるだけ、というのは大間違いである。
よって軍リベ世界に学問が根付かなかったのは、とある設定によるところが大きいわけだが……それはさておき。
「理数系の知識とはなんなのか? それがどう役に立つのか? ……実際、見せた方が早いと思う」
俺は木造建築を道なりに進み、ヒロイン達と共に外へ出た。
そこで目にしたのは、まさしく異世界の光景。
イメージとしては、古代中国の城郭都市が近い。
四方を壁で囲まれ、碁盤状に規則正しく建造物が配置されている。
と、そのような情報だけを見れば、西暦二〇〇年程度の文明レベルに感じられるかもしれないが……
一般人の衣服、建造物のレベルからして、それはありえない。
道行く人々が纏うそれは未開の地に住まう部族のようなもので、露出度が高いとかそういうレベルじゃない。
隠すべき部分を真っ当に隠せているのは、およそ里の主要メンバーであるヒロイン達のみであり、一般人はもう、色んな意味でフル・オープンな状態である。
これは服装に気を遣うような気風ではない、というだけでなく、服を仕立てるために必要な測量・測定・計算などの知識がまったくないという証拠でもある。
それは建築物についても同じこと。
目に付く建物は総じて木製であり、デザイン性という概念はない。
右を見ても左を見ても、豆腐型の形状ばかり。
まっとうな建築というのは高度な計算のもとに成り立っているものであるため、学問的知識がなかった場合、このような考えなしに製作出来る、豆腐型の建物しか築くことは出来ないのだ。
そんなふうに里の景観を冷静に見つめつつも……
「俺、マジで来ちゃったんだな、軍リベの世界に」
当惑や困惑。
そして僅かな喜びを、味わう。
しかしながら、感慨に耽ってはいられない。
俺は周囲を見回し……目的のブツを発見した。
「あの井戸、魔石式では、ないよな?」
「うむ」
頷くマリアの横で、俺は別の方向へ目をやる。
そこには似たような形状の井戸があったのだが、あれはきっと魔石式であろう。
その証拠に、水を汲みに来た者が念を込めただけで、勝手に水が噴き出してきた。
あれこそが、この世界に学問を根付かせなかった元凶である。
そもそも学問というのは不便を克服するために発明されたもの。
俺達の世界には魔法もなければ、イメージを具現化してくれるような便利アイテムだって存在しない。
だからこそ人類は世界の法則に向き合い、理解し、それを利用する術を編み出した。
イメージを現実に反映させる技術……魔法がある。
簡単なイメージを宿し、念じるだけでその現象を再現するアイテム……魔石がある。
つまり、世界の法則に向き合わなくても、魔法や魔石があれば、不便を克服出来てしまうというわけだ。
そしてこの世界の住人達は、それが当たり前であると認識し、魔法や魔石に対する依存度を改めようとはしない。
だからこそ。
「うっ……くっ……」
あんなふうに、魔石式でない井戸を利用する者は、かなりの労力を費やさねばならない。
しかし、理数系の知識さえあれば。
「……リーナさん。ちょっと作ってもらいたいものがあるんだけど」
「それはいいけどよぉ。お前、なんでアタシの名前知ってんの?」
「それはね、俺が異世界の住人だからだよ」
「ふぅ~ん、そんなもんか。で? 何を作れって?」
俺は地面の土をキャンパスとし、簡単な設計図を描いてみせた。
中学の頃に漫画家を目指してたんだけど、まさかそのときの経験がここで役立つとは。
「え~、こんな感じのやつ、なんだけど。出来る?」
「狙いがよくわかんねぇけどよ~、でも、こんな程度なら……ま、すぐに出来るわな」
ちょっと待ってろと言って、ダッシュでどこかへ言ってしまうリーナ。
それからおよそ、一〇分も経たぬうちに。
「ぜんぶ出来たぜ!」
弟子達と思しき男衆が、頼んでいたパーツ類を運んでくる。
明らかに普通じゃない。
簡単な構造とはいえ、一〇分そこらで出来るものではないのだ。
……さすが、リーナ・ジャンクションといったところか。
軍リベ世界にはチート職人と呼ばれる二人のキャラクターが存在しており、リーナはそのうちの一人に数えられている。
およそ土木作業においては右に出る者はおらず、超天才である原作主人公、ゼロスの突拍子もない思いつきを完璧に理解し、すぐさま形にするというチートっぷり。
軍リベにおいて、リーナは主人公の引き立て役にならなかった、数少ないキャラクターの一人なのだ。
……彼女の存在もまた、主人公不在の里を救う上で、重要なものとなろう。
「え~っと、じゃあ、見せた設計図の通りに、組み立ててくれるかな?」
「おう! 任せとけ!」
イリア、マリア、シャーロット。
ヒロインズが「何してんだろ?」みたいな顔で見守る中、作業は速やかに進行し……目論み通りのモノが、完成した。
「あのぉ、スギタ様? これは、いったい」
目前にある、改良された井戸の姿を目にしつつ、シャーロットが問う。
その答えは。
「はね釣瓶式井戸。俺の世界では、これをそんなふうに呼ぶ」
古くは奈良時代に誕生し、昭和の時代まで現役を貫いた、超ロングラン・システム。
けれどもこの世界の住人であるシャーロット達からすれば、何がどう凄いのか、さっぱりわからないようで。
「……ゴテゴテしてるだけで、特に良くなった感じもしませんが」
「魔石式のように、水を勝手に噴き出させるものでもないようだし、な」
舐め腐ったような感想を吐きながら、懐疑的な目をこちらに向けてくる、イリアとマリア。
そんな二人に俺は提案した。
「実際に使ってみてよ。そうすれば全部わかるから」
「ふむ」
「では、試してみよう」
マリアが井戸水を汲む。
彼女は里の荒事全般を担当する、いわば戦士長である。
日々鍛え抜いた肉体は彫刻像のように美しく、それでいて色気も十分。
およそ水汲み作業の負荷など、まったく感じないような手合いであろうが、しかし、それでも。
「むっ……!? こ、これはっ……!?」
目を見開きながら、マリアは井戸に放り込んでいた桶を、回収する。
「ど、どうしたんですか? そんな、驚いた顔をして」
「……軽いのだ。あまりにも」
言いつつ、マリアは目線でイリアに伝えた。お前もやってみろ、と。
実際に、イリアも水汲みを行ってみたところ。
「っ……!? た、確かに、軽い……! とてつもなく、軽い……!」
それからシャーロットやリーナなど、場に居合わせた者全員が試してみたのだが、皆一様に目を丸くして、吃驚の声を上げていた。
「な、なん、ですか、これは
「なぜ、軽くなる……?」
「ワケわかんねぇけど! マジすっげぇ!」
困惑する者、考え込む者、感動する者。
そんな中に混ざって、シャーロットはこちらに問い尋ねた。
「いったい、何をなされたのですか? スギタ様」
「てこの原理を利用しただけだよ」
「てこの、原理?」
俺が元居た世界の住人であれば、誰もが聞いたことのある名称であろう。
はね釣瓶式の井戸は、それをもとに設計されたものだ。
形状や仕組みはシーソーそのもの。
左先端部にはロープとそれに繋がった桶があり、逆側先端部には、石材で作った
はね釣瓶式の井戸は、錘の力と自分の力を掛け合わせる形で桶を引っ張り上げるため、自分の力だけで水を汲みよりも、ずっと楽に作業が出来るのだ。
「……とまぁ、そんな感じの仕組みになってるんだけど」
皆には理解出来ないだろうなと、俺はそんなことを思ったのだが。
「ふむ、なるほど」
「構造自体が、不可思議な力を生み出している、ということですね」
「これが、リスウケイの知識……!」
なんか、しっかりと理解出来たっぽいな。
誰もが感動したように頷く。
特にリーナなどは雄叫びを上げながら拍手までしている。
「えぇっと。とにかく。俺が得意としてるのは、こういう感じのやつ、ですね」
ここで俺は話を元の路線へと戻した。
杉田和馬は何を得意とし、何が出来るのか。
その答えは。
「理数系の知識をもとにして、皆が想像も出来ないような技術を、この世界に再現する」
それが可能であれば、あるいは。
チート主人公不在という絶望を、なんとか出来るかもしれない。
そのような考えを抱く俺に、マリアが尋ねてきた。
「具体的に……どうするというのだ?」
~~~~あとがき&お願い~~~~
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