2. お金のために売られたので
翌朝、夢にうなされて目を覚ました僕は、初の商業ギルドでの仕事に備えて準備を始めた。
陽が上り始めたばかりで薄暗いから、ランプに火を灯して明かりを確保する。
昨日あんなことがあったばかりで気分は良くないけど、初日に遅刻なんてしたらクビになってしまうから、二度寝は厳禁だ。
それから朝食を済ませ、身だしなみを確認し終えた僕は、大雨の中で商業ギルドに向かった。
雨はこの帝国では日常茶飯事だから気にならないけど、帝都の中心を流れる川が今にも溢れそうになっているのは心配だった。
「兄ちゃん、傘は無いのかい?」
「僕は濡れないから大丈夫です」
攻撃魔法は苦手だけど、防御魔法と生活魔法が得意な僕は、降り注いでくる雨を自分から逸らすことが出来る。
道中で知らないおじさんから声をかけられたのは、僕を心配してくれたからに違いない。
でも、この魔法は魔力も殆ど使わないから、魔力切れを心配せずに使い続けられる。
そんなわけで、僕は一切濡れることなく商業ギルドまで歩くことが出来た。
見えてきた商業ギルドの建物は、昨日と変わらず圧倒的な存在感を放っている。
この辺りでは三階建ての建物が多いところ、商業ギルドは五階建て。おまけに横幅奥行も他の建物の倍以上あるから、とにかく大きいのだ。
そんな建物の正面の入口から足を踏み入れると、早速声をかけられた。
「君が今日から来る新人さんかな?」
「はい! 初めまして。今日から働かせて頂くアレンと言います。
よろしくお願いします」
「アレン君か。俺は君の教育係になったレイクだ。よろしく。
やりながら説明した方が早いから、早速この仕事をお願いしても良いかな?」
「はい!」
冒険者ギルドの皆は優しくて、分からない仕事も丁寧に教えてもらえるから、辛いと感じることも無い。
でも、大変なのはお昼を過ぎた時からだった。
「まずい、川が溢れて水浸しだ!」
誰かの叫び声が聞こえたと思ったら、レイクさんが勢いよく立ち上がって、切羽詰まった様子で口を開いた。
「一階の物を全部二階に上げろ! 他の仕事は後回しだ!」
「これ全部ですか?」
「大事な書類もある。この勢いだと一階は全滅だろう」
「分かりました!」
力仕事はあまり得意では無いから、水魔法を使って物を浮かべていく。
殆どの人は息を切らしながら物を運んでいるけど、風魔法を使って書類を動かしている人の姿もある。
魔法なら自由自在に動かせるから、その上に物を載せて運べば身体を動かさなくても大丈夫。
「おぉ、すごいな……」
そんな僕の魔法を見て、誰かが呟く声が聞こえる。
攻撃魔法だけが評価される冒険者とは違って、ここは地味な魔法も褒めてもらえるらしい。
「アレン、助かる。後で給料を増やすように支部長にお願いしておくよ」
「レイクさん、ありがとうございます」
給料が増える。そう聞いた僕は、本気を出した。
お陰で一階の物が駄目になってしまうことは避けられたけど、魔力を使いすぎたせいで何かをする気にもならない。
それに洪水は酷くなるばかりで、一階の天井まで泥水の中になってしまっている。
「こりゃ酷いな……」
「そうですね……」
水に富んでいる国で洪水が起こるのは日常茶飯事だけど、いつも膝下くらいまで水が来るだけだから、皆慣れていた。
この辺りの建物の一階が少し高いところにあるのは、頻繁に起こる洪水の被害に遭わないためだと聞いている。
でも、今日は違う。
僕は魔法さえ使えれば水の上を歩けるけど、普通の人はそうじゃない。
何が起きているかなんて、想像もしたくない。
「今日は三階で泊まろう。明日には水が引いていると良いね」
「そうですね。このままだと帰れませんし、皆さんの家族も心配です」
「レインなら、この辺の水を全部川に流せたりしないのか?」
「流石にそんな力は無いですよ。出来たらとっくにしていますって」
「洪水から街を救えば、皇帝陛下から報奨金を貰えるんだが、流石に高望みし過ぎか」
洪水を抑えられるだけの力を持つ大魔法使いは、伝説の中だけのお話だ。
今は攻撃魔法を扱えない水魔法使いなんて誰にも見向きされないから、妄想するだけでも痛々しいと言われてしまう。
だから僕以外の水魔法使いは、全員攻撃魔法を扱える。
その水魔法使いだって、帝国には殆ど居ないけどね。
「そんなこと考えていたら、痛々しいと言われてしまいますよ」
「あんな便利なところを見たら、そうは言っていられないだろ。
俺の風魔法でも物は運べるが、あの量は無理だぞ」
「レイクさんも風魔法が使えたんですね!」
外は大洪水だけど、安全な場所にいる僕たちは雑談を楽しむ余裕があって、お陰で商業ギルドの皆と仲良くなることが出来た。
この洪水で飲み水も無かったから、久しぶりに水魔法で約に立てたから、僕は満足だ。
けれど、翌日。
雨が止んで洪水が引くと、帝国騎士団の人が商業ギルドにやってきて、僕の名前を呼んでいた。
「レイン・クロウディー!
洪水を起こした罪で捕縛する!」
「そこのAランク冒険者からの情報だ。
追放された腹いせに洪水を起こすことは断じて許せない行動である!」
何かと思えば、アルガード達が薄気味悪い笑みを浮かべて佇んでいた。
街を守るために全面的に協力してきている冒険者は、基本的に多くの人から信頼されている。Sランクに次いで二番目に強く、人々の役に立つようなことをしているAランクのパーティーともなれば、あっさり信頼されない方が不穏だと思う人の方が多いだろう。
しかし、この証言は全くの冤罪だから、当然のように僕は抗議の声を上げる。
「そんなこと出来ません! 全くの冤罪です!」
「冤罪かどうかは裁判で決まる。反抗するようなら、この場で処刑することになるが?」
どうやら僕の言葉は受け入れてもらえないらしい。
だから、大人しく騎士の言葉に従った。
「これで賞金が入るな」
「いくらになるかしら?
一生贅沢出来ると良いわ」
でも、アルガード達の言葉を聞いていたら、腹の底が煮えたぎるような感覚に襲われた。
あいつらは、金のために僕を罪人に仕立て上げようとしているらしい。
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