第33話 風間家での食事

食事をしながらそれぞれの日常や職業の質問に入って行った


『絢音さんは美容師っていうのは聞きましたが琉夜さんは何をなさっている方なんですか?』


『僕は小説家でね、だからこんな昼間でもお客さんの相手ができるんだよ』


確かに、今日はすでに色々あったから忘れてしまっていたが平日なのをすっかり忘れてしまっていた。しかし、普段から小説を読む者としてはどんなものを書いているのか気になるが…聞いてもいいものだろうか


というのも知っている小説なら全く問題はないのだが、聞いて知らないタイトルだった場合ちょっと申し訳なくなる…それでも知らないタイトルだったら新しい出会いがあったと喜ぶべきなのだろう


『どんなものを書いているんですか?』


『うーん、一番昔に書いたものは確か……【桜散る頃】だったかな』


『……!?』


(おっ!落ち着け!落ち着くんだそのタイトルなら他にもあるかもしれない!同一人物とは限らないだろう!)


『ち、ちなみにペンネームをお聞きしても?』


『ん?あぁ、【落花流水】ってペンネームだよ知っているかい?』


バン!!

『知ってるも何も俺が小説を好きになったきっかけの本です!今でも数ヶ月に一回は確実に読んでます!【落花流水】さんの桜シリーズや今やっている夜シリーズはずっと追いかけてます!』


『じ、仁!?落ち着け落ち着け!』


『す、すみません……』


やってしまった、いくら自分の大好きな小説を書いている作家さんが目の前にいるとはいえ詰め寄り過ぎてしまった


『あ、あの、本当にすみませんでした。』


『ははは、いいんだよ気にしないでくれ。……しかしそんなに気に入ってくれているとは嬉しいね〜、うちは絢音は小説を読むけど利寿は読まなくってね?君くらいの年代の人に気に入ってもらえるなんてね〜』


少し伸びているヒゲを触りながら何かを考えているのかわからないが考え事をしている


『しっかし珍しいな〜仁がそこまで取り乱すなんてよ、そんなに面白いのか?』


『当然だ、というよりお前は読んでないのか?』


『うちの利寿は本よりゲーム派でね。しかし、うちの主人の小説の面白さをわかってくれる子がいるのは私としても嬉しいよ今度一緒に語ろうじゃないか』


『いいですね!』


俺の返事に嬉しくなったのか絢音さんも無言でどんどん料理を乗せてくる


(いや、こんなに食えるかな?)


これは今日の晩御飯が入るかわからなくなってきた


『でも仁が父さんの小説読んでるとこなんて見たことないぜ?』


『それはお前が小説に興味を示さなかっただけだろ?てか、今日の休み時間にも読んでたんだが?』


『え?まじ?』


利寿は本当に小説に興味がないのを痛感する、今度この作品の素晴らしさを教えてやらなくては。それはそれとして……


『あの琉夜さん…』


『…ん?何かな?』


『俺がこれからするお願いは1ファンとしてよくないことですし、あなたにとっても不快かもしれません。ですから嫌だったらきっぱり断ってもらってもいいんです。』


『言ってごらん』


『あの……サインを……ください』


言った!言ってしまった。この行為は他の【落花流水】のサインを欲しいものたちに恨まれてもしょうがない行為だ


『あはは、どんなお願いをするのかと思えばそんなことか!いいとも何か書くものはあるかい?』


『いいんですか?』


『いいとも、僕の作品をそこまで愛してくれている人にサインを書くなんてお安い御用さ』


『あ!ありがとうございます。じゃあこれに』


そうして俺自身のバイブルとも言える【桜散る頃】を手渡すと、琉夜さんは慣れた手つきでサインをしてくれる


『はい、どうぞ』


『ありがとうございます!大切にします。』


本当に嬉しい、まさか幼い頃から憧れていた作家にサインをもらえるとは。それにこの本は……


『……ねぇ?仁くん』


『ん?なんでしょう』


サインをもらえた嬉しさに震えているの絢音さんから質問、というより尋問するような眼差しで問いがきた


『その小説ってさ、本当に小説を読むきっかけってだけなのかい?他にもなんかあるんじゃないのかな?』


『な、なぜですか?』


『いやね?確かにサインをもらえたことを喜んでいるようだし、本当に君の人生初の小説なのもわかるよ?でも途中で女の子のことを考えている顔になっていたよ?ぜひ、そんな顔をする理由を聞かせてもらいたいな』


……絢音さんが鋭過ぎて怖い、利寿の鋭さは絢音さん譲りなのは間違いなさそうだ。てか、利寿より鋭すぎる気がするんだが


『……さっき言ってた如月 椎奈、彼女と関わるきっかけの一つがこの小説なんですよ。今となってはとても感謝しているんですよ。この本は小説の面白さを教えてくれただけじゃなくて大切な人と巡り会うきっかけになったんですよ。』


そう、あの日、あの椎奈と出会った日に椎奈が取ろうとしていた小説がこれなのだ、そういう意味でもこの本は俺にとってかけがえのないものだ


『…なるほどいい話を聞かせてもらった』


『うんうん!光栄だね、君たちの出会いの手助けができて嬉しいよ』


俺の話を聞いて二人とも頷きながら理解を示してくれた


『ところで、今大切な人と言っていたが君たちはどをいう関係なんだい?恋人?』


『いいえ、違いますよ。友人です。』


『んんーん?さっき髪を切っていた時や今のセリフを聞く限り友人って言葉では片付けられない気がするんだが?どうなんだい?利寿』


俺から聞いてもわからないと思ったのか利寿にシフトチェンジした


『…仁と椎奈さんは恋人って関係じゃないぜ?確かに二人の行動やセリフ、気持ちは恋人みたいだが二人とも先に進めていないんだよなー』


『なるほどね、普段二人はどんな感じなんだい?』


『ええっと二人とも落ち着いた感じで話してて熟練夫婦かってくらいだし、仁も椎奈さんも他人には興味ないって感じなのにお互いの……むぐぐ』


『頼むから黙ってくれ!』


これ以上は恥ずかしすぎるぞ!てか、俺と椎奈って他の人からしたらそんな感じなのか?


『むぐぐ!……ぷっは!おい何すんだよ』


『うるさい!誇張して話すな!』


『いやいや!いつもそんな感じだぞ?てか、今のでも過小評価だぞ?』


『くっ!そんなこと言うならお前だって愛華と喋ってる時なんて!うお!!』


愛華の名前を出した瞬間利寿が俺の口を塞ぎにきた


『……仁頼むから愛華のことは』


『利寿』


声の主、絢音さんの方を見ると今までにないくらいに笑顔になっていた、琉夜さんの方も見れば絢音さんと同じような笑顔だった


『仁くん?愛華さんって言うのは誰かな?さっきも名前が上がっていたが』


さっき髪を切ってもらっている時、学校でのことを話す過程で愛華の名前も出したが、愛華が彼女だと言うのは言ってなかった


(さて、これは言ったほうがいいのだろうか?)


利寿の方を見れば首が取れるんじゃないかと言うくらいに首を振っている、しかしさっき俺のプライベートを包み隠さず暴露した仕返しだ


『柊 愛華、利寿の彼女で一年の頃からの付き合いみたいですよ?詳しくは利寿から聞いたほうがいいと思いますよ?』


そう言った瞬間、利寿は顔が青くなっているようで、親2人は満面の笑みで利寿を見つめている


『仁くん?教えてくれてありがとう。利寿?このことは後でじっっっくりと教えてね?あと、その子、今度連れてきなさい』


『…………はい』


二人には勝てないと悟ったのか、諦めた感じで首肯するのだった。


🔸

俺と利寿の暴露大会の昼食を終え帰る準備を済ませ玄関に来ていた


『今日はありがとうございました。とても楽しかったです。』


『こちらこそ、これからも息子と仲良くしてやってくれ。次切る時もぜひ来てくれ』


『うんうん、あっそうだもう少ししたら新作を出すからぜひ感想を聞かせてくれないかい?』


『そうなんですか?楽しみにしてます!』


二人に挨拶を済ませて外に出ると利寿が待っていた、近くまで送っていってくれるらしいが、別にこれぐらいの道なら全然覚えている……


『仁くん』


『はい?』


利寿に話しかけようとした瞬間絢音さんだけが玄関から出て扉に寄りかかりながら話しかけてくる


『君はいつ話す予定なんだい?』


『…………知っているんですか?』


『曲がりなりにも私は榊の人間だよ?君の情報はすぐに入ってくるさ』


確かに、榊の人間であれば俺の情報はすぐに知ることができるだろうが、まさか榊の家を出ていると言っていた絢音が知っているとは思わなかった


(……おかしい)


『さっき俺にあったことは知らないと言っていませんでしたか?』


『知らないさ、私が知っているのは君の知られている一般的なことのみ、君の人生については知らない』


確かに、俺の情報は知っていても過去は知らないと言うことなら理解できる、でも、このタイミングで話しかけると言うのはどう言う理由なのだろう


『そんな顔をしないでくれ、今後君と会うのはなかなかないかと思ってね。だから、今のうちに言っておこうと思ってね……仁くん、君のことについて話すことが難しいと言うのもわかる、だが‥私の息子のことは信用してあげて欲しい』


そう言って少し離れたところでリフティングをしながら遊んでいる自分の息子を見ながらも、すぐ俺の方に視線を戻して話し始める


『さっき言ったとうりあの子は人と関わるのは苦手だ、だからこそと言うべきか一度心を許した人には真摯に向き合得る子なんだ。だから、あの子は君の助けになれる。それに、君もこれ以上隠し事はしたくないだろ?』


『知ってます。あいつがどんなやつかも、俺の話を聞いても変わらず付き合ってくれると言うのも。俺の中ではとっくにあいつらに話したいって気持ちがあるんです。でも、俺の過去についてはちょっと……』


『別にいいんじゃない?』


『え?』


絢音さんの意外な返答に変な声が出てしまった、いいんじゃない?何が?


『別に全部言わなくてもいいんじゃない?私も急かすようなことを言ってしまったが君のタイミングで言いなさい。』


『え?でも今さっき言いなさい的なこと言いませんでした?』


『ああぁ…言葉って難しいね、私が言いたかったのはあの子のことは心配しないでいいよってことを言おうと思ったんだよ』


『つまり……俺のことを話せ、ではなくていつでも話して大丈夫だよってことですか?』


『そうなるね』


確かに、今すぐ話せなんて言われていないし指定もされていないし、どこからどこまで話せとも言われていない……つまり俺の勘違いってわけか


『わかりました、改めて考えてみます。』


『うん、ではまた』


そう言い残して家に入っていく、その後ろ姿を見て考える機会をくれたことに感謝するのだった


🔸

『待たせた』


『おう!母さんと何話してたんだ?随分と話し込んでたけど。まさか、愛華についてじゃないだろうな?』


じっとりとした視線を向けながら追求してくる、確かにさっきのお昼の会話からして愛華のことを言っていると思っても仕方がないかもな


『違う、ほら!そんなことより行くぞ』


『おう……』


『んで?明日の予定はどうなってるんだ?一緒に買い物に行くって言うのは聞いてたけど実際何買いに行くんだ?』


『うちで使う食器だったり調理器具、あとはその都度見つけるって感じだったはずだ』


椎奈と明確な目標として立てたのはそのぐらいであとは流れだろう


『……………』


『どうした?』


利寿が黙ったまま白い目線を向けてくるがなんなのだろうか?全く訳のわからない訴えにこちらとしても困ってしまう


『それってよ、新婚の二人がするようなもんじゃね?』


『そうなのか?』


男女が結婚してからのことなんて全くと言っていいほど知らなかったからそう言うものなのか判断に困る


『一般的にはそうだと思うが?まぁいいや、ところで明日は気をつけろよ?』


『何に?』


『ナンパだよナンパただでさえ気づかれてないだけでスペックがいいんだから気をつけろよ?じゃないと怒られるぞ?』


『ん?なんでナンパで俺が怒られるんだ?されるのは椎奈だろ?ま、そんなことさせんが』


『…………』


またしてもよくわからない白い視線を向けられる


『気づいてないならいいや……一応椎奈さんにも注意しとくか?』


『どうした?気づいてないって何にだ?あと最後の方聞こえなかったんだが』


『いや気にすんな』


『……?』


利寿は時々よくわからない忠告をしてくるが教えてくれない、そんなことが最近増えてきた気がする。


『そういえば飯食ってるとき思ったけど、ときどき微妙そうな顔してたけど食べられないものとか変なのあったか?』


『……気づいてたのか?』


『もち!』


やっぱり利寿は勘とか観察眼とかが鋭い部分がある。しかし、俺も顔に出るとは失礼だったな


『いやちょっと、やっぱ椎奈の料理が食べたくなったって言うか、椎奈と一緒にご飯を食べる時間が恋しくなったって言うか……』


『へぇ〜〜〜!いいこと聞いちゃった』


『頼むから黙っててくれよ?』


『むふふふふ、はいよ〜』


イタズラ小僧のような顔をしながらスマホを手に何かを入力しているがまさか!?


『おい!』


『うお!!』


利寿から取り上げたスマホ画面にはホーム画面しか売っていなかった、俺の思い過ごしだろうか?……いや、こいつの場合


『今、椎奈か愛華に送ろうとしてただろ?』


『まっさか〜?送ろうとなんてしてないよ?』


『本当か?』


『本当本当!俺を信じて?仁ちゃん!』


こいつが俺をチャン付けで呼ぶのは大体碌なことがないときなんだが、信じるしかないか


『わかった信じる、っとここまででいいぞ』


『そうか?じゃあまた月曜な!明日は楽しめよ?』


『ああ、じゃあな』


🔸

(帰るとは言ったが、もう戻ってもいいのだろうか?)


俺の家では椎奈、愛華、風花による女子会が開催されているはずだが、帰ってその場面に鉢合わせるのはよろしくないだろう


そう思い電話をしてみることにした


プルル  ガチャ


ワンコールもしないうちに繋がった


『もじ、も、もももしもしも?じゅ、仁くんですか?』


『どうした?とてつもなく慌ててるみたいだが、何かあったのか?』


『い、いえなんでもないのです。仁くんこそどうしたのですか?』


『いや、予定全部終わったからそろそろ帰ろうかと思ったんだけど帰っても大丈夫か?』


『ええっと……大丈夫みたいです。そろそろ私たちも解散するところだったので』


『そうか、あっ帰りに何か買っていったほうがいいものってあるか?』


『うーん、ん?ちょっと待ってくださいね?』


電話の向こうで愛華か風花から話しかけられたのか電話から離れて会話しているようだが、どうしたのだろう


『お、お待たせしました。あの、あるにはあるのですが……仁くんさえ良ければ…一緒に行きませんか?』


『ん?別に構わないぞ?じゃあ一旦帰って買い物に行こうか』


『いいのですか?!』


いいと言う旨の返事をしたのに逆に驚かれてしまった


『なんで驚いてるんだ?』


『いえ、わざわざ家まで戻ってからまた出かけることになってしまうのですがいいのですか?』


『いいよ、いつも椎名に任せっきりだし買い物くらい付き合うさ、それに椎奈と買い物も楽しいからな』


『…………』


『椎奈?』


『…………仁くんのそう言うところ、ずるいです。』


『ええ〜?』


よくわからない理由でまたしてもずると言われてしまった。地味にショック


『まぁ、とりあえず帰るよ』


『はい、お待ちしてますね』


ピッ


椎奈の待つ家に帰る、そう思うだけで帰る足が軽くなる錯覚を覚えながら帰路に立つのだった

























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