第3話

 面倒だが、この魂は悪霊化しない。だが、問題はある。


 悪霊化しない魂の暴走が一番厄介だということ。

 つまり、俺の苦手とする説得業務が必要不可欠だ。


「あー……今日は、厄日だ」


 本音が口から漏れると、声に反応するように再び何かが飛んでくるのが分かり、しゃがみ込む。

 すると、飛んできた花瓶が障子を破って壁に当たって砕け、花が廊下に散らばった。


 姿勢を低くしたまま障子から中を覗くと、キッチンと一体型となっている部屋だと分かる。


「そりゃあ……包丁や果物ナイフが飛んでくるわけだ」


 そして、完全に魂の全体を確認した瞬間、今度は赤ん坊くらいの、ぬいぐるみが飛んでくると、隠し持っていたカマを元の姿に戻して真っ二つに切り裂いた。


「あっぶなッ! これ、対話もできねぇぞ!」


 一瞬だけ、切り裂いたぬいぐるみに視線を向けると、3450と書いてあった。


 カマを肩に担ぐような体勢で、一旦身を引くと、廊下を突き抜けた先に階段を見つけてそのまま飛び上がる。

 家は古いが、二階建て。


 さっきのぬいぐるみは、あの部屋にないものだった。

 つまり、ポルターガイスト以上の能力を持った魂……。


「えーっと〜……魂との対話……説得……」


 再び俺の声を拾ったスマホが激しく鳴ると、再び大文字で主張してくる。


 『対話……先ずは、落ち着かせること。ヒントは、故人の大切なモノを思い出させる。説得……故人が現世に残ること、即ち、生者である家族を不幸にするのと同義だと示せ』


「――なんか、最後は説明というより、命令だな……オイ。悪霊にならないからって、一人で対処しろってか」


 スマホは、同意しているように、おとなしくなった。


 まだ、あの魂について分からないことだらけだが……今のところ、家を移動してまで俺を探す気はないらしい。


 両親がいるのに、大学生で祖父と二人暮らしだったことがヒントなのか……。

 それに、さっきのぬいぐるみ……あれは、もしかしたら重さを示しているのかもしれない。


 ぬいぐるみで、重さを示すといったらウエイトドール……。

 つまり、依頼主の重さ。


「もしかして、依頼主を一人残すことに対して心配で旅立てないのか……?」


 それが事実なら、今日こなした依頼の人間版だった。

 人間相手なら……魂が生前いた部屋に、何かあるかもしれない。


 魂は祖父だ。

 年寄りが二階には住まないだろう。ということは……仏壇とキッチンがあった、隣の部屋……!


 素通りしたが、隣にも障子で閉められた別の部屋があったのは確認している。


「壁に仕切られていたとしても、魂は気づいて襲ってくるか……」


 でも、さすがに包丁も果物ナイフも壁を破壊することは不可能だ。

 移動してきた場合は、そのときに考える。



 考えがまとまると、スマホをポケットにいれ、西洋の隊服のような上下黒い格好をした俺は再びカマを小型化させて左手に握りしめた。


 音を立てず、階段を飛び降りると直ぐに障子を開けて中に忍び込む。


 隣の部屋は電気がついていたが、こちらはついておらず暗い。

 雨の音もはげしく瓦を打ちつけている。



 暗闇でも部屋全体はみえていた。

 畳の中心に、一つのダンボール箱が視界に入る。


 足音を立てずに近づくと、中身に見覚えのある、ぬいぐるみがあった。

 先ほど投げられたのと同じ動物を模している。


「つまり、あれは……複製か。てことは、実体化してたのか!?」


 普通は、魂が生みだしたものは実体化できない。

 俺たちのように死神なら話は別だ。


「えっ……てことは、あの魂……死神見習いの素質ありって――」


 一瞬、すべての音が止まったように錯覚する、ヒヤリとした冷たさに、気がついたときには、独り言を遮るように、目と鼻の先に白い魂が揺れている。


 ――油断していたつもりはない。


 年老いた男の手が、俺の喉元に触れていた。

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