第25話
新人教育の現場を視察後、次に向かったのは構成員たちが寝泊まりする居住区。
ここは一部屋に四人が基本で、部屋は中央の通路を挟むように左右に二段ベッドがあるだけで、それが三十部屋。
町にはほかにもグループごとにアジトを持っていたりするので、プライベートな品はそちらに置かれる。
――私たちも個人のアジトが欲しいかも?
確かに。
それはそれとして目的の人物を探しているのだけれど、なかなか見つからない。
「ちょっといいかしら。シドってどこにいるか分かる?」
「シドだったら自分の家じゃねーかな。廃屋側の……いや、たぶん言っても分かんねーな。
帰ってきたらお嬢が呼んでたって言っておくぜ」
「お願いするわね」
ディータがしきりに「私たちにも日の光は必要!」と叫んでいる。
うん、全面的に同意するからお静かに。
次に顔を出したのはジャンクのところ。
彼らは大型窃盗担当なので、情報をなるべく外に出さないようにと他の陣営も遠ざけたがる傾向にある。
そして仲間との連携も大切なため、専用の会議室を持っている。
その結果が今回の事態に繋がったのだけれど、私はそこは今まで通りでも構わないと思っている。
「てめーなんぞに捕まるわけねーだろ! ばーか!」
「うっせー! ジャンクは左から回れ!」
「僕に指図するな! くそっ、逃げられた!」
……?
会議室の中から元気な声が聞こえてきた。
声の主たちはずいぶんと盛り上がっており、扉をノックしても気づいてくれない。
ので、そろ~りお邪魔しまーす。
「だから左から回れっつったんだよ!」
「うるさい! 文句があるなら出ていけばいいだ…………」
ヒートアップしていたジャンクが、相棒(?)に出て行けと扉を指さすと、そこには何故かニッコリ笑顔の私がいる。
おかげで一瞬で部屋が静まり返り、誰もかれも氷魔法を食らったかのようにカチカチに固まってしまった。
「出ていけばいいのね?」
「いやっ!? ちょっ!!」
大焦りのジャンク陣営の面々。
本当に面白い人たちだ。
ちなみに彼らは、他と比べてガタイが良くコワモテが多い印象。
そんなコワモテ集団の陣頭指揮を執るのがひ弱な眼鏡クンという構図がまた面白く、そしてジャンクの能力の高さを物語っている。
ジャンクたちが何をしていたのかテーブルを覗くと、そこには地図とサイコロとチェスの駒がいくつか。
これたぶんボードゲームのスコ○トランドヤードじゃないかな。
私はやったことがないから、ふんわりとしか知らないけれど。
それにしても、他にも結構な数の遊び道具が壁際に積まれている。
おそらくすべて盗品だろうけれど。
「この部屋の用途、会議室から遊戯室に変更すべきね」
「何も反論できない……」
「ふふっ。それは置いておくとして、みんな調子はどう?
他から不当な扱いを受けていたり、いじめを受けていたりはしない?」
軽く笑みを作りながらそれぞれの顔を見渡す。
……数名目線を外した。
「そう。やっぱり指を落としておくべきだったわね」
「いやなんでそんなに過激なんだよ!?」
「貴方が弄り甲斐があるからよ」
ウインクしてあげると、苦い表情でやはり何も言い返せなくなるジャンク。
本当に弄り甲斐のある人だ。
「というのは冗談にしてあげるけれど、組織に不和があるのはウィークポイントになりかねないわ。
うーん……そうね、いっそボードゲーム大会でも開けば親睦が深まるかしら」
「そんなもん、どうせ俺らが一方的に勝って終わりだ」
「伊達に何年も遊んでねーって。まっ、落ちたばっかりのお貴族様にゃ分かんねーだろうけどなー」
「あら、私に喧嘩を吹っかけてくれるの?
ふっふっふっ。喜んで買ってあげちゃうんだから」
私の不敵な笑みに、嫌味を言った彼だけでなく、私のことをよく思っていない者たちも顔色を変える。
じゃあ何で揉んであげようかな……おっ、リバーシっぽいの。
石の色が何故か白と青だけれど。
「まずは誰が相手になってくれるのかしら?」
「んじゃ早速俺が出てやろうじゃねーか。泣いても知らねーぜ」
「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げるわ」
そして対戦が始まり、四つの角が埋まり、全ての盤面が埋まった。
最終結果は、九割が青色で染められている。
「嘘だろ……」
「まあまあってところね。次どうぞ」
「……僕が相手だ」
「二戦目にして陣営のリーダーが直々とは、腕が鳴るわ」
そして――。
「置ける場所が……」
「マジかよお嬢、ジャンクにコールド勝ちしやがった……」
盤面がすべて埋まりきる前に、全ての石が私の色に染まった。
……正直言うとジャンクが弱いだけなんだけど。
「貴方たちは、井の中の蛙という言葉を知るべきね。
チームの特色として情報管理を徹底させなければならないのは理解するわ。
けれどもそれで肩身が狭くなっては元も子もないじゃない?」
「……ボードゲーム大会、本気で考えるか」
「え、マジかよジャンク!」
「僕たちはただでさえ厳しい目で見られる出戻り組だ。
それにお嬢も言ったように、組織の不和は崩壊につながりかねない。
何よりお前らだってこのまま日陰の存在になんてなりたくないだろ。
だったら変わらなければならないのは、間違いなく僕たちなんだ」
ジャンクの静かながらも強い語気に、部下たちは何も言えなくなる。
こう見ると、やはりジャンクは正しく彼らのリーダーなのだと分かる。
内容はボドゲ大会だけど。
あとはジャンクが上手くやるだろうという確信が持てたので会議室を後に。
次にスリや窃盗などがメインの、スネイル陣営へ。
スネイルの陣営はやることが多岐に渡っているため、人数も多い。
雑多な集団とも言えるけれど。
そのため特定の集合場所というものがなく、基本的に食堂に行けばどうにかなる。
なので食堂に来てみたら、スネイルたちが何かを囲んで頭をひねっていた。
「どうしたの?」
「お、めっちゃいい所に! 今呼びに行こうかと思ってたんだよ。
昨日領主屋敷にも人を潜り込ませたって言ってただろ、そいつがこれを持って帰ってきたんだ。見てみ」
「これは……け、健全な家計簿っ!」
理路整然と並んだ項目に、区切りの点まできっちり入っている金額。
領主の性格がうかがい知れる内容だ。
月の支出は、日本円にして十五万円ほど。
貴族の支出としては心配になるほどに質素だ。
……と思ったら数か月おきに飛び跳ねるような大出費が挟まっている。
名目は『茶葉購入費+輸送費』となっているのだが、私もディータもこれがものすごく怪しい数字だとすぐに分かった。
「確か領主は紅茶が趣味なのよね?」
「そうだ。噂じゃ遠く東方大陸の最高級品も取り寄せてるって。
んでこれだからな、噂は本当だったってわけだ!」
「……いいえ、むしろ噂がデマであることが証明されたわ」
「え、なんで?」
私の紅茶に対する知識は微々たるものだ。
しかしディータの知識と組み合わせれば、その答えにすぐにたどり着けた。
紅茶の最高級品は、日本円に換算してグラム当たり一万円を超える。
そして紅茶は一杯当たり茶葉を約2.5グラム使用する。
つまり最高級品ともなると、紅茶一杯で約三万円だ。
これを踏まえて家計簿の『茶葉購入費+輸送費』を見ると、その額は日本円にして百万円から百五十万円ほど。
ここに飛行機もトラックもない世界の輸送費を考慮すると、あまりにも不釣り合いな額になってしまうのだ。
「本当に最高級茶葉を東方大陸から取り寄せているのだとしたら、輸送費だけでこれくらいの額はするものなの。
つまりこの『茶葉購入費+輸送費』は、そして領主が高級な紅茶を嗜んでいるという噂すらも、別の支出のカムフラージュなのよ」
「別の……って、じゃあ何だって言うんだ?」
「さあね。情報が足りなさすぎて結論なんて出せる状態じゃないわ」
ただ、気になるのはこの家計簿そのものの存在。
わざわざ個人の家計簿で何をカムフラージュする必要がある?
いくつか理由は考えられるけれど、どちらにせよ結論を出すには早い。
……そしてディータが「紅茶、飲みたい」と欲を出している。
少しずつ悪役貴族令嬢としての欲望を取り戻しつつあるようで微笑ましい限り。
なんて呆れたら、貴方もでしょうと頬をつねられる。
確かに、ディータとして転生してからずっと気を張り続けていた。
ここいらで一度、普通の女の子として町の散策をするのもいいかもしれない。
「よし、明日の予定決まりっ」
「領主屋敷にカチコミか?」
「違うわよ。まったく……。
私はこの町のことを知らないから、明日は一日のんびり散策させてもらうわ」
「あーお嬢様の休日ってやつだな」
「ええ、そういうこと」
そうと決まれば何を着ていこうかなー♪
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