第一章 座敷わらし 23

「あ、笑ってくれましたね」

「え?」松野はハッとしたように口もとに手を当てた。

「瑞夏さん、テーブルに座ったときからずっと下向いてわたし達と話してたから。具合悪いのかなって思ってすごく心配でしたよ」

「ううん。そんなことないけど、ごめんね。わたし、こんなんだから誤解されやすくて」

 和歌子に言われて緊張がほぐれたのか、松野の言葉が心なしか柔らかくなった。

「瑞夏さんが謝ることないですよ。それで、瑞夏さんのことと、その方とがどう関係してるんですか?」

「前、放課後にたまたま一人で教室に残ってたときに、ばったり会って。向こうは忘れ物を取りに来たらしくて。その時に、名前のことが嫌じゃないかって聞かれて」

「ほうほう」

「何かあったら相談に乗るよって言われてメアドを渡された」

「ほぁー、それはそれは」

 和歌子はボソッと言う。

「――ピンチですね、結人さん」

「? 何のこと?」

 首をかしげた松野。僕は慌てて否定する。

「和歌子ちゃん、誤解を生むようなこと言わない!」

「いえいえ、わたしには分かるんです。隠してもムダですよ、結人さんっ」

 そういえば、さっきも同じようなやりとりが、松野と立場を逆にして行われていたような?

 今日、孝慈に言われたばかりのことを思い出す。

 あまり話したことも無かったのに、突然十年来の親友のように僕の席に近づいてきて耳打ちした孝慈。

『おい加澤、大ニュース』

『俺は後ろの席だからわかるんだけど、松野が授業中、お前のことを時々熱心に見つめてるみたいなんだ』

『だから、松野瑞夏はお前のことが好きなんだって』

 まさか、松野も僕のことを?

――なんて、あるはず無いじゃないか。

 松野とは、今さっき初めて話したんだし。

 いくら彼女のことが気になっているとはいえ、それはただの勘違いだぞ。まったく、孝慈も僕も、勘違いが甚だしい。

 僕は自らの思い上がりを必死にふりはらう。

「わたし、クラス会も彼に頼んで断ったの」

「クラス会か」

 先月と今月に、A組の仲を深めるという名目で、生徒たちの間だけでこっそり行われた会だった。

 二回とも気乗りしなかった僕は、あとで出席率の高さを聞いて少しだけ後悔したのを思い出した。

「そしたら彼、皆の、わたしへの心証が悪くなるからって、そもそも誘わなかったことにしてくれた」

「クラス会……あっ」

 とつぜん和歌子が言った。

「瑞夏さん、そのオノデーラって人、もしかしてこんな感じの」

 和歌子も気を使っているつもりなのか、孝慈のイントネーションを変えてそう言った。

「え、オノデーラを知ってるの?」

「はい、たまたま記憶の中にありまして……ええと髪の毛はこんなで――」

 小さな手を頭上にかかげ、彼の風貌を必死に説明しようとする。

と、そこに背の高い男性の店員がやって来て、

「――追加注文、お待ちどおさまッス」

 大きな皿を勢いよくテーブルに叩きつけた。

 やけにフランクな店員だなと思って顔を上げた僕は、その人物を見て驚いた。

「頼んでないんですけど……って!? お前っ、オノデーラ……じゃなくて、コージ!」

「えっ、もしかしてオノデーラさん!?」

「オノデー……うっ、孝慈くん……」

「……お前らさあ、なにさっきから俺の名前で遊んでるわけ?」

 小野寺孝慈。

 人目を引き付ける、百八十九センチの長身。スポーツマンらしい引き締まった体躯と、日に焼けた健康的な肌。

「噂をすれば、ですね」和歌子がささやく。

「孝慈くん――」

「よう、松野。珍しいな、お前がこの店に来るなんて」

 二十枚ほど重ねた皿を片手に持ちながら、孝慈は言った。

 額の下から快活な笑顔をのぞかせて。

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