第29話
「さてまずは……服を用意しないといけないわね」
ヘイヤの服装はボロボロの奴隷服で、しかも体が急激に大きくなったせいでサイズが全く合っていない。
これで人前に出すのは、たとえヘイヤが何とも思わなくとも私がNGを出す。
ということでお買い物、行ってきます!
ばびゅーんと行って、ずぎゃーんと帰ってきた。
行ったのは先日ディータが店主を説教したあのお店。
よほどディータの説教が効いたのか、ずいぶんとまともな陳列になっていて笑ってしまったのは内緒。
仕入れた服を私の部屋に運び入れ、組み合わせはヘイヤ自身にお任せ。
そうして部屋から出てきたヘイヤの服装に、私は頭を抱えてしまった。
「チューブトップにホットパンツだけって……」
「私は動きやすい服装がいいのでな。とはいえお嬢が駄目だと言えばそれに従う」
せめて裸足だけでもどうにかと思ったが……仕方がない。
こういうのはおそらく私よりもディータのほうがセンスがいい。
「でしょうね。
ヘイヤ、今はもう少し露出を控えたものにしなさいな。着替えが済んだら改めて服を選びに町を回るわよ」
「……お前は誰だ?」
途端に鋭い視線を私に向けるヘイヤ。
さすがはリュウロウ、勘も鋭い。
「デイリヒータ・マイスニーよ。
後で詳しく話して差し上げますから、今は大人しく私に従いなさい」
「わ、分かった」
しかしディータが睨み返すと、ヘイヤの尻尾が分かりやすく下がった。
そうして諸々の買い物を済ませて、ヘイヤの服装が完成。
チューブトップにホットパンツはそのままに、上はジャケットの追加と、肩から手の甲までを覆う鉄製のガード。
下はナイフやアイテムを提げるための、体を三周もするロングな革のベルトに、足には太ももまである長いソックスに、フィット感のあるグリーブとブーツで引き締まった印象に。
「ふう、満足した。これぞ格闘メインの軽戦士よね」
「動きやすさも全く問題ない。オーダーでもないのによく揃えられたものだ」
「そこは彼女の知識ね」
するとヘイヤは、先ほどのような凄みはないが、改めて私を睨んできた。
それはつまりディータが後で話すと言った内容を、今聞かせてくれという催促。
なので私は、ヘイヤにも全てを話してあげる。
途中から露骨に尻尾とテンションが下がって笑いそうになってしまったが、どうにか全てを話し終えた。
「ご主人の敵がまさか、世界という枠組みそのものだとは……」
「貴方はそう捉えるのね。
……そうね、貴方には肝心なことを聞いていなかったわ」
「む? なんだ?」
改めてしっかりとヘイヤを正視。
「ヘイヤ。貴方はこの私、デイリヒータ・マイスニーと共にいばらの道を歩む、その覚悟はあるのかしら?」
この私の問いに対し、ヘイヤは片膝をつき頭を垂れ、「無論です」とたったの一言で返してくれた。
……のだが、直後ヘイヤのお腹が鳴ってしまい、格好いいシーンが台無しに。
「は、恥ずかしい……」
「あはは! それじゃあご飯にしましょうか」
第一印象はキリッとした、それこそ警察官のようだったヘイヤ。
しかしその中身は見た目以上に可愛らしい女性なのかもしれない。
ヘイヤを連れて食堂に入ると、丁度時間だったのでほぼ全員が揃っている。
ちなみに料理長でもあるスネイルの方針で、新人やウバートの置いて行った奴隷たちにも分け隔てなく食事を出している。
曰く「飯が食えないから落ちるしかなかった奴が、落ちたのに飯が食えないのは悲しすぎるだろ」だそうな。
ディータもあの時は空腹で死にかけていたわけで、これには頷くしかなかった。
「みんな、そのままでいいから聞いて頂戴。
昨日またウバートが勝手に置いて行った奴隷だけれど、今朝がた本人の合意の下で私たちの仲間になったわ。
ほら、挨拶」
「……ヘイヤという。よろしく」
「「「よろしくー」」」
尻尾を見なくても分かるほどに、緊張した面持ちをしているヘイヤ。
こういうのは苦手なのかもしれない。
一方構成員たちはみんな気楽なもので、とっくに歓迎ムードが出来上がっている。
そもそも私が動いているのはみんな知っていたので、むしろヤキモキさせてしまっていたかもしれない。
「なーお嬢、そいつリュウロウだってのマジっすか?」
「あらよく知っているわね。確かに彼女はリュウロウよ」
「マジっすか! ところでリュウロウってなんすか?」
「あなたね……」
どっと笑いが起こる食堂。
聞けばここにいる誰もリュウロウのことを知らなかった。
確かにかなり珍しい種族だし、他の狼系亜人との区別がほとんどつかないので仕方がない。
改めてだが、リュウロウは全種族トップクラスの身体能力を持つがゆえに、悪用を恐れ自らに呪いをかけた種族だ。
そう説明すると構成員たちからは凄いという声と共に、大変だったんだなという同情の声も上がる。
なにせ彼らは生きるために犯罪に手を染めた人たちだ。
どれほど状況が違えども、生きるために自らを呪ったと知れば、そのような感情が芽生えるのも想像に難くない。
「ヘイヤは今後は私の直属として働いてもらうわ。
当分は私のボディガード役でしょうけれどね」
「お嬢だけずるいぞー」
「女同士でなければ出来ない話もあるのよ」
「そりゃそうだ!」
そもそも私が来るまで夜鷹の爪に女性はいなかったのだ。
少しの花でもありがたがってもらいたいものだ。
ヘイヤの紹介を終えたところで、アルメが手を挙げた。
「ワシからも皆に紹介したい者がいます」
アルメの手招きで前に来たのは以前私が視察した六名。
新人教育が済んだようだ。
それぞれ挨拶を済ませ、配置を決める。
まず元スリと奴隷で元諜報員のカイはスネイルが欲しがっていたのでそちらへ。
カイがマルーイの後釜に座る予定だというのは、幹部には話してある。
あとはスネイルが上手くやってくれるだろう。
奴隷の大男はアルメ行きかと思っていたら、ジャンクが手を挙げた。
雰囲気的には確かにジャンク陣営だが、ギャンブル癖はどうするのだろうか。
残った元伯爵の私兵は、大人二人がアルメ行き。
私兵二人は経験者だけあって、戦闘面では既に完成されていた。
あとはアルメ陣営の仕事を覚えるだけだが、そちらについても問題ないとの報告を受けている。
最後に少年は、クロウ預かりに。
現在のクロウは、案件を私に上げる前のフィルター役。
最初は私も元ボスにデスクワークをさせるのはどうかと思ったのだけれど、クロウ曰く前からこんなものだったらしい。
そこに来て例の少年の世話役になったわけだが、なんというか、すごく馴染んでしまっている。
傍目から見れば少し年の離れた兄弟にすら見えるのがその理由だろうか。
さて駒は揃った。それでは次の一手を打とう。
「みんな、よく聞きなさい。仕事の時間よ。
本日深夜、我々夜鷹の爪はデシムラット伯爵邸を襲撃し、ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵を拉致します。
そして拉致監禁した伯爵から全てを聞き出したのち、正規の方法で伯爵を王国に突き出します」
「弱みを握って操るって話じゃなかったのか?」
「伯爵の悪事は度を越している。弱みを握るだけではその抑止にはならないだろうし、何ならこちらに責任を押し付けて逃亡する可能性すらあるわ。
だから方針転換して、伯爵にはきっちり痛い目を見てもらうことにしたのよ」
「痛い目見させるんなら殺せばいいだろ」
「駄目よ。相手は小悪党とはいえ貴族だもの。
貴族殺しとなれば私たちに明日はなくなる。だから伯爵は必ず生きたまま捕らえなさい。分かったわね?」
「「「はい!」」」
ふふっ、ようやくらしくなってきた。
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