第27話
クロウの案内でたどり着いたのは、スラム街の一角にある倉庫。
いかにもな男どもが入り口を塞いでいる。
「全員叩き潰せばいいのかしら?」
「なんでそっち方向なんだよ!」
「ふふっ、冗談よ。それに貴方では彼らに敵わないでしょうし」
「痛いところ突いてくるなっての……」
さすがにクロウは顔パスで、連れの私も同様。
中は木箱が積んである普通の倉庫。
倉庫ならば、そうこなくちゃね。倉庫ならば!
「何ニヤニヤしてるんだ?」
「いえ、こちらの話よ」
倉庫の奥にある裏口から別の建物に入り、階段を下りる。
たどり着いた先は――。
「地下カジノ! まさかこんな場所まで経営していたなんて!」
背の高いクロウだと頭をぶつけそうなほどの低い天井の地下室に、カードやルーレットと言った台が所狭しと並んでいる。
集客も中々で、バタフライマスクを装着した、おそらく貴族階級だと思われる人もいる。
私のことは……ディーラーの胸しか眼中にないようね。
そもそも薄暗いから隣に座られでもしない限り顔は分からないでしょうけれど。
「ここはうちじゃなくて、大陸の東半分を掌握する【
「そんなに大きな組織なのに、聞いたことがないわ」
「お嬢には縁のない組織だからな。見てみ、ディーラーは全員が女だろ?
薄暮の行燈の構成員は女性中心で、その活動も女を売ることに特化してる。
おかげで俺たちと居場所は共有しても、衝突することはないって寸法だ」
「犯罪者同士、住み分けが出来ているのね」
そしてクロウはディーラーにも顔を覚えられているようで、声をかけられたりもしている。
私はクロウの案内で、一番奥のポーカー台へ。
「いらっしゃいクロウ。女を連れ込むだなんて初めてじゃない?」
「うっせ。お嬢、紹介しておく。こいつがここの支配人だ」
「初めまして。支配人の【ハナコ】よ」
「初めまして。私はデイリヒータ・マイスニー。夜鷹の爪の新しいボスよ」
「…………え゛っ゛!?」
すごい声が出た。
直後、彼女は私を見下げることのないように、姿勢を下げた。
「あ、あの、あの! あのマイスニー家ですよね!?」
「ええ、そうだけれど」
彼女、ハナコは三十代後半くらい。
その年齢でこういった組織に所属していれば、マイスニー家を知っていても不思議ではない。
と思ったのだけれど、彼女には個人的な事情があった。
「私、マイスニー家の紹介で薄暮の行燈に拾ってもらえたんです。
だからマイスニー家の方は私の命の恩人なんです」
「あら、そうなのね」
「はい。あ、それと今のマイスニー家のことは私の耳にも入っていますので」
「分かったわ。だから姿勢を戻して頂戴。貴方のせいで目立ってしまうわ」
「し、失礼しましたっ」
私が知らないだけで、お父様は私の思う以上に手を広げていたのね。
となれば今後何かあった際には、彼女を通して薄暮の行燈とのコンタクトを取るのもアリかもしれないわね。
ポーカーを遊びながら、組織の今後について考える。
「今のところ組織は順調だけれど、やっぱり足りないのよね……」
「金か?」
「いいえ。華が」
「そっちかよ!」
「だって私以外全員男じゃない。シャワー室があっても男の汗臭さはそうそう洗い流せるものではないのよ」
「それは……まあ」
「少なくともあと三人は女性が欲しいわ」
「期待は薄いぞ。よし、俺の勝ちだ。4と7のフルハウス」
「勝利を前に舌なめずりだなんて三流のすることよ。エースのフォーカード」
「はぁ!? お嬢どんな運してんだよ!?」
「こんな運よ」
テンポよく会話をしつつ、テンポよくカードを揃える。
組織運営もこう上手く行ければいいのだけれど……。
そう思っていると、クロウが大きくため息をついた。
「なによ?」
「今更なんだけどよ、お嬢って二人いるだろ?
んで今のお嬢は間違いなく俺が昔から知ってるお嬢だ」
「そうよ。……まさか二重人格だとでも?」
「いや、それじゃあ説明のつかないことが多すぎる。
だからお嬢の中にもう一人、この世界を作った世界の奴がいるってのは疑えない」
確かに、彼女の言葉の端々には、この世界には存在しないものが含まれている。
だから私も、自分がおかしくなったとは思っていないし、思えない。
「そうじゃなくってよ、そっちのお嬢のことって、俺らなんも知らねーなって思ったんだよ」
いつかはたどり着くと思っていた、この疑問。
今だとは思わなかったけれど、でも、今だからこそとも言える。
彼女がいない今しかないとも。
「……実は私、誰にも言っていない話があるの」
「な、なんだよ改まって」
警戒するクロウに思わず笑ってしまう。
けれど、それくらいの心構えが正しいと思う。
「私ね、知らないの。
……彼女の正体」
私の言葉に、緊張と恐怖でブルッと体を震わせるクロウ。
「彼女は、この世界のことならば知りうる限り全ての情報を開示してくれる。
そして彼女の世界についても、わずかには教えてくれる。
けれども本質的な部分に触れようとすると、拒絶されてしまうの。
だから私はこの世界にフィードバックされているあちらの世界の知識はあるけれど、そうではないあちらの世界の光景は、何も知らないのよ」
そう、私は何も知らない。
「……彼女の、名前さえもね」
「なっ!? 名前も知らないのか!?」
「ええ。だから私は彼女のことを【彼女】としか呼べないの。
まったく、寂しい限りだわ」
ここから想定される答えは二つ。
一つは、彼女こそが本当の創造主であり、彼女が語るこの世界の真実こそが嘘であるという可能性。
もう一つは、彼女はこの世界についての嘘はついておらず、ただ彼女自身の世界については話すことが出来ないという制約がある可能性。
問題は、どちらを選んだとしても彼女無しでは世界を救えないという事実。
そして彼女の覚悟と誠意は本物であり、悪意など一滴もないということ。
……まったく、厄介極まりないわ。
でも、だからこそ私は、デイリヒータ・マイスニーは、こう断言する。
「それでも私は、彼女を信じる」
これが私の答え。
「……おっと。それじゃあこの話はこれで終わりにしましょう」
「ん? ……あ。分かった。
そんじゃ遅くなるとうちの連中も心配するし、帰るとするか」
「そうね。ミスハナコ、出会えて光栄だったわ。また遊びに来るわね」
「私こそお嬢様と出会えたことに心からの感謝を申し上げます。
それではお気をつけてお帰りくださいませ」
こうして私とクロウはカジノを後にし、無事アジトに帰った。
あの話について、彼女からは何も言ってきていない。
そこに何か思惑があるわけではなく、彼女の言葉を借りれば【後方腕組み】という、ただ私とクロウとの恋仲に介入しないためだというのが笑ってしまう。
……だからこそ私は、彼女を信じてしまえるのです。
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