第一章 座敷わらし 3

 高まる鼓動は、彼女を盗み見ていたことへの後ろめたさか、それとも秘めた心か。

 松野は、本を手にしたまま固まっていた僕の前で立ち止まった。

 一メートルの控えめな距離感。

 松野は顔を上げて僕を見た。

 今度こそ、気のせいではなく、目が合った。

 一瞬の静寂。

「あの……」

 後ろ手に組んで遠慮がちに、目をそらすようにして言った彼女。

 とても小さな声だった。

 無口な彼女が自分から話しかけたのを、初めて聞いたように思った。

「――加澤、くん……」

 松野が、口を開いた。

 しかし、声はあとに続かなかった。

 わずかに沈黙。

「えっと……?」僕は本を置いて、何か答えようとする。

 どうしたんだろう。

「…………」松野は、何か言おうとする。

 すうっ、と息を同時に吸った気がした。

 僕が言いかけたのと同じタイミングで、松野の動きが止まった。

 彼女の声は無い。そこから何も話す気配がない。

 沈黙が続く。僕は見かねて何か言おうとする。

「松野、さ」

 ここでバイトしてるの?

「…………」

 分かりきったことを言いかけた僕と、体を強ばらせる松野。

気まずい沈黙をなんとか破ろうとしていたその時、不思議なことが起こった。

「……えっ?」

 店の中に差し込む、オレンジ色。カーテンが揺れるように屈折する、ぼんやりとした薄明かり。なにが起こったんだろう。

 突然、本屋の中に、光が差し込んできた。

 その光は僕の横で発生した、ように見えた。

 思わず声が漏れた。

そして、今まで誰もいなかったはずの右横に、感じた気配。一瞬遅れてその気配、光の正体に気づく。

 僕の隣にあったのは、何者かの姿。

 背中にまわされた腕?

 一瞬のことすぎて、初めは何が起きたのか分からなかった。

 松野ではない第三者。僕は突然誰かに横から抱きつかれていた。

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