第2話

 死神見習いだが、俺たちは人間界にいるときは実体化している。

 これが、死神になる必須条件であり、この能力がないと見習いにもなれない。

 まぁ、実体化しているが、実は痛覚はない。


 倒れかける依頼主を受け止めると、開かれたドアから、ぬいぐるみが飛んできた。


「これは、可愛い部類のポルターガイストだ……」


 そう思った瞬間。俺の横を刃渡り20cmの包丁が飛んでいき、背後の木にぶっ刺さった。

 二人で思わず、刺さった包丁に視線を向ける。


 ――俺が、浅はかだった。


 訂正しよう。これは、殺意があったらすでに悪霊化案件だ。


「えーっと。この状況について、ご説明いただけます〜?」


 思わず敬語になる。

 人ならざるものであっても例外なく、驚くと大抵情緒がおかしくなるものだ。


「オレにも分かりません! 四十九日の法要を終わらせて、帰宅した途端にコレです!」


 依頼主は大学生。

 事情により、祖父と二人暮らしをしていた。


 その祖父が先月亡くなり、四十九日の法要から帰宅してこのありさまか……。


「うーん……めんどくせぇ臭いがプンプンする」

「えっ……?」

「あ〜……危ないんでー。しばらく、どこか安全な場所に避難してもらえます〜?」


 受け止めたままだった依頼主から手を離すと、一呼吸した。

 実体化しているから、死神の力が使えなくなるわけじゃない。


 白く伸びあがる魂を感じた俺は、左手でスマホを耳に当てジェスチャーしてみせる。


「あー、いつでも呼べるようにスマホだけは持っててくれ」


 普通の人間に俺たちとのコンタクトはとれない。

 これは四十九日限定で、心霊現象が起きたとき、地震のアラームのようにスマホ画面に浮かぶ番号がある。


 人間は不安になると誰でもいいから頼りたくなる生き物だ。


「――てか、あんた誰!?」

「あー……申し遅れましたー……オマエが呼んだ、心霊引越し業者・・・・・・・だよ――」

「あ、ハイ! 家のこと、お願いします!」


 脅したつもりはなかったが、口が悪いと評判だったりする。

 まぁ、営業には向いていない。


 先程以上に勢いよく走っていく後ろ姿を見送ると、両手を握りしめた。


「さーて、邪魔者もいなくなったことでぇ……久々に、暴れようか――」


 暴れると口にした瞬間、左手に持っていたスマホがうるさく鳴る。

 確認してみると、画面に大きな文字で『一、に会話。ニ、に説得』と書いてあった。


 正直いって、うぜぇ……。


 これは、俺の上司である真面目な死神サマが、声を拾ってうるさく言ってくるシステムだ。


 盛大なため息をついてから、開かれたままのドアから中に踏み込んで、慣れない少し高めの声をだす。


「どうもー。心霊引越し斡旋あっせん業者で〜す」


 なぜか玄関に置かれた姿見に映る俺の姿は、明るい茶髪が淡い銀髪に変わり、同色の瞳も金色に変わるとともに、姿は見えなくなった。


 霊体は鏡には映らない。

 つまり、この姿が俺の本来の容姿すがただ。



 後手に、小型化した死神のカマを握り、貼り付けた笑顔で声をかけると、果物ナイフが頬をかすめてドア越しの壁に刺さる。


「オイ……相手、やる気まんまじゃねぇーかよ!」


 反対の親指で、頬から漏れでる黒いモヤを塞ぐと、一部の人間から定評のある低いドスの効いた声で苛立ち吐き捨てた。


 黒いモヤは、生者でいうところの血と同じで、大量に漏れでると俺たちは消滅する。つまり、本当の死だ。

 加えて、霊体化した本来の姿だと痛覚もある。



 俊足で、廊下の反対側に回り込むと障子越しに、仏壇が置いてある部屋の様子を確認した。


 位置的に完全にはみえないが、どうみても、やる気満々の魂なのに色が黒く染まっていない。


 つまり……これは、愛情ゆえの暴走だ。

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