理想の死体の埋め方

芳ノごとう

理想の死体の埋め方

 人を殺してしまった。死体を埋めるのを手伝ってほしい。

 三年ぶりの連絡だというのに、あるいはだからこそか、内容は最悪だった。幼馴染であるさつきの平坦な声を聴き、電話なのに私は頷いてしまった。

 車で、さつきが指定した集合場所に向かう。深夜なので道は空いている。

 さつきは、ビルの前に佇んでいた。車を路肩に停め、運転席から降りる。

「ここの六階だよ」

 さつきはそれだけ告げると、私の返事も待たずにさっさとビルへと入ってしまった。さつきを追いかける前に、ビルを見上げる。午前一時だというのに、まだ明るいフロアがある。

「雪ちゃんには言ってなかったけど、私、三年前にここに就職したんだ」

 さつきは階段を上る。エレベーターはないのだろうか。

「もう一時だよ。信じらんないよね? なのにまだ退勤できなくてさ。うちではこれが当たり前で。何度も辞めたいって言ったんだけど、辞められなかったの。こんな生活がこれからもずっと続くんだって思ったら堪え切れなくって」

 さつきはそこで言葉を切った。頑張ったね、と声をかけた。

 六階に辿り着いた。さつきは、閉ざされたドアの前で深呼吸をしている。

「一緒に開けよう」

 そう提案すると、さつきは頷いた。ドアノブを握るさつきの手に、私は手を重ねた。そしてドアを開けた。

 部屋には、血まみれの死体が二十体ほど転がっていた。

「多いな!」

 率直な感想が口をついて出た。

「そんなことないよ。うち零細だから、従業員少ない方だよ」

「殺すにしちゃ多いんだよ。これ全部さつきがやったの?」

「うん」

「全部埋めたいの?」

「うん。二十一体あるよ」

「だから軽トラで迎えに来てって言ったんだ」

 私は部屋をぐるりと見回した。部屋のそちこちで従業員達が事切れている。

 久しぶりに連絡してきた幼馴染と死体を埋めに行くなんてシチュエーション、酔わなかったといったら嘘になる。だけど高揚を表に出すまいと、車を運転する間でさえ、私は自分の一挙手一投足に気を配っていた。物語の登場人物になれたみたいで嬉しかったからこそ、この場にふさわしい表情と態度で臨まねばならないと思っていた。

 ところがどうだ。数が馬鹿過ぎる。二十一体の死体というのは雰囲気ぶち壊しだ。一気にお出ししていい数じゃない。どんな穴を掘れというのか。

「せっかく春なんだからさ、桜の樹の下に埋めたいの」

「私もここに来るまではそう思っていたよ」

 私が呆れてそう言うと、さつきは眉尻を下げた。

「やっぱり、嫌になった?」

 私は、自分の心情を正直に説明した。舞台はいいのに演出が最悪だというクレームも添えて。

 さつきは照れくさそうに笑った。

「雪ちゃんもこのシチュ、エモいと思ってたんだ。実は私もなんだ。だからさっきもエレベーター使わなかったし。ほら、こんな時はエレベーターより階段じゃない?」

「そうも言ってられないよ。二十一体もあるんだよ。運ぶとしたらエレベーター使うからね」

「埋めるの手伝ってくれるんだね」

「乗り掛かった舟だよ」

 私とさつきは、ひいこら言いながら死体を軽トラの荷台に積んだ。二人ともすっかり汗だくだ。

 夜の内に埋めたかったので、迅速な行動が求められた。私は速度制限を無視して、桜の樹のある遠くの公園までかっ飛ばした。もし自分が死体を誰かと埋めに行くなら、静かに車を発進させて、長時間のドライブでも会話は少なめというのを想像していた。理想と現実は異なるものだ。

 公園に到着した。ドリフトしながら駐車場に軽トラを停める。私達は、さつきの会社から拝借してきた台車に、まずは二体の死体を積み、公園へと入っていった。

 桜の樹の下には先客がいた。暗くて分かりづらいが二人組だ。一人は懐中電灯を持ち、もう一人の足元辺りを照らしている。

 ざくざくと土を掘る音。私がそれに気づいた途端、向こうもこちらに気づいたようだった。

「誰だ!」

 こちらに懐中電灯を向けてきた。台車の死体が照らされる。

 私とさつきが黙っていると、相手の内一人が口を開いた。

「今晩、ここに死体埋めに来たの、あんた達で十組目だよ」

 また馬鹿の数だ。死体埋めが一堂に会するな。春だからか、皆考えることは同じらしい。

「向こう側の桜の樹なら空いてますよ」

 そう言うと、彼らは私達への興味を失ったようだった。

 よくよく耳をそばだててみれば、確かに、土を掘る音が公園中から聞こえてくる。私達は、他の縄張りに入らないよう気をつけながら、死体を運んだ。

 無事穴を掘って、とりあえず二体放り込んだ。だがまだまだある。私とさつきはせっせと死体を運んでは穴に入れた。何度も往復したせいで、

「え、多くない?」

というひそひそ声が聞こえてきて恥ずかしかった。

 ようやく最後の一体を入れて、穴に土をかぶせた。夜が明けようとしている。公園に残っているのは私とさつきだけだ。他の人達は、死体を埋め終えるとそそくさと帰っていってしまった。

 私は隣のさつきを見つめた。死体を埋め終えた後の会話。ここでアンニュイな感じを出したい。

「雪ちゃん」

 先に口を開いたのはさつきだった。

「何?」

「うるさい、速い、多いって、雪ちゃんの好きな幻想小説と真逆だね」

「三年も会ってないのに、私の好きなもの覚えててくれたんだ……」

「今から挽回しようとしたって無理だよ」

「あーあ。そうやすやすと特別にはなれないね」

「やっぱ私達は有象無象の俗物なんだよ」

 こんなもんかと言い合いながら、牛丼を食べてお互い家に帰った。まあ、これはこれで。

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