1-7 結局、何者なんだよ……

 少女は病院に運ばれ、数日昏睡状態に陥った後に目を覚ましたらしい。目覚めた少女は記憶がなく、治療に専念するため学校を辞めることになったと聞いた。


 夷月は少女が倒れる現場に居合わせたとして事情を聞かれたが、話していたら突然倒れたと嘘をついた。カッターで刺されそうになったなんて正直に話したら、大事になるのは間違いない。両親に心配をかけたくないし、いらぬ疑いをかけられたくもなかった。


 カッターで刺されそうになったけれど、偶然相手が体調を崩して倒れ、目が覚めたら記憶喪失になっていた。なんて、いくらなんでも都合が良すぎる。夷月だって自分に起こったことでなければ疑った。偶然が重なったよりも、夷月が抵抗する際に力加減をあやまり、少女が頭を強く打ち付けることになった。そのショックで記憶が飛んだという話の方が説得力があるからだ。


「でも、そうじゃないんだよなあ……」


 自室にて起こった出来事を整理しながら夷月はため息をついた。呪いの手紙を見つけてからが怒涛の展開すぎる。


 夷月の机の上には少女が書いた手紙が三通並んでいる。三通目の手紙もこっそり持ち帰ってきたのだ。

 渡辺とおまじないの話をしていたとき、教室にはクラスメイトがたくさんいた。クラスメイトが誰かに話していればクラスを超えて噂が広まっているかもしれない。そうなると誰かは真実に近いところまで勘づいてしまうだろう。大人しい少女がカッター片手に襲い掛かってきたまで想像するものはいないだろうから痴情のもつれによる事故と思われるのが目に見える。それじゃ俺が悪いみたいじゃないかと夷月は想像で唇を尖らせる。自分は殺されかけたというのに散々だ。


「殺されかけたんだよなあ……」

 実感がわかずに机に突っ伏する。机に押し付けた頬が冷たくて硬い。寝心地がいいとは到底言えないけど動く気になれなかった。


 幽霊はあの後運ばれていく少女について行った。そのまま病院にまでついて行ったのかもしれない。後を追って確かめるという冷静な頭は残っていなかった。

 そのままぼんやりと一日を終え、ホームルームで少女のことを担任から聞いて、ぼんやりしたまま帰って来た。あれから数日たったのに未だ頭は混乱したままだ。


 少女が倒れたのはあきらかに幽霊の仕業だった。自分が見える人間にしか触れないと言っていた幽霊はなんらかの方法で少女を気絶させ、もしかしたら記憶まで消した。

 それは夷月を守るためだったのだとわかる。あのままでは殺されていたかもしれないし、あの場を逃れられても強烈なストーカーが誕生していたことだろう。幽霊には感謝するべきなのだ。


「結局、何者なんだよ……」


 夷月は額を机にくっつけうなり声をあげる。

 いくら考えても最終的にはその疑問にたどり着く。現状、夷月が幽霊について知っているのは八歳の時に死んで、生きていたら二十七歳で、おそらく羽澤家の人間。羽澤家の呪いについて何か知っていて、特定の条件で見て触ることが出来る。

 そして、人に危害を与えることが出来る。


 祟るとか呪うとかそういうものなのだろう。ホラー映画は苦手だし、あの幽霊以外の幽霊なんて見たことがないけれど、そういうものなのだろうなと直感が告げる。こういうときの直感はバカに出来ないので正解だろう。

 人を祟ることが出来る幽霊は悪霊なのではないかという疑念が頭に浮かぶが悪霊にしては明るすぎる。だからといってそこら辺の浮遊霊がみんな簡単に人を呪うことができるなんて事実は恐ろしすぎる。

 次に幽霊が来た時に勇気を出して聞いてみるほかないのだろうと夷月はため息をついた。それにより恐ろしい事実が分かったとしても知らぬままの方が恐ろしい。知らなければ対策だって立てられないし、知らないまま今後も幽霊と付き合っていくのは怖すぎる。


 そこまで考えたところで夷月は自分が今後も当たり前のように幽霊と付き合うつもりであることに気づいて驚いた。普通であれば怯えて縁を切るところだろう。他人の話であったら即刻縁を切れ。お祓いするかお守り買えと強くすすめるところだというのに夷月はそうする気にはなれなかった。

 自分のことなのに意味が分からず顔をあげた夷月は腕を組み、背もたれに体重をかけながら天井を見上げた。なんでだろうと天井を見上げながらしばし考えてみたものの答えは出ない。強いて言うならつまらないだろうか。幽霊が現れるまで夷月の毎日は退屈だった。あの日々に戻るなんて夷月にはもう耐えられない。


 となれば幽霊が悪霊だったとしても自分に害がないのであれば今後も元気に出てきていただきたいのだが、あいにく幽霊にそれを伝える手段がない。こうなったらもっと幽霊について聞いておけば良かった。聞いて教えてくれるかは微妙なところだが興味があると示しておくことは大事だろう。


 幽霊を探して心霊スポット巡りでもしようかと考えているとノックの音がした。夷月はぼんやり見上げていた天井から目を離しドアを見る。「どうぞ」と返事をする。すぐさまドアが開いて咲が顔をのぞかせた。

 お手伝いさんだろうと思っていた夷月は驚いて座っていた椅子から立ち上がり、ドアへとかけよる。忙しい両親は夕食ギリギリに帰ってくることも多い。まだ外が明るい時間に帰ってくるなんて年に数えられるほどである。


「どうしたの?」


 早く帰ってきてくれて嬉しいという気持ちとなにかあったのだろうかという不安が同時に浮かんでよくわからない表情になる。もしかしたらクラスメイトが倒れた話が伝わったのかもしれない。両親ともに心配性症なところがあるから夷月がショックを受けていないか確認しに早く帰ってきたのだろうか。

 心配してもらえて嬉しい気持ちとそれほどショックは受けていないし、どう誤魔化そうという心配で表情が定まらない。よほど奇妙な顔をしていたのだろう。咲がふふっと笑った。夷月の頭をなでる表情は柔らかい。その様子から悪いことではなさそうだと夷月は肩の力を抜いた。


「響くんが話す機会を設けるっていってたでしょ」


 言われて数日前の夕食の席を思い出した。もっと後の話だと思っていたので数日で機会が作られたことに驚く。同時にそれは早く夷月に説明した方がいい重要な話ということで力の抜けた体がこわばった。

 咲は夷月が緊張したことに気づいているだろうに何も言わず、「着いていらっしゃい」というと先に歩き出す。咲に続いて夷月は無言で部屋を出た。背後から聞こえたドアの閉まる音が妙に響いて聞こえた。


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