武器であり防具であり、魔法なのよ

第23話

 長い夜が明け、一眠りして食堂に行くと、やっぱり言い争いが発生していた。


「裏切りモンが、なんでトイレ掃除だけで済んでんだよ!」

「僕が決めたことじゃない。それに」

「うっせ! 言い訳聞いてやる義理なんざねーんだ!」

「ケジメつけろってんだよ!」


 私の決めた処分を軽いと思った人たちが、ジャンクに詰め寄っている。

 それはつまり私に対する反逆にも等しいのだけれど、たぶん彼らはそんなことは全く考えてもいないのだろう。

 ……どうやらジャンクは部下たちを守るために、この騒動の矢面に立っている。

 であればその勇気を称え、私も一芝居打たせてもらおう。


「分かったわ。彼にケジメをつけさせればいいのね」

「うぉっ、お嬢!?」


 流れるような動きでジャンクの左手を掴みテーブルに叩き付け、小指を出させて転がっているナイフをすぐ傍に刺し、勢いよく倒し――。


「ま、待った! お嬢待った!!」


 倒しかけたナイフは、小指まで紙一重のところで停止。

 ジャンクは青い顔をしているが、抵抗はしない辺りに本気で反省していることがうかがえる。


「お、お嬢のケジメってまさか、小指を……?」

「それ以外に何があるって言うの? さ、一思いに行くわよ」

「待った、待った、待ーった!」

「まったく、何よ? 私の下した処分ではケジメにならないのでしょう?

 だったらあとは指しかないでしょうに」

「……あーもう分かったよ! お嬢の決定で納得する! お前らもいいな?」


 さすがにこれに異を唱える者は皆無。

 私が手を離せばジャンクは……失神した。

 ごめんね、みそぎが済んだら美味しいものでも食べましょう。


 ジャンクはとりあえず床の邪魔にならないところに転がしておき、私は食事。

 料理は名前のよく分からない、言ってしまえばジャンクフードたちなのだけれど、調味料も揃っているようで正直言っておいしい。

 そうしてお腹を膨らませていると、いつか行商人にクイズを出されていた四人組が入ってきた。

 あの後の話も気になるので、手招きして聞いてみよう。


「なんすかお嬢?」

「行商人との話、その後を聞きたいと思ってね」

「あー。まーなんつーか……」


 四人の反応が芳しくない。


「ふふっ、逃げられたのね」

「お恥ずかしながら、あいつオレらよりも強くて……」

「ザルバート人ならいいカモになると思ったんだけどなー」

「へえ、その行商人はザルバート人なのね?」


 ザルバート人はザルバ砂漠発祥の浅黒い肌を持つ民族で、基本的に定住地を持たず世界中を行商して回っている。

 一部は定住して商人としてやっているが、それでも店にいるより商品を求めて世界中を飛び回っている時間のほうが長い。

 これは私の持つ知識で、正解だとディータも頷いている。


「そいつ若いのに怪しい商売してるって言うから、オレらとしても格安で請け負ってやろうってしたのによー」

「ちょ、ちょっと待って!」


 一瞬で全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が噴き出た。

 ザルバート人で「怪しい商売をしています」が口癖の人物、心当たりがある!


「その行商人、私と同じくらいの年齢で、藍色の髪で、金色で円いフレームの眼鏡じゃない?」

「その通りっすけど、まさかお知り合いっすか?」

「ええ……」


 間違いない。

 その行商人は攻略キャラの一人、【ディアン・ラン】だ。

 ディアン・ランは「怪しい商売をしております」が口癖の若き豪商貴族で、彼の一族は別名ビッグ・ラン一族と呼ばれている。

 彼と恋仲になる大商人ルートでは、どのエンドでも本編では語られることのない広い世界が垣間見えるため、考察班が大歓喜する。

 RPGパートではいわゆるお荷物キャラなのだが、彼がいなければ解決しないイベントも多いという、【このにを】全編を通して存在感のある名脇役だ。

 そして『彼もだったの?』と疑問を口にするほどには、ディータとの接点がない。

 ちなみに人気投票では七人中最下位。


「彼、今も町に?」

「どうっすかね。な?」

「ああ。オレらが声をかけた時にはもう商売の大半が終わってる感じだったんで、もう町を出てると思いますよ」

「そう……いえ、それが分かっただけでも十分よ」


 改めてこの世界は生きているのだと実感した。

 それと同時に、この世界を滅亡させたくないという気持ちも強くなる。

 必ずや、結末を変えてみせる。


「あ、そういやウバートが勝手に奴隷置いていったの、聞きました?」

「いえ、初耳。勝手に置いていったって、どういうことなの?」

「そのまんまですよ。ウバートが鍛えれば強くなりそうだって言って奴隷を勝手に置いていったんです。

 今はたぶんアルメ預かりなんじゃないかな」


 思わず頭を抱える。

 確かに即戦力が欲しいとは言ったけれど……。


「アルメと言や、牢屋に捕まってる若いの」

「そっちにも続報があるのね」

「続報っつーか既定路線っつーか?

 朝イチで修練部屋でアルメにボコられて、そっからアルメのことを師匠って呼んでるらしいっすよ」

「ふふっ、確かに既定路線ね」


 彼がアルメに懐いたのならば、デシムラット伯爵攻略はもう目と鼻の先。

 あとは……そうね。彼の意向を聞いて、それからどう動くか考えましょう。


 食事を終えようとしたところでクロウがため息交じりに登場。

 それを見てかエプロン姿のスネイルもこちらへ。

 一方彼らは気を使って離れていった。


「二人ともお疲れ様」

「どこまで聞いた?」

「ウバートが奴隷を置いて行って、牢屋の少年がアルメに懐いた」

「十分だな」

「その奴隷だけど、オレがもらうかも」

「あら、そうなの?」

「オレのところって特殊技能が必要な部門だから、そういうのが出来る奴は優先して回してもらってんだよ」

「それならば納得よ」


 手先の器用さに逃げ足の早さ、カンの鋭さに影の薄さ。

 極めれば、このどれもが特殊技能として武器になる。

 またそういった武器は使い方が大切なので、そういった意味でもスネイル陣営に組み込まれるのは正しいと言える。


「それで、潜入させた猫……シド? 彼からの報告はまだ?」

「これからするところ」

「あら失礼しました」

「イヒヒ。んでその内容だけど……ちょい待ち」


 スネイルが近くのテーブルから持ってきた数枚の紙には、それぞれ名前や金額が羅列されている。

 ――ディータがまたひっくり返りそうなほど驚いている。


「シドから聞いた話をそのまま伝えるぞー。

 伯爵の執務室に入って机を物色したら一か所鍵が掛かっていて、開けたらこれが出てきた。

 何だか分からないけど重要そうだから全部持ってきた」

「ふふっ、大当たりよ。

 まさか反体制派の名簿と彼らへの裏金の帳簿がいっぺんに揃うとはね」

「「げっ!?」」


 クロウとスネイルが一緒になって驚いている。

 さてこの対デシムラット伯爵専用最終兵器、どう使ってやろうかしら。

 ――ふーん。それ面白そうね。


「紙とペンはあるかしら?」

「あるけど、どうするんだ?」

「これをすべて書き写した後、原本は伯爵にお返しするの。

 するとどうなると思う?」

「……どうなる?」

「あーら不思議。写しがある限り伯爵様は私たちに手出しが出来ず、何ともあっさり私たちの言いなりになっちゃいましたー♪」


 今の私はおそらく、とても悪い顔をしている。

 あとディータも。


「そんな上手く行くもんか?」

「初日にこの世界の秘密を話した時、アルメが言った言葉を思えているかしら?」

「真実だとしたらという不安と恐怖は二度と消えない。ですな」


 丁度アルメ本人が来た。


「そう。そしてこれも同じ。

 写しがあるという真偽不明の情報がある限り、伯爵は身動きが出来なくなる。

 しかもこの反体制派の名簿。これって国に渡しても反体制派に渡しても伯爵の首が飛ぶ代物なのね。

 だからこの写しがある限り、私たちが伯爵の命を握っているのも同然なのよ」


 たった一振りのナイフで終わる命もあれば、たった一発の銃弾で終わる命もある。

 そして――。


「たった一枚の紙が人の命に直結する。

 冷静に見てしまうと、とても恐ろしいことよね……」

「まったくだ……」


 この声の主は、失神していたジャンク。

 顔色は……戻っている。


「大丈夫?」

「ああ。それにお嬢の冗談は怖いってのが分かった」

「ふふっ、部下を守ろうとする貴方は格好良かったわよ?」


 そう褒めるとジャンクは顔を背けてしまった。

 だがその先にいるクロウの意地悪そうにニヤニヤするその表情を見れば、ジャンクがどのような顔をしているのかは想像に容易い。


「さてっ、それじゃあ私は新人の様子でも見てこようかしらね」

「待て、僕はこれからどうすればいい?」

「無理に変わろうとしなくてもいいわよ。

 みんなだってクロウがボスだった時と何も変わってませんからね」

「ま、そういうことだ」


 最後はクロウが締めて、私はアルメと共に新人研修の場に顔を出すことにした。




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