第26話

 本日は休日なり。

 服装だけれど、【鮮血の舞踏会】は年越しイベントなので、外はまだ肌寒い。

 なので暖かめの服装に、動き回りたいから歩きやすいようにズボンを選択。

 そしてクロウからお小遣いをもらって、これで完璧。

 ちなみにお小遣いの額は、日本円で三万円ほど。


「で、なんで貴方までいるのかしら?」

「いやーなんかみんなが行けって言うから……」

「ふーん、つまり仕方なくなのね?」

「そ、そういうわけじゃ!」


 焦るクロウに笑ってしまう。

 おそらくみんなはデートのつもりでクロウを送り出したのだろう。

 しかし私にその気は…………えっ!? デデデデ、デート!!?


「ハァ、今更気付くだなんて……」

「お、俺か?」

「いえ、貴方ではないわ。

 さてクロウ、私は元とは言え貴族令嬢よ。

 殿方ならば当然正しくエスコート、していただけるのでしょうね?」

「プレッシャーかけるなよ……」

「ふふっ」


 ここから先は、ディータにすべて任せたほうがよさそうだ。

 なので私はしばし静かに寝ておきます。スヤァ……。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 女が自分に好意を抱いている殿方を伴って出歩く理由なんて、デート以外にないでしょうに。

 本当に彼女は男女関係には鈍くてかなわないわ。

 あるいはその経験がないだけなのかもしれませんけれど。


「すまん、恥を承知で聞く。エスコートってどうやりゃいいんだ?」

「貴方……仮にも我がマイスニー家の使用人の息子でしょうに……」

「はい。すんません」


 軽い謝罪だけれど、心の内ではしっかり反省しているようね。

 クロウは幼少期には私ともよく遊んだ、言わば幼馴染のような関係。

 それがこんな体たらくだったとは、知ればご両親も嘆くでしょうに。

 ちなみに彼のご両親は、組織を彼に譲った後は、遠い異国の地で悠々自適な生活を満喫しているのでご安心を。


「仕方がないから、素直に聞いてきたことだけは評価しましょう。

 私が行きたい場所を提示するから、貴方は最適解を出して頂戴。

 例えば……そうね、まずは服を見繕いましょう」

「ウバートからあれだけもらったのに、まだ欲しいのか……」

「おバカ。女にとって服というものは武器であり防具であり、魔法なのよ。

 それに今回見繕うのは私のではなく、貴方の服よ。

 私の隣に立つ者として、そんなボロの服装で胸が張れるとでも思って?」

「うっ……」


 そんなクロウの尻を叩いて、向かった先はずいぶんとくたびれた洋服屋。


「ここはうちがケツ持ちやってるから安全なんだ」

「犯罪組織のボスならば、そういったお店を選ぶのは仕方がないわよね」


 さて品揃えはどうなのかしら?


「却下!」

「はやっ! まだ一歩目だぞ」

「一歩目だろうと二歩目だろうと、却下よ却下!

 まったく、なにこの店中に漂う汗臭いニオイ。それに服の陳列もただ棚に雑多に放り込んだだけで畳んですらいないじゃない!

 いくらなんでもこれは服に対する冒とくよ。店主に一言言ってやらないと気が済まないわ!」

「え、ちょっ、お嬢ぉ~?」


 そして私は店主を小一時間お説教!

 いいえ、本当ならばこのお店ごと私の手で創り変えてやりたいほどよ。

 ですけど今はデートの最中ですし、私はもう貴族ではないわ。

 だからお説教だけで済ませて……あげました、け・れ・どッ!!


 とにもかくにも、一刻もあんなお店の空気は吸いたくないので、次のお店よ。

 次は通りを歩いている最中に目をつけていたお店。

 店先に比較的お手軽な価格の服をディスプレイしていて、どこら辺の層のお客を狙っているのかが一目で分かるのが評価点。

 ……貴族御用達のお店? いいえ。私はもう貴族ではないもの。


「お嬢、ここ駄目だ。前にケツ持ちしてやるって脅したらやり返された店だ」

「あら丁度いいじゃない。敵情視察と洒落込みましょう」

「マジかよぉ……」


 店内は明るい雰囲気で、洋服も綺麗に折り畳まれて棚に仕舞われている。

 値札を見る限り、庶民向けの量販店ね。

 ただ、品質とは別の方面で気になる部分はある。

 とはいえそれを差っ引いても私向けの店ではないわね。


 そうして服を見ていると、既に嫌味な顔を隠さない男の店主がこちらへ。


「おやおや、どなたかと思えばゴミ溜めの主人ではありませんか。

 また叩き出されて情けない姿を晒しに来ようとは、殊勝ですなぁ」

「チッ、出たよ……。あのな、今日は客として来たんだ」

「であれば即刻お帰りを。ゴミにお似合いの服など当店には置いておりませんので」

「……言わせておけば!」


 ヒートアップしたクロウを片手で抑える。


「店主、これはどちらで産出した革かしら?」

「……誰だあんた」

「客よ」


 睨む店主に余裕の笑みで返す。

 これに店主はため息をひとつ、「そんなの知らん」とぶっきらぼうに答えた。

 ……ふふっ。やっぱりだわ。

 罠にかかってくれてありがとう。


「店主。つまり貴方は客を客とも思わない尊大な態度な上に、商品の説明も覚束おぼつかない方なのね」

「なんだぁ女、喧嘩売ってんのか!」

「いいえ、事実よ。

 ところで店主、気付いているかしら?」

「……何がだ?」

「私たちの他にもお客がいるということによ」


 私たちが入った時には店内に客はいなかった。しかし服を見ている間に客が二組来店している。

 店主は私たちを警戒するあまり、他の客の存在が頭から抜けてしまい、そのイヤミったらしい言葉と私への恫喝、その全てを普通のお客に聞かれていた。


「明日からこのお店の評判がどうなるか、楽しみにさせていただくわね」

「こ、このっ……」

「ところで店主、それでも私たちは客なのだけれど、それは承知しているわよね?」

「……くそっ、なんて女だ」


 他のお客には聞こえないよう、小さな声で吐き捨てる店主。

 でもね、静かな店内はその小さな声すらもしっかりとお客に届けているのよ。

 っと、そのお客と目が合ったのでお辞儀をしておきましょう。

 もちろん貴族らしく、優雅にね。


「うん。貴方にはこの黒革のジャケットがよさそうね。使い込むほどに良い色合いになっていくはずよ」

「……あんなことがあっても普通に買い物するんだな」

「貴族令嬢たるもの、これくらいの豪胆さがなければ生き残れないのよ。

 あとは……あ、あれもよさそうね」

「自信無くなってきた……」


 そうしてジャケット、シャツ、ズボンの三点を決めて、お会計へ。


「持ってけ。んでもう二度と来るな」

「そうはいかないわ。私たちはあくまでも客で、貴方は店主。

 この商売を成立させるのが店主たる貴方の義務よ」

「……分かったよ、チクショウ」


 この店主の敗因は、女性蔑視を店の陳列でも行ってしまっている点。

 男性物は手に取りやすい場所にあり、ディスプレイもしっかり為されている。

 だのに女性物は床に近い低い位置にしかなく、畳み方も雑でろくなディスプレイがない。

 ここまで露骨だと、もはや利用してくれと言っているようなもの。

 だから私は利用してやった。お望み通りね。


 私のセンスで格好いい青年へと変化を遂げたクロウ。

 元々素材はいいので、後は本人に自覚が生まれるのを待つのみ。

 となれば刺激を与えるためにも方々へと連れ回しましょう。

 お茶をして、買い物をして、遊んで――。


 デシムラット領は国の大動脈からは外れていて、はっきり言ってしまえば田舎。

 ここデシムラット以外に名のある町はなく、周囲には農村がいくつかあるだけ。

 それでも農村からの収穫物の集積拠点であるこの町は、同時に情報や文化の集積拠点としても機能している。

 おかげでここデシムラットには大抵のお店が揃っていて、半周遅れた流行を発信してくれている。

 ……犯罪組織が隠れ蓑にするには、最適な町。

 今更ながら、お父様の慧眼には恐れ入るわ。


「大体回ったけど、どうする?」

「そうね……最後にデザートが欲しいわね」

「といっても言葉通りじゃないんだろ?」

「ふふっ、分かってきたじゃない」

「さすがにな。だとしたら……こっちだ」


 クロウが先導して、向かった先はスラム街。

 ……日が傾きつつあるこの時間、私の中にほんのわずかな恐怖心が芽生える。

 女としての本能。


「……ん?」

「いいから」


 幸いなのは、この薄暗さで私の表情が隠せている点。

 私から繋いだ手。

 クロウの手は、成りはこんなだけど、しっかりと男の手をしている。

 そこに私は安心と、そして消えた恐怖の代わりに違う感情を覚えてしまう。

 あるいは私の手からそれがクロウに伝わってしまわないかしら?

 それはあまりにも恥ずかしいわ。淑女として失格よ。

 ……だけれど何故かしら、手を放そうとは思わないの。


「よし、ここだ。……ってお嬢、顔赤いけど大丈夫か? やっぱりさっき食い過ぎたんじゃないか?」

「……ハァ、貴方って人はこれだから」


 一瞬で冷めた。




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