第一章 座敷わらし 2

――視線。

 僕の視線が松野まつの 瑞夏みずかのよこした視線とぶつかるのは、時間の問題だった。

 書店の青いエプロンに身を包み、伏し目がちにレジ打ちをするショートヘアーの彼女。

 透き通るような白い腕が、てきぱきと袋に本を詰める。

 とっさにうつむいたらしい横顔からはその表情をうかがえない。

 同じクラスの松野は、入学式で初めて会ったときから印象的だった。

 ぱっちりとした二重だが、いつも眠そうな目。それから、控えめで猫背ぎみの小さな背中。重めのショートヘアーのうしろ姿からは、雪のような首すじの肌が時おりのぞく。

 色白で寡黙な彼女は、一年A組の中でもどこか浮いた存在感があった。

 今は七月。期末試験が終わり、夏休みが数日後に迫っている。

 一ヶ月前、六月の初めの頃から、彼女がいるのを頻繁に見かける。

 そして、最近は三日連続で彼女の姿を見ている。

 まただ。

 思わず、そう心の中で自分に言う。

 松野がいつもこの時間帯にレジにいるのと、僕が思わずカウンターを確認してしまうのと、互いの視線が同時にぶつかるのと、すべての意味で。

 前までは、レジに松野がいてもどうということは無かったのに。

 客はその人で最後だった。

 すぐにカウンターの奥から若い男の人が出てきて、松野とレジを交代した。終わる時間だったようだ。

 松野はそのまま奥に下がる。

 いつもなら、カーテンの奥、スタッフルームと横に書かれた扉に消えていくはずだった。

 だけど、今日は違った。

 歩みだす、松野。

 松野はカウンターを出ると、売り場のほうに体を向けた。

 そして平積みのコーナーをジグザグに横切って、四列目の黒い棚、僕がいる方へと歩いてきた。

 いつもなら、こんなこと、絶対にないはずなのに。

――どうして?

 黒いローファーの足音とともに、松野が近づいてくる。

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