第4話

 その瞬間、強烈な光が灰色の雲から放たれ、開かれた障子から窓に反射して、男の姿を金色をした俺の瞳に映しだす。

 直後に、はげしい落雷が聞こえてくると、触れるなと言わんばかりに鋭い視線が突き刺さった。


 思わず、つばを飲み込むが、俺が何もしないことを理解した男は手を離すと、ダンボール箱を覗き込んでいる。



 悪霊化していない魂相手に、遅れをとったことは今の今までない。

 それだけ、この年老いた男の愛情の深さが垣間見える気がした。


 だが、対話をするなら今かもしれない――。


「その……あんたが、ここに残っているのは、大学生の孫が心配だからか……?」

「――わしの、大事な孫だ。このダンボール箱には、宝物が詰まっている……だが、コレを持って極楽浄土にはいけない」


 ようやく対話が成立した。

 しかし、さっきのは心臓に悪いぞ……。


「あんたが、大切にしているものなら……俺の力なら、一緒に連れていける」


 俺は、この機を逃さず、魂が興味のある話をする。


「……どういうことだ?」

「俺の仕事は、心霊引越し業者……つまり、引越し屋だ。引越し屋が運ぶものは?」


 よし! 食いついた。

 対話が一度成立したら、こっちのものだと上司も言っていた気がする。


「――大切なモノ」

「そういうこと! まぁ、生前に大事にしていたもの限定だけどな」


 俺は、魂であるじいさんの許可を得て、早速ぬいぐるみに手をかざした。

 すると、青白い光が中から抜けでて、空中に浮いている。これが、モノの魂。



 モノには魂が宿るを体現した能力だ。実体化しているものを、霊体化させるなんて造作ぞうさもない。

 だが、人間界で付喪神といわれるほど、愛情を得たモノにしか使えない特徴がある。


 ぬいぐるみが、深い愛情を得ていて命拾いした……。



 ぬけがらとなった、ぬいぐるみにも変化はなくたたずんでいる。


 じいさんは青白く輝いている、ぬいぐるみを手にすると、鬼のように深かった顔がほとけのように優しくなった。


 俺は、死神見習い専用の時計を確認する。

 四十九日限定の仕事である引っ越しは、その日までに完遂しないといけない。


 次の日を迎えると、その魂は地縛霊になってしまう。



 そうなると、極楽浄土に行けない可能性もでてくるらしい。

 だから俺は、ただ四十九日に引っ越しを終わらせることだけだ。



 残り、三時間半。ここにきて、もう二時間は経ったらしい。ようやく対話が成立したことで、次は未練を経つこと。


 だが、その前に……。

 魂の気持ちを完全に掌握しょうあくするため、目の前にあるダンボール箱を片付けよう。


「それで? このダンボール箱は、整理した大切なものなんだろ? 他のも試してみるか?」


 俺は、じいさんの隣にしゃがみこんだ。

 横目で様子をうかがうと無言で、うなづいている。


 右手を再びかざすと、今度は一度に能力を使った。

 すると、8割は霊体に変化する。

 残った2割は、じいさんも納得しているようだった。


 先ずは、引っ越しの片付けが済んだといってもいい。

 まぁ、俺たちの仕事は人間の引っ越し業者と違って、魂を第一に引っ越しさせるのが任務だ。


 ただ、魂を導くんじゃなく。不安材料である未練を取り去って、次に住む場所へ連れていく。

 それには、大切にしていた記憶はもちろん、それを感じられるモノの価値は大きい。


 それらを運ぶのも、引っ越し業者である俺の役割だと思っている。


 今ではこんな考え方をもつ、引っ越し業者も、引っ越す側も少ないかもしれない。

 だが、口が悪いが成功率100%の俺が保証する。


 四十九日に出会った魂は、俺が全員極楽浄土に送ってやる!



 それで、問題の未練については、大学生の依頼主か……。

 先ずは、じいさんの話を聞こう。


「それで? じいさんの未練は、具体的になんなんだ」


 営業ができない俺は、いつも直球で相手の懐を探った。


 俺が立ち上がると、じいさんも立ち上がり、周りに散らばった霊体になった大切なモノを見つめている。

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