第28話
ディータがクロウとデートしてイチャついてから数日。
ボロだったクロウの服がディータセレクションで見違えたことで、他の構成員にも少し変化があった。
みんな自分の服装や体臭に気を使い始めたのだ。
私としては大歓迎。
ディータとしてもここまで影響があるとは思っていなかったようで、そういった男を見かけるたびにニヤニヤしている。
また黒猫のシドにブラッシングしてピカピカにしたことで、それを羨ましく思った他の毛深い獣人たちが奮起。
おかげで自分の目で見て回った以上に情報が集まってしまい、本来の目的が薄れてしまった。
そんなある日、問題が発生した。
いや、問題というか、予想外の出来事が。
「お嬢、クロウと行った通り沿いの服屋ありますよね? 店主と喧嘩したところ。
あそこ店閉めることになったんですよ」
「あら、そこまでの大ダメージになったのね。
……ところでどのお店に行ったのかは言っていないはずなのだけれど?」
「い、いやっ! それはその、噂というかなんというかで!」
「誤魔化すのが下手すぎる」
「精進します……」
ディータからその話は聞いて把握している。
男尊女卑が一目で分かる棚だったのを突いて、これ以上ないほどに評判を落としてやったらしい。
さすがは悪役令嬢だ。
とはいえこの短期間で閉店に追い込むまでになるとはディータも思っていなかった様子。
「それで? あのお店がなんですって?」
「あーそうそう。あそこの店、うちらで抑えたくないですか?」
「買収するってこと? 可能なの?」
「前々から目をつけてたんで、自信持って行けるって言えます」
「言ってくれるわね。うーん……」
ディータが張り切り始めた。
そして未来の展望が湯水のように湧いている。
「これは決まりね。動いて頂戴。ただしお店に傷をつけるのは許さないわよ」
「そりゃもちろんですとも」
夜鷹の爪は基本的に地下組織なのだけれど、いくつかお店も経営している。
扱う商品は主に盗品や禁輸品。グレーどころか完全に真っ黒。
おかげで表に出すわけにいかないのだけれど、しかし上手くあのお店が手に入れば、フロント企業として表立ってのお金稼ぎが可能になる。
これは組織としても大きな前進になる。
そうウキウキしていると、予想外の出来事パート2が。
「お嬢ー、牢屋来てー!」
「はーい!」
あれからさらに二度ウバートが奴隷を置いていき、新人教育係になったアルメが右往左往している。
おそらく今回もだろう。
「お嬢、こいつっす!」
「ウガアアア!!」
牢屋の中にいる人物は、目が合った途端に私に噛み付こうと飛びついてきた。
もちろん鉄格子があるので実際に噛み付かれることはない。
ただ隣にいた二人からは「お嬢もうちょいビビってくださいよ……」と呆れられたけれど。
「あれ? この鉄格子歪んでない?」
「こいつがやりました」
「ウバートの野郎、とんでもねー暴れ犬置いていきやがって!」
「って感じでさすがに手が付けられねーから、処分していいか確認したいんすよ」
暴れ犬とは言い得て妙だ。
牢屋の中で大暴れしているのは、ピンと立った耳とふさふさの尻尾を持つ犬系亜人の子供。
唸り声から女の子かな?
組織は男所帯なので女の子がもう少し欲しいとは思うけれど、さすがにこれはちょっと無理かな。
そう思って処分を許可しようとしたのだけれど、何かが私の中で引っかかった。
引っかかってしまった以上は何かがあるはず。
暴れ犬と化した女の子を、今一度よく観察してみる。
「……この子、もしかして」
鉄格子に飛びついて私を威嚇する彼女。
その目をよくよく見ると、ワインレッドの瞳の中に青い星がある。
興奮して瞳孔が開いているからどうにか分かる程度だけれど、もしもこの星が本物だとしたら……。
「彼女、リュウロウよ」
「りゅーろーって、なんだ……?」
「かなり珍しい種族だから知らないのも仕方がないわ」
【このにを】攻略キャラの一人、審魔官の【ズー】がリュウロウだ。
リュウロウは公式でもカタカナ表記なのだが、十中八九間違いなく流れ者の狼。
犬系ではなく狼系の亜人で、全種族中でもトップクラスの身体能力を有している。
しかし基本的に一か所に留まることがないため出会いが少なく、またその身体能力の悪用を恐れ、
「ともかく、彼女は私が預かります!」
「わ、わかりました」
「お嬢めっちゃやる気じゃん」
リュウロウは一か所に留まらないという話からも分かるように、基本的に人には懐かない種族だ。
そして彼女もその例には漏れないだろう。
……だが私は違う!
攻略キャラの【ズー】をクラリスがどう手懐けたのか。
それを知っているのだから。
食堂に移動し、調理担当を押しのけありとあらゆる肉を焼く。
じゃんじゃん焼く。
皿が肉で埋まってもなお焼きまくる!
「お、お嬢、そんなに肉使うと今日の俺らの分がなくなっちゃいますよ……」
「買いに行きなさい!」
「マジっすか……」
リュウロウの懐かせ方。それは肉メーターを満たすこと。
まずクラリスがズーを手懐けたというか仲良くなった方法は、大イノシシの肉をズーにプレゼントしたから。
大イノシシは最初のRPGパートのボスで、肉は確定入手。
この大イノシシの肉をズーにプレゼントする。
そうすると、内部にある肉メーターが一気に100%になり、攻略ルートが解放される。
しかし大イノシシの肉は中級ポーション代わりに使えて、かつズーの登場が物語中盤以降とかなり遅いため、知らずに食べてしまうこともある。
この場合の救済措置として、別の肉を大量に食べさせても肉メーターを満たすことが可能なのだ。
今回私がこれほど大量に肉を焼きまくっているのは、これが理由。
そうして出来上がったのは、総重量約五十キロもの肉の山!
これを数人で運び、牢屋の前に並べる。
しかし彼女はなおも大暴れしており、このまま中に入れば私が肉になってしまう。
「痛くても文句は言わないでよね」
アークテクトを吹き矢に変えて、鎮静剤を打つ。
一分ほどで彼女の暴れっぷりが収まり、私は周囲の制止を振り切り慎重に中へ。
途端に彼女が飛びついてきたが、その口に肉を捻じ込み黙らせる!
おかげで彼女は肉を食べることに意識が行き、これでようやく大人しくなった。
「ふう、どうにかなりそうね。
さあどんどん肉を入れて頂戴」
「お嬢! 命知らずもほどほどにしてくれよ!」
「無駄口を叩かないの。戦いは始まったばかりなのよ」
彼女の口から肉がなくなり次第、追加で肉を捻じ込む。
この作業を延々と繰り返し、文字通り物量で黙らせ続ける。
……どれくらい頑張ったかな。
お腹いっぱいになった彼女のまぶたが落ち、丁度そこにあった私の膝を枕に眠り始めた。
「お嬢……」
「しーっ。私も今日はこのまま、ここで寝るわね」
「うっす」
残った肉は数切れだけ。
ギリギリの戦いだったけれど、私は勝った。
……彼女の頭を撫でていると、緊張と疲れもあって私も眠くなってきた。
体勢がきついけれど、もう動けそうにないから仕方ない。
「けどせめて、壁に寄りかかりたかったわ……」
その言葉を最後に、私の意識は夢の中へ……。
「……んん……」
「起きたか」
ゆっくりと目を覚ますと、私は誰か見知らぬ女性の膝で寝ていた。
「どちらさま?」
「それはこちらのセリフだ。起き上がれるか?」
「ええ、大丈夫よ」
数日ぶりの固い床だったので体が痛いけれど、それ以外は何ともない。
ということで何があったのかを少しずつ思い出し、彼女があの大暴れしていたリュウロウだと思い当たる。
「やっぱり貴方、リュウロウだったのね」
「ああご明察。私はリュウロウの【ヘイヤ】だ」
ヘイヤは、見た目は人間ベースでケモノ成分は耳と尻尾だけ。
警察犬のような色とキリリとした雰囲気で、たぶん私よりも年上。
大人の姿になった今は、耳も入れれば私よりも背が高くて、ふさふさの尻尾をゆっくりと振っている。
声は女性ながら低音が良く響いて、耳に心地よい。
そして私に対して、とても穏やかな笑顔を見せてくれている。
「私はデイリヒータ・マイスニー。ここ夜鷹の爪のボスよ」
「ふふっ、ボスか。そうか。
ではご主人。ご主人のことはなんと呼べばいい?」
「呼び方にこだわりはないから何でも構わないけれど、友人からはディータと呼ばれていて、組織のみんなからはお嬢と呼ばれているわね。
それから、この組織でボスと呼ぶと別の人が該当してしまうから、それだけは却下するわ」
「ふむ……ならばご主人のままでも?」
「ええ、構わないわ」
こうして我が夜鷹の爪に、一騎当千の大戦力が加わった。
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