第21話

 牢屋を出ると、周囲が騒がしい。


「お嬢、襲撃中です!」

「言ってくれれば中断したのに。数は?」

「大体百くらいですけど、事前に入り口をひとつに絞ってたんでこっちのペースで進んでます」


 数は多いものの、地の利を最大限に生かして戦えている様子。

 警戒の継続を指示しておいて正解だった。

 ……そういえばいつの間にかクロウ以外の三人がいなくなっている。


「アルメたちは?」

「お嬢が考えることに集中してたから、代わりに俺が出撃させた。

 アルメは言わずもがな、スネイルもジャンクも戦える奴だからな」

「そう、ありがとう」


 確かに倉庫街アジト戦では二人も戦っていた。

 私が思うよりも彼らは強いのか? 一度手合わせしてみようかな。

 そう考えていたらもう一人来た。


「後ろから援軍が来て奴ら挟み撃ちになってる」

「援軍……ジャンクの部下たちね。歩かせていたのがいい方向に転がったわ。

 襲撃者はなるべく全て処理すること。そして装備は片っ端から剥いで、順次私たちの備品にしましょう。

 状況が変わったらまた知らせて頂戴」

「分かった」


 これならばそれほど恐れることもないかな。

 とはいえ私も、出る時は出るつもりだけれど。


 自室に戻り、ボロボロのままの執務椅子に座り報告を待つ。

 無線やレーダーがすごい発明だったのだと思い知らされながら。


 それにしても不思議なのは、デシムラット伯爵の悪事がマイスニー家の悪事と毛色があまりにも違うことだ。

 正直なところ、ここまで違うとなるとディータの父と盟友だったという話も疑わざるを得ない。

 なにせマイスニー家の犯罪は、個人的な道楽によるものとは違うのだから。


 ここラプリシア王国は、建国から一貫して貴族優位の政策を敷き、拡大路線を歩んできた。

 それが先代の王で大きく政策を転換し、平民優位とすら取れるほどの融和政策を断行した。

 当然今まで甘い汁を吸ってきた貴族たちからは大きな反発が起き、内乱へと発展。


 この時武勲を挙げたのが攻略キャラ【アラン・ジェビー】の、ジェビー侯爵家。

 彼はいわゆるツンツン頭で、第一王子【ルベル・ラプリシア】の悪友ポジション。

 声がでかくて暴力的なので人気はあまりないが、RPGパートでは活躍必至。

 私がアークテクトの弾丸を即座に入れ替える芸当を思いついたのだって、彼の固有技であるトリコロール斬りがあったからだ。


 話を戻して、この内乱で敗れた貴族たちはそれぞれ大きく地位を下げたり、家が取り潰しになり断頭台に上がる者もいた。

 だがうまく立ち回り、ノーダメージで切り抜けた者もいる。

 そういった力を失わずに済んだ諸侯たちは、反体制派として闇の中で活動をするようになる。

 その筆頭がマイスニー家だ。

 マイスニー家は内乱の際にも王に忠誠を誓う姿勢を崩さなかったが、その実、反体制派の旗振り役だった。

 ……ディータがひっくり返りそうなほど驚いている。

 それも仕方がない。

 これはエンディング回収率75%で解禁される項目、ラプリシア王国史でしか語られない情報だ。

 ともかく、マイスニー家の犯罪は反体制派の活動として行われるものが大半であり、個人の色欲を満たすためだけに女を路地裏に連行し性的暴行するような人間の屑とは話が違うのだ。


「マイスニー家の名誉のためにも、一度調べてみようかしら」


 ちなみにだが、第一王子【ルベル・ラプリシア】と恋仲になる王位継承ルートのグッドエンドで、反体制派のその後が語られている。

 マイスニー家破滅後は反体制派も勢いを無くし、散発的なテロ行為に出るも本拠地を抑えられ壊滅。

 こうして障害のなくなった第一王子ルベル・ラプリシアと平民のクラリスは晴れて婚姻を結び、国民全員から祝福されるのだった。


 ――この結末に、ディータが悔しがっている。

 王子をクラリスに取られたからではなく、クラリスを祝福できなかったことにだ。

 【鮮血の舞踏会】イベントまで来れば、クラリスとディータは”|決して友達ではないがそれなりに仲のいい知人無二の親友”のような関係になっているので、仕方がない。


 それで思い出した。

 実はクラリスとディータとの間にも隠し好感度が存在しているのだ。

 しかし表からは見ることが出来ず、特にイベントやエンディングに影響するものでもないので、本当にただ存在しているというだけ。


 外から声が聞こえてきた。

 どうやら相手が撤退したようだ。

 と思ったらクロウが律義にノックをして部屋に入ってきた。


「奴ら撤退したぞ。こっちの被害は……まあそれなりだ。今アルメが確認してる」

「さすがにゼロとはいかなかったのね……」

「そこは仕方がない。俺らだって覚悟はしてることだ。

 今はそれよりも次の話がしたい。会議室に行くからついて来てくれ」

「分かったわ」


 会議室といえば、私がクロウを殺したあの部屋だ。

 到着すればスネイル、アルメ、ジャンクの三人が揃っている。

 返り血の跡はあるけれど、怪我はない様子で安心。

 クロウは以前はジャンクの席に座ったけれど、今回はマルーイの席に座った。

 一方の私は、遠慮なく首領の椅子に座る。

 ちらりとジャンクを見ると、納得したように軽く頷いてくれた。


「それじゃあまず、今回の襲撃についての総括をして頂戴」

「ならばワシの出番ですな。

 今回ワシらを襲った連中はおよそ百。うち三割ほどを殺し、もう三割を下水に流し、残りは撤退。

 連中から奪った装備は、現在牢屋に入れてある者の分も含め三十以上。

 こちらの被害は軽傷が十人ほど、重傷が二人、死者は……奇跡的におりませんでした」

「……嘘おっしゃい」

「ワシもそう思ったのですが、何度数えても、皆に聞いても死者は一人もいませんでした。

 本当に奇跡としか言いようがありませんな。はっはっはっ」


 クロウの証言とは矛盾した報告だ。

 アルメが嘘をつくとは思えないけれど、私をかばっているつもりなのだろうか?

 とはいえここで言い争っていてもらちが明かない。次だ。


「それでアルメ、元副団長としてこの戦闘をどう見る?」

「十分以上の大戦果ですよ。

 もしもお嬢様が帰還後に警戒を解いていたら、全滅の可能性もありましたからな」


 クロウたちにも目線で意見を伺うが、みんなアルメの結論に同意のようだ。


「もしも伯爵邸に乗り込むとして、デシムラット伯爵の私兵は総数でどれくらい?」

「僕の知る限り、三百を超えない程度だ。

 デシムラット伯爵領は、ここデシムラット以外は小さな農村しかない。

 だから兵の数もあまり多くはないんだ」

「なるほどね。ならば倉庫街アジトにいた私兵も含めれば、三分の一は削れたと見てよさそうね」


 こういう時はジャンクが知識担当になるようだ。


「とはいえこちらも疲弊している。今すぐに進撃というのは無理がある」

「それくらいは分かっているから安心して頂戴。

 今回私たちが勝利出来たのは、地の利があったからに他ならない。

 白昼の戦闘となれば、私たちに勝ち目はないわ」

「だったらどう立ち回るつもりだ?」


 ……クロウたちが口を挟まないのは、ジャンクに私を認めさせるためだろう。


「簡単な話よ。私たちの目的は伯爵の首ではなくデシムラットでの地盤固め。

 ゆえに伯爵の身柄がどうなろうと知ったことではないの。

 二度と私たちに手を出さないと誓ってくれればそれで良し。それが駄目ならば適当な者を復讐者に仕立てて首を狙わせてもいい。

 なんなら悪事の全てを国にバラしちゃっても構わないのよね」


 そして今の私たちならば、これらの全てが可能である。

 ただし、可能なのと効果があるかは別の話。

 ジャンクの表情を見れば、今回のことが武器としては弱いと考えているのがすぐに分かる。


「どちらにせよ今は潜入させた【シド】が帰還するまで待機よ」

「シド……?」

「オレんところの黒猫だよ」

「ああ、あいつか。なるほど、伯爵が僕たちに気を取られている間に潜入させて情報を盗ませてたのか」

「ええ。その情報次第では、伯爵をどうにだって出来てしまうわ」


 私の自信の理由が分かり、ジャンクは二度三度大きく頷く。

 次はシドの上司であるスネイル。


「んじゃ次オレな。

 シドを送り出した後、念のため領主の屋敷にも一人潜入させてる。

 あの領主ってちょっとした黒い噂があるんだよ」

「黒い噂って?」

「それがな、高級な茶葉を不正なルートで仕入れてるってんだ。

 紅茶好きってところから出てきた真偽不明の噂だけどよ、マジだったら一発だぜ?」

「ふふっ。確かに。

 それに例えただの噂だとしても、いい交渉材料になるわ」


 裏社会に生きる私たちが一言「本当だった」と街角で呟くだけで、領主の足元は容易く揺らいでしまう。

 悪い噂というものは、それだけの破壊力を秘めた武器だ。

 だからこそ安易には使えず、噂を裏付ける証拠が何よりも重要になる。


「他には?」


 全員とりあえず報告は済んだ様子。


「そう。それじゃあ次に、アルメを正式に新人教育係に任命するわ。

 丁度良さそうなのが牢屋にいるでしょう?

 まずはアレを口説き落として、復讐を遂げられる程度には鍛えてあげて頂戴」

「なるほど、確かにあの若者ならば丁度良いですな。

 では不肖アルメ、謹んでこの任をお受けいたしましょう」

「ええ、お願いね」


 自称伯爵の隠し子の彼。

 もしも才能があるのであれば、そのままアルメの部下にしてもいい。

 他のおじさんたちは……言うこと聞かない人から順に、川遊びしてもらおう。


「それじゃあ最後にジャンク、貴方に対する処分を下します」

「お嬢! 俺が言うことじゃないのは承知しているが、穏便に……」

「問答無用。ジャンク、貴方には明日から一か月間のトイレ掃除を命じます!」


 相応の処罰を覚悟していたジャンクは元より、クロウたちもポカンとしている。


「何その顔」

「い、いや……でもその、それじゃあ……」

「言っておきますけれど、アジトのトイレの汚さったらひどいわよ。

 それを毎日欠かさず一か月間掃除し続けなけれならない。

 私ならこんな拷問耐えられないわ……」


 そう言うと揃ってすぐに納得。

 わざわざ廃屋のトイレを使おうかと思うくらいには汚くて虫も湧いている。

 そんな場所を一か月……精神的におかしくなりそう。というかなる。私なら。

 とはいえこれを甘いと取る人も出てくるのだろう。

 何か手立てを考えておかないと。


「以上! 解散!」


 夜通しの行動だったものだから、さすがに眠い。

 それは全員同じだったようで、大あくびをしながら会議室を後にした。




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