第一章 座敷わらし 22

「孝慈くんだよ。ふだんは下の名前で呼ばれてる」

「コージが?」

 小野寺孝慈は、同じ1Aのクラスメイトだった。

 本人の見た目や人柄よりも、コージ、コージとクラスの皆が呼ぶ声のほうが印象的だった。

 有り体に言えば人気者、のはずなのだけど、気づけば輪の中心から消えている、そんなどこかクリアな、少しだけ不思議な人物だった。

「わたし、中学の時から彼と同じ学校で。下の名前で呼んだら気づかれちゃうと思ったから」

「うん。で、――そのオノ・デラは今どこの席に?」

 ばれないように、僕は名字を区切って小さくささやいた。

「ううん、お客さんじゃなくて。この店でバイトしてるみたい」

「あ、店員だったんだ。注文のときとか、見られたりしなかった?」

「今のところ大丈夫。彼は皿洗いの仕事だし、あんまりお客さんのほうには来ないのかも」

「ん? じゃあ、あいつがここでバイトしてるってのはどうしてわかったの?」

「よくメールしてるから」

「そうなんだ」

 松野が孝慈とメールのやりとりをするという事実は、彼女についての最大の驚きだった。

「もともと仲が良かったの?」

「ううん、メールで話すようになったのは高校になってから」

「へえ。それは、きっかけは何?」

「……えっとね、」

 松野は何か言おうとする。しかし、それきり彼女はうつむいて黙った。何か言うようすは無い。

「……座敷わらし」

「え?」

 しばらく経ってようやく松野が言った言葉の意図が、はじめわからなかった。

「和歌子ちゃんのこと?」

「ううん、わたしが皆に呼ばれてる名前のほう」

「あ、うん、そうだったね……」

「へー! 瑞夏さんも座敷わらしだったんですか、ビックリです!」

「いや、違うんだ、和歌子ちゃん」

「ほえ?」

僕が言いあぐねていると、松野が小さく言った。

「わたしの、あだ名だから……」

「――あだ名が『座敷わらし』? それはまた、どうしてですか?」

「あまりいいあだ名じゃないの。由来が、ちょっとね」

「由来、ですか?」

「うん。わたし、他人とうまく話せないんだ」

 松野は無理に笑みをつくって言う。

「わたしがこんな暗い性格だから、そのことで」

「松野……」

――『座敷わらし』。それが一部の人間のあいだでの、松野瑞夏のあだ名だった。それは松野に対する親しみからではなく、面白がってのこと。

 重めのショートヘアーと、うつむき加減の表情。

 無口で他人と関わろうとしない、いつも教室で独りでいる、放課後になった瞬間いなくなる。それらのイメージから当てはめられた、彼女に対する冷笑だった。

 高校生にもなるとそれなりの分別はつくのか、陰でその「座敷わらし」という名前を言うのはごく一部の人間だけだった。

 それでも、座敷わらしというあだ名が彼女のイメージを形づくっていることは否定できなかった。

「それは許せないですね!」話を聞いた和歌子が眉をつり上げた。

「わ、和歌子ちゃん?」横に置いていたスプーンを逆手に握りしめた彼女の形相に、僕は思わずのけぞった。

「そんなひどい理由で座敷わらしの名前を持ち出すなんて、わたしたち座敷わらしにとっても、死活問題です!」

「怒るポイント、そこ?」

「あ、も、もちろんそんな呼び方は瑞夏さんに悪いよっていちばん思います! ホントですよ?」

「ふふっ」

 和歌子のどこかずれた反応に、松野がこらえきれずといった感じで口元に両手を当てて言った。

 それを見て、和歌子が何かに気づいたように言う。

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