第2話

 頂上が見えてくると、サユリの持つ宝玉の光がより強くなった。サユリが宝玉を掲げると、光は頂上へ向かって伸びていく。

「これで、頂上の魔法の痕跡も消えたかもしれない」

「そうだな。サユリ、もう少しだ。行けるか?」

「大丈夫」

 俺は気になっていたことをサユリに訊いた。

「龍は人間の男になっていたんだよな。どんな感じだったんだ?」

「そうね・・・・・・。穏やかで上品、柔らかい物腰の老紳士って感じ」

「意外だな。龍って荒々しいイメージだったんだけど」

「巫女の宝玉を守護していた龍だから、そのイメージとは違うのかも」

 俺は、ついてくる猫を一瞥した。

 今度は人じゃなくて、猫になってるか?

 白猫は俺の視線に気付いて、小さく鳴いてかぶりを振った。

 まただ。俺の思っていることに対して、答えているような・・・・・・。

 一方、グレーの猫は視線が合ってもそっけない。どちらにしろ、謎の多い猫達だ。

 歩みを進めて頂上へ近付いていくと、声が聞こえてきた。

「誰かいるのか?」

 聞こえてくるのは、二人だ。

「そんな、もしかして・・・・・・!」

「おい! サユリ!」

 サユリが走り出した。俺とシュンも彼女を追いかける。

 頂上に着くと、巫女が眠る祠の前に二人の男がいた。

「ジッツ! どうして?」

「やっと来たね。ここに来ると思ってたんだ。待ちくたびれたよ。サユリ、その手にある宝玉、ぼくにわたして」

「いけません。他の誰にもわたしてはならない」

 ジッツの近くにいた男が言った。穏やかだけどきっぱりとした口調、白いローブを着た品の良い雰囲気は、サユリが言っていた老紳士に違いなかった。

「どうしてここにいるんだ? ルチルさんが幻術をかけていたはずなのに」

「あぁ、あれか。あんなの、ぼくには通じないよ。ぼくの霊力が強いこと、シュンもサユリも知ってるでしょ」

「でも、ルチルさんの幻術だって、強力で・・・・・・!」

「ぼくには天狗のサポートもあるからね。どうってことない」

 俺は耳を疑った。

「やはり、そうでしたか」

 老紳士が落ち着いた声で呟いた。

「天狗にかけた封印が弱まってきていることは察知していたのですが、まだあれが自ら動くことは出来ない。誰かを差し向けて宝玉を狙ってくるのではと考えていたのですが、ずいぶん強い霊力の人間を見つけたものだ」

「天狗だなんて・・・・・・。ジッツ、宝玉を狙うのは天狗に言われたからなのか?」

「そうさ。天狗が必要としているんだよ。封印を完全に解くために」

「何でジッツがそんなことを手伝っているんだ」

「封印を解いた見返りに、ぼくの願いを叶えてくれるんだ」

「そんなこと、本気で信じているのか?」

「彼は誰も聞いてくれなかったぼくの話を聞いてくれた。霊力を持つぼくを認めてくれたんだ。そんな彼が困ってるんだよ」

 そう言うと、ジッツは何かブツブツと唱えた。彼の右手に赤い光が宿り、それをサユリに向けて放った。

「サユリ!」

 シュンがサユリを突き飛ばしてかばうと、赤い光を浴びて彼の身体が石化していった。

「嘘だろ?」

「兄さん!」

 サユリが倒れた拍子に落ちて転がった宝玉を、ジッツは拾った。

「これがあれば!」

 俺は取り返すべく、ジッツに突進していったが、かわされた。

「返して!」

 サユリがジッツの右手を掴んだが、なぎ払われる。その彼女を老紳士は受け止めた。

「それはあなたが扱っていいものではない」

 老紳士の瞳が青く光った。彼は白い煙に包まれ、そこから白い龍が出現した。

 あれは、写真で見た龍と同じ?

「それなら・・・・・・天狗よ! 復活のときだ!」

 ジッツが宝玉を掲げると、宝玉の光が増し、少し離れた場所からオレンジ色の光の柱が上空へ上がったのが見えた。

「あれは・・・・・・」

 すると、こっちへ素早く向かってくる何かを視界で捉えた。それは、龍とぶつかり、どちらも空へ高く上がる。

「やった! これでぼくの願いも・・・・・・」

 俺は天狗に気をとられているジッツの手から宝玉を取り返した。サユリの元へ走る。

「キョウヤ!」

 サユリは俺の背後を見て叫んだのがわかった。俺が振り返ると、怒りを宿したジッツの目と合った。あいつの握り拳の赤い光が大きくなる。

 やばい、石になる!

 そう思ったとき、ジッツの足元が紫色に光る。ジッツはそれに気付いてすぐに避けた。

 ジッツの後ろには、あの猫達がいた。

「また、お前らか!」

 ジッツは猫らに向けて赤い光を放ったが、翠色のシールドのようなもので阻まれた。

「ぼくの力が・・・・・・」

 グレーの猫が唸り声を上げると、猫らを守るシールドから青い光が放たれ、ジッツを包む。俺は目が眩んだ。

「これ、は・・・・・・」

 光が消えると、全身凍ったジッツの姿があった。

 そして、白猫の翠色の瞳がこっちを見つめていた。

 行け!

 脳内で誰かの声が叫んでいた。俺は一瞬、混乱した。

「キョウヤ!」

 呆然としていたが、サユリの声で気がついた。俺はサユリに宝玉を届けると、彼女はそれを手にして巫女の眠る祠へ向かう。

「巫女様、どうか、お目覚め下さい」

 両手で握っていた宝玉を巫女へ差し出した。宝玉は浮かんで巫女の元へ静かに移動すると、輝きだした。その光は巫女の足元から徐々に頭まで包んでいき、結晶化を解いていった。

 光が消えると、宝玉は砕け散った。

 巫女はゆっくりと目を開く。

「私の元まで宝玉を運んでくれて、ありがとう。お礼は後でするわ」

 巫女は祠から出ると、氷付けのジッツに触れた。そこから赤い光を抽出すると、空へ浮かんでいった。

 空では、白い光とオレンジの光がぶつかっている。

「目覚めたか、巫女よ」

 聞いたことのない声が聞こえた。恐らく、天狗だ。

 赤い面の天狗は矢の形をした無数の光を巫女へ飛ばした。龍が風を起こし、いくつかの矢が巫女から逸れる。

 巫女は紫に光る結界を張った。それにより、巫女へ向かった矢は天狗へと跳ね返った。

「あなたがあの少年に与えた力を返しましょう」

 天狗が戻ってきた矢を払うと、紫の光が蔦のように天狗に絡まった。

「何だと!」

 巫女は天狗に向けて赤い光を放出した。光が消えると、石化した天狗の姿が見え、それは落下して粉々になった。

 その途端、石化していたシュンが元通りになった。

「兄さん!」

 俺とサユリがシュンへ駆け寄る。

「僕、動ける・・・・・・」

「あぁ、よかった。戻ったんだな」

「石化の呪いは解けたわ。もう大丈夫よ」

 声に振り向くと、巫女と龍は地上へ戻ってきていた。

「終わったのか」

 巫女は頷いた。

「麓の方でも石化の呪いを感知していたけれど、そちらも解けているはずよ」

 ルチルとミラのことだとわかった。解けたなら、もう平気だな。

「私は巫女のミネア。この守護龍はオニキスよ。改めて、お礼を言うわ」

 巫女はサユリへ向き直った。

「オニキスを助け、私の元までアダマスを運んでくれたお礼、させてちょうだい。あなたの望みを叶えてあげるわ。私に出来ることなら、だけど」

「望みなんて、そんな」

「それなら、体質を改善してもらうのは?」

 俺が思いついたことを話すと、シュンが頷きながら言った。

「そうだよ。サユリがずっと望んでいたのはそれじゃないか」

「でも、そんなこと叶うんでしょうか?」

 サユリが問うと、巫女は微笑んだ。

「これでも私は、浄化の力が強いの。あなたの体質を浄化しましょう」

 巫女はサユリに近づき、額に手をかざした。その瞬間、サユリは白い光に包まれ、しだいに光は小さくなり、消えていった。

「これでもう、大丈夫。悩まされることはないわ」

 そう言うと、巫女は凍ったジッツにも同じようにした。氷は溶け、ジッツは気を失ったまま、その場に横たわった。

「彼の心は孤独に支配されている。その寂しさに天狗はつけ込んだのね」

「ジッツは僕らと違って、強い霊力を持ってる。ジッツから悩みなんて詳しく聞いたことなかったけど、両親との仲があまり良くないって言っていたことがあった。その力のせいで孤立することもあったのかもしれない」

「彼の心も解けていけるよう、祈っているわ」

 それから巫女は、俺の方へ向くと

「あなたも来てくれてありがとう」

 と言った。

「あぁ、いや、ほっとけなかったんで」

 巫女は目を細めて笑うと、龍の背に乗った。

「また、いつか会いましょう」

 龍は空へ飛び立つ。その拍子に突風が吹いた。

 ジッツの様子を伺うサユリとシュンを見ながら、俺は息を吐いた。

 そろそろ僕らも帰ろうか。

 また、脳内に声が響いた。さっきと同じ声だ。この声は誰なのか。

 俺は足元から視線を感じた。目を向けると、翠色と瑠璃色の瞳がそれぞれ俺をじっと見上げていた。

 もしかして・・・・・・?

 白猫がニャーと鳴くと、瞳が翠色に光った。

「えっ」

 突然、暗幕が下りたように、猫の姿が見えなくなった。



 気がつくと、自分のベッドにいた。

「あれ?」

 俺は夢を見てたのか?

 ベッドから起き上がってみると、俺はスウェットではなく、服に着替えていた。

「たしか、俺は・・・・・・」

 あのファンタジー小説を開いて、それから・・・・・・。

 机の上を見たが、購入したあの本は見当たらなかった。

「どこにやったっけ?」

 辺りを見渡して、時計が目に入った。

「あ、やべ! 本はあとで探すか」

 俺は大学の講義に遅れないようにと、急いでリュックを背負って駅へ向かった。



 バイトを終えた帰りに、気になっていた蒼月書店へ向かった。

 しかし、本屋はそこになかった。全く何もない更地。

「どうなってんだ?」

 閉店したにしても、古民家も残っていないなんて。

「雰囲気、良さそうだったのに」

 ショックを受けていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえた。周囲を確認すると、街灯の下に白猫がいた。

「お前・・・・・・」

 翠色の瞳は夢で見た白猫と同じだった。何かを咥えている。

 その猫は俺に近付くと、俺の足元に咥えていた何かを落とした。しゃがんで拾ってみると、それは俺が普段使っている栞だった。

 これ、あの本に挟んだんじゃなかったか? 落としてたのか?

 混乱していると、白猫が俺に背を向けて去っていこうとする。

「あ、おい!」

 つい呼びかけると、白猫は立ち止まって顔だけ振り返った。印象的な翠の瞳が俺に向けられる。

「あ、えっと・・・・・・これ、ありがとう。もしかして、夢で会ったの、お前か?」

 俺は思わず訊いてみた。答えなんて返ってくるわけないと思っていたが、

 あれは夢じゃないよ。

 突如、脳内で聞こえた声に愕然とした。白猫はニャーと一声鳴くと、そのまま走り去り、角を曲がった。

「待って!」

 俺は追いかけたが、曲がった角の先に白猫の姿はなかった。



 階段で寝転びながら伸びをし、さらにあくびをしていたら、店の奥から足音が聞こえてきた。顔を上げてレジの方へ向くと、バックヤードから翠(スイ)が出てきた。

「帰ったか」

「うん。彼に栞を返せたよ。店番、ありがとう」

「客に任せるとはな」

「客というより、もう居候になってるけど」

 私はカウンターの上に置かれた本を一瞥した。

「その本は結局、何だったんだ?」

「ファンタジー小説として自動販売機に入っていたけど、これは手記だ。あの巫女が自身の体験と伝聞から書いたものだよ。彼女の力がこの手記に残ってしまったおかげで、彼は過去に起きた異世界の出来事を体験することになったわけだ」

「となると、この手記を仕込んだのは、そのなんちゃら販売機を設置した奴か?」

「うん。あの白龍さんだろうね。僕と同じように、老紳士以外の姿にも変われるはずだ」

「しかし、何のために?」

「巫女の存在を別の誰かにも知ってもらいたかったのかもね。彼女はこの間、亡くなってしまったから」

「何かあったのか?」

「いや、もうご高齢だったんだ」

「そうか。それはどうするつもりだ?」

 翠は腕を組んで、うーん、と唸った。

「これは人の手には渡せないね。巫女の記録だから、彼女と縁のあった誰かに譲ることにするよ。彼女を思い出してくれるだろうし」

 そう言うと、翠はその本をバックヤードに持っていった。しばらくすると、アイスコーヒーを片手に戻ってきた。

「君が彼のことを知らせてくれてなかったら、気付かないままだったかもしれない。助かったよ。やっぱり、自動販売機はやめとこうかな。いいアイデアかなと思ったんだけど」

「あれは、人間しか使えんだろう。他の客には意味がない。それこそ、お前や白龍のように人間に変われる奴でなければな」

「だからこそ、置いたんだけどな」

「相変わらず、変わり者だ」

 翠はアイスコーヒーを一口飲んでカウンターに置くと、店の扉に視線を向けた。翠の瞳がわずかに光ると、扉の鍵が開く音がした。

「さて、開店だ」

 今日も怪しい客達の相手をするようだ。

 私は階段から椅子へ移動し、来客があるのを待った。


                              ー了ー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼月書店の奇々怪々Ⅲ ~たまゆらの宝玉~ 望月 栞 @harry731

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ