3. 悪名が広がっていたので

 結局、僕はそのまま牢屋に連れていかれた。

 ここは川に近い場所にある地下牢だから、また洪水が起きれば命が危ない。


 風魔法も使えたら水の壁を作って、その中に空気を入れて生き延びることが出来るけど、無い物を願ってもどうにもならない。

 本気を出してロウソクの炎くらいにしかならないほどしか適性が無い火魔法は、全く役に立たないからね。


 おまけに、水の攻撃魔法さえロクに扱えないから、柵を壊して脱出することも叶わない。

 裁判は今日の昼過ぎから執り行われるというから、それまで耐えれば溺死は避けられるだろう。


 生まれてから十四年。短い人生だったな……。

 これでも貴族の子供だったから、幼い頃は恵まれた生活を送っていたと思う。


 けれど末っ子だったから、兄達が無事に成人を迎えた今となっては邪魔者扱いだ。

 だから自力で生きて行けるようにと、魔法か剣術が扱えれば問題無く出来る冒険者になったけど、それも無理だった。


 無事に仕事を見つけても、冤罪で投獄されるようでは将来が全く期待できない。


「死にたくないな……」


 つい零れてしまった独り言は、冷たい石に吸われるようにして消えていく。

 その時だった。


 コツコツと、誰かが地下牢に入ってくる音が聞こえた。


「裁判の時間だ。来い」


「はい……」


 大人しく従わなければ鞭で叩かれるから、従順なように見せる。

 お陰で馬車に乗せられるまでの間に痛い思いはしなかった。


 しかし、問題は馬車に乗ってから。

 囚人を運ぶために鉄で作られた馬車は、ひんやりと冷たくて、その上車輪の衝撃が伝わってきてお尻が痛くなる。


 立っていれば少しは楽かもしれないけど、この馬車は大人が座っているのがやっとの大きさだから、僕でも中腰になるしか出来ない。

 そんなことをしていたら、バランスを崩して転んでしまうだろう。


「よし、着いたぞ。

 開けても暴れるなよ?」


 しばらくして馬車が止まると、外から念を押すようにして声が聞こえてくる。

 暴れたところで意味が無い事は分かっているから、大人しく言われる通りに馬車を降りた。


 そうして裁判の場に連れていかれた僕は、理不尽な裁きを受けることになった。


「罪人レインよ。お前は水魔法で洪水を起こし、帝都の人々を殺めた。

 相違無いな?」


「僕には、そのようなことは出来ません」


 咄嗟に反論していると、鞭が振り下ろされて乾いた音が響いた。

 水魔法で作り出した氷で護っていたら痛くはなかったけど、衝撃は肩に響いてくる。


 次はもっと恐ろしい仕打ちが待っているに違いない。


「お前の元仲間の証言が、可能だと証明している。

 嘘をつけば罪が重くなるだけだ」


「嘘はついておりません!」


 再びヒュンという音に続けて鞭が叩きつけられた。

 けれど、そんな時に助け舟が出される。


「そういえば、レイン・クロウディーは攻撃魔法が扱えない無能だという噂があります。

 そんな人物にあれほどの洪水が起こせるものでしょうか?」


「宰相閣下、それは本当ですか」


「私の情報網を疑うとでも? 他に真犯人が居るはずだろうから、捜査をやり直すべきだ。

 もちろん、賞金のために噓の証言をした冒険者は鉱山労働の刑だ」


 どうやら僕が入っていた冒険者パーティーは「レイン・クロウディーの無能さ」を喧伝して回っていたようで、それが帝国貴族の中でトップ、皇帝陛下に次いで力のある人の耳に入っていたらしい。

 お陰で僕は処刑されずに済むだろう。


「レイン・クロウディー。お前は無罪とする。

 もう帰って良いぞ」


「分かりました。ありがとうございます」


 そう言ったのは良いけど、僕に帰る家は無い。

 だから、まずは今晩泊まるための宿を探すことに決めた。


 しかし、アルガード達が僕を大罪人だと喧伝して回っていたみたいで、冒険者ギルドの仕事はクビに、おまけに宿屋も泊めてくれることは無かった。

 これでは野宿確定だけど、帝都の中には平気で人を殺して強盗するような輩も居るから、自殺行為だ。


「どうすれば良いんだろう……」


 お先が真っ暗すぎて、項垂れることしか出来ない。

 もしも僕がこの帝都で重宝されるような火魔法や風魔法に光魔法が扱えていたら苦労しなかっただろうけどけど、生憎と神様は才能を授けてくれなかったのだから仕方がない。


 けれども、行動を起こさなければ野垂れ死ぬだけだから、噂がまだ届いていないはずの他の街に行くことに決めた。

 そんな時だった。


「貴方、洪水を起こしたと噂の水魔法使いかしら?

 お願いがるのだけど、聞いてもらえるかしら?」


「また冤罪をかけられるようなことは御免だよ」


「あの洪水は冤罪だったのね……。

 水魔法が使えるというのも、嘘だったのかしら?」


「水魔法は使えるよ。

 でも、この国で役に立つ事なんて無いんだ」


「そんなことない!

貴方が協力してくれたら、大勢の人が感謝するような場所があるの」


 力強い言葉に顔を上げると、燃え盛る炎のような髪と瞳を持つ女の子の姿が目に入った。

 歳は僕と同じくらいだろうか?


 絹のようにしなやかな髪はよく手入れされていると一目で分かるし、身に纏っているドレスも貴族でないと手が出せないような品だと分かる。

 しかし、彼女と同じ特徴を持つ人は帝国貴族には居ないから、不思議だった。


 だから、まずは彼女の身元を確かめることにする。


「お願いを聞く前に、貴女がどこの出身なのか聞きたい」


「私はデザイア王国から水魔法使いを探しに来ているの」


「分かった。住む場所と身の安全を保障してくれるなら、協力するよ」


 デザイア王国と言えば、年中雨が降らなくて乾燥している砂漠にある国だ。

 暮らしは過酷になるに違いないけど、住む場所があれば文句は無い。


「もちろん保障するわ。

三食家付きだから、安心してもらえると嬉しいわ」


 だから、僕は彼女からのお願いを聞き入れることに決めた。

 これから明るい未来が訪れる。そんな、確信に近いものを感じ取ったから。

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