第24話

 アルメに案内されて向かった先は、洗濯の時にも来た地上の一角。

 私が把握している新人は、例の少年とウバートが置いていった奴隷だけ。

 ……だったのだけれど、そこには六人もいた。

 剣の稽古中なのだけれど、雰囲気は和気あいあいとした部活動のような感じ。


「いつのまに増えたのかしら?」

「一人は以前から目をつけていた者で、ウバートが置いていった奴隷が二人、残り三人は伯爵に見切りをつけた者です」

「そういうこと。分かったわ」


 まずは誰からお話を伺おうかな。

 ……目が合った一人を手招き。


「貴方はどちらさま?」

「西地区でスリやってたもんだ。つか誰だあんた?」

「失礼。私はこの夜鷹の爪の首領、デイリヒータ・マイスニーよ。以後よろしくね」

「しっ、失礼しました!」


 青ざめ、アルメに促され戻る彼。

 彼は私と同じくらいの年齢かな。

 他は奴隷二人が二十代で、少年と元私兵はそれぞれ年が離れている。

 そして全員に今のやり取りは聞こえていたようで、現場は緊張感に包まれた。

 既に基本的な教育は叩き込まれている様子で一安心。


「次、そこの二人」


 呼び出したのは、元私兵のおじさん二人。

 仮に口ひげと顎ひげコンビとしておこう。


「伯爵を裏切ってしまっても良かったのかしら?」


 そう聞くと、二人は一旦お互いの顔を見合わせてから、口ひげが先に口を開いた。


「俺たちだって好きで奴の兵隊をやってたわけじゃないんだ。

 給料は安いし仕事はきついし、おまけに奴の悪事の片棒を担がされる」

「……それに関してはここも似たようなものよ?」

「自分でやるのとやらされるのとじゃ話が違う。

 それに奴の悪事ってのはほとんどが女関係で、しかもあの変態野郎は、それを嫌悪する俺たちの表情が最高のスパイスだとぬかしやがる。

 もう、ウンザリなんだよ……」


 吐き捨てるような言い方で、本当にうんざりしているのだとよく分かる。


「そちらも同じ?」

「ああ、一言一句違わない。重ねて言うなら、忠誠心より己の命だ」

「つまり私に対する忠誠心でも同じことが言えるわけね」


 あっ、という顔をして目が泳ぐ顎ひげ。

 アルメからえも言われない威圧感が発せられている気がする。


「まあいいわ、モノは使いようですからね。

 それで、あの少年とはどういう感じなの?」

「一応謝ったが、許してもらえるとは思ってない。

 それに伯爵の被害者は十や二十じゃ収まらない。俺たちだってその被害者の全員を覚えてるわけじゃないんだ」

「さっき聞いたんだけど、組織は伯爵を操り人形にするつもりらしいな?

 悪いことは言わないからやめとけ。あんたの顔に泥が塗られるだけだ」


 己の配下にまでこう言われるとは、よほどのものだ。

 ――次の質問は、ディータから。


「お父様、ハイナード・マイスニーとディロス・ヴァン・デシムラット伯爵は盟友だと伺いましたが、それは本当ですか?」

「マイスニー家と……? 知ってるか?」

「なんか聞いたことがあるような……あ、思い出した。

 伯爵は昔王都の貴族学校で学んでて、その時の先輩にマイスニー家がいたって」

「ああー! 俺も思い出した! 昔の先輩に無理を言われたとかでめちゃくちゃ荒れてた時期があった!」

「あ~? ……った!」


 二人の表情から、それぞれが繋がっていない別々の話だと思っていたようだ。

 ということはつまり、お父様から見て伯爵はただの使いっ走りだったと。

 それを伯爵が盟友だと針小棒大に吹聴し、クロウやウバートまでもがその話を信じてしまっていた。


「なるほどね。これでお父様の名誉は守られたわ。

 そして……伯爵を生かしておく理由もなくなったわ」

「な、なんかヤバいオーラ、漏れてますよ……?」

「じゃ、オレら戻りますんで!」


 そそくさと逃げていく二人。

 逃げ足の早さは年の功か、はたまた才能か。


 次は少年。


「あの二人から全部聞いた。んでオレは復讐することに決めた」

「端的でよろしい。

 それで、復讐した後はそのまま私たちの元に留まる?」

「逆に聞くけど、貴族殺しが何処に行けって言うんだよ?」

「ふふっ、それもそうね。

 ――それもそうね」


 再びディータのターン。


「貴方には一つ勉強してほしいことがあるの。

 いい? 復讐には、命を奪う以外にも様々な方法があるわ。そしてその中には、死ぬよりも辛く苦しい目に遭わせる方法もある。

 そして相手次第では、合法な復讐方法だってあるの。

 誘っておいてなんだけれど、今一度自分の将来について考えてから答えを出しても遅くはないわ」

「……何だよ急に人が変わったように」

「ふふっ、貴方良いカンしているかもしれないわね。

 貴方とは短い付き合いになることを願うわ」


 となれば、私たちとの縁を切りやすくするためにも、少年の名前は聞かないでおいてあげるのがいいだろう。

 そしてその先どうするかは、少年自身が決めることだ。


 少年を戻し、最後に奴隷二人。

 どちらも二十代前半かな。

 片や大男、片やもやし。


「お二人はどうして奴隷なんかに? まずは大きいかたからどうぞ」

「俺は元傭兵だったんだが、ギャンブルで身包み剥がされた」

「あら、傭兵ならばアルメの部隊に丁度良さそうね」

「しかしギャンブルをする者は何度も破滅しますからな……」

「自分で言うのもなんだけど、俺もそうだと思う」

「……そういえば血沸き肉躍る戦いを命のギャンブルだと捉えて、戦いに身を投じるギャンブラーの話があるのだけれど?」


 というと大男が目線を泳がせた。

 結局は楽してお金が欲しいタイプのようだ。


「ウバートの審美眼も曇ったようね。ね、アルメ?」

「ハハハ……」


 これは私が奴隷として彼らの前に姿を見せた際、アルメがウバートに向かって吐いた言葉だ。

 アルメもさすがに覚えていたようで、思いっきり作り笑いで目線を外している。

 彼に関しては、要教育だ。


「次に貴方ね」

「俺は……元は王国の諜報員だ」

「あら、エリートじゃない!」


 ディータ曰く、王国の諜報部と言えば、子供のころから英才教育を受けてなお合格者は数年に一人という狭き門……だという噂。

 さすがにディータでもそれが本当かは分からないとのこと。

 とはいえ彼が本当に元諜報員ならば、こんな場所にいていい人材ではない。


「それがなぜ奴隷なんかに落ちたの?」

「仲間に裏切られた。それで、逃げてる最中に奴隷に落ちた。そのほうが見つかりにくいと思ったんだ」

「今も追われているの?」

「奴隷落ちした時に死んだように偽装してある。

 ……信用できないって顔に見えるけど、俺はこれでも元プロだ」

「追手は現役のプロですけれどね」


 ため息交じりに頷く彼。

 ということは彼自身も半信半疑なのだろう。

 しかしだからと言って、これほどの人材をそうそう手放せるかという話でもある。


「それで、貴方自身はこの扱いを良しとするのかしら?」

「野垂れ死ぬよりはいいと思っている。

 ただ、まさか彼の名高き大悪党貴族マイスニー家のご息女の配下になるとは思ってもみなかったけど」

「ふふっ。それには私も同意するわ」


 彼は既に腹を決めている様子。

 ならばしばらく様子を見てから……あ、そうだ。


「アルメ、結局マルーイの後釜は空席のままなのよね?」

「ええ。元々ワシらは諜報に関しては素人同然で、マルーイも空席だったから座っていたという程度でして」

「だったら丁度いいわね。

 貴方、名前は? 偽名やあだ名でも構わないわ」

「……カイ」

「じゃあ【カイ】、貴方には諜報部門の幹部の席を用意してあげるわ。

 もちろんタダでと言うつもりはなくて、今後の評価次第ですけれどね」


 突然の幹部という話に、さすがに渋い表情を見せるカイ。

 私が逆の立場でも同じ表情をすると思う。

 ――ディータもね。

 だからこそ彼の初陣は厳しいものでなければならない。

 その内容は……思い付いたけれど、今は組織に慣れることを優先してもらおう。


 最後に全員を集めて、こんな質問をしてみた。


「まだ感想と言える感想もないとは思うのだけれど、このアルメの新人教育カリキュラムを受けてみて、どう思ったかしら?」


 しかし新入りたちは一様にお互いの顔を見やり空気を読んで黙るだけ。

 ……当然か。


「安心して頂戴。

 残念ながらこのアルメも新人教育に関してはずぶのド素人ですからね。

 むしろ私の目がある今のうちに不満点を挙げないと、後から余計に厳しくなってしまうかもしれないわよ?」


 そう煽るとぽつぽつと不満点が吐き出され始めた。

 総合すると、個々人を見ない画一的な指導に不満を募らせる人が多い。

 この結果を受け、アルメは「時間をください」と、しっかり凹むのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る