第20話
倉庫街アジト制圧が完了。
殺した私兵たちは身包み剥いで近くの川に捨てるとして、こちらに死者が出なかったのは奇跡と言える。
……ディータには刺激が強かったみたいで、すごい顔をして凹んでいるけれど。
一方私たちは事後処理をしつつジャンクの事情聴取を始めるところ。
ただ現状、私が色々聞くよりは、クロウがその役割を担ってくれるほうがジャンクも口を開きやすいはず。
なのでメインはクロウに任せ、私とスネイルは適時質問をする。
「最初にパトロンの使いと名乗る男が僕に接触してきたのは、マイスニー家の取り潰しが決まってすぐのことです。
僕にも野心はありますからね、これは好機と二つ返事でした」
「そのパトロンの正体がデシムラット伯爵だと気づいたのはいつだ?」
「……お恥ずかしながら、つい先日です。
彼女の率いる連中が僕のアジトで大騒ぎして、半数近くが抜けた。
この穴をどう埋めようか悩んでた時、パトロンが補填するという話になりまして。
それで一度は頷いたんですが、やっぱり信頼関係のない外部の者を入れるのは危険だと思い直して使いの部屋に断りに行ったところで、話し声が聞こえて」
大きなため息をついて、うなだれるジャンク。
いいように使われていたという事実にも、そしてそれに気づかなかった自分にも失望したというところか。
「あの手紙。あれは貴方から私たちへの救援要請だった。そうよね?」
「ええ、そうです。
デシムラット伯爵が裏にいると知って、何故僕のパトロンになったのかと考えたら、夜鷹の爪の弱体化と、その後に全員まとめて口封じ以外の選択肢は無かった。
だから僕からの提案で、挑発する手紙を書くからパトロンには別のアジトを用意してもらい、ボスたちには誰もいないアジトに突入してもらって恥をかいてもらうと提案しました。
もちろんその真意は手紙にメッセージを託しての救援要請です。
……まさか奴から『そう言うと思って』と言われるとは思いませんでしたけど」
「んぁ? ちょっと待て。お前が兵隊詰めろって指示したんじゃないのか?」
「兵隊?」
クロウの質問に首をかしげるジャンク。
なるほど、あれはジャンクではなく伯爵の独断だったのか。
……ジャンクの顔色がどんどん青くなっていく。
この話は後回しにしたほうがよさそう。
「そこの詳しい部分はアジトに帰ってからにしましょう」
「……まあそうだな。
んでジャンク、お前は結局どうするつもりなんだ? こっちに戻るのか、やっぱり離反するのか」
「今回離反してみて、僕は首領の器じゃないと思い知った。それが答えです」
「……で、どっちだ?」
分からず聞き返したスネイルに、思わず笑ってしまう私たち。
そしてジャンクは私に丁寧に頭を下げた。
「数々の失礼をお詫び申し上げます。そしてこれからどうぞよろしくお願いします。
デイリヒータ様」
「ええ、よろしくね。ジャンク」
「ちなみにオレらはお嬢って呼んでるぜ。んでボスはボスなー」
「俺はもうボスじゃねーって言っても聞かねーんだよ。しかもお嬢もそれ容認しちまってるしよ」
「分かればいいのよ、分かれば。それにどうせ私は一年だけのボスですし」
「一年だけの……?」
ということでジャンクにも例の話を、全部入りで聞かせた。
途中から真っ青になってカクカク震えるその姿に、笑いをこらえるのが大変。
「そんな……それじゃあこんなところで油を売ってる場合じゃ!」
「急いでは事を仕損じる。
今私たちのすべきことは地盤固めよ。そのために何よりもデシムラット伯爵を排除する必要があるの」
「じゃあ今からでも乗り込んで!」
「同じ言葉を二度も言わせないで頂戴。
それに事前の準備というものがいかに大切かは、貴方が一番分かっているのではなくて?」
「そ、そうでした。失礼しました……」
「こういうところがあるからジャンクなんだよなーこいつ」
「ふふっ、名は体を表すのね」
しょんぼり小さくなるジャンクに、彼の本当の姿を垣間見る。
彼はおそらく、周囲よりも頭はいいが、中身はとても普通の青年なのだ。
普通の青年だからこそ失敗もするし、臆病でもある。
そして臆病だからこそ、危険性のある犯罪を行う際には事前準備を怠らない。
しっかり適材適所が出来ているのだ。
その後は改めて全員の意思を確認して、全員揃ってアジトへと帰る。
当然一台の馬車に全員は乗れないから、半数は歩きで帰ることに。
「そうそう、戦闘準備はしておいてね。伯爵の私兵がアジトを襲っている可能性も十分あるから」
改めて目を伏せるジャンクに、元気を出せの意味で肩を殴っておいた。
アジトに帰ると、数名が武装した状態でお出迎え。
表情から今すぐに何かがあるという様子ではない。
「襲撃はあった?」
「あったけど襲撃者は少数で、数人がケガをしたけど軽症で済んでる。
今は全員とっ捕まえて牢屋にぶち込んであって、アルメが尋問中だ」
「了解よ。継続的な襲撃の可能性もあるから、今夜はそのまま警戒をお願いね。
それとこっちだけれど、全員無事に帰ってきたわよ」
「……ああ、そうみたいだな」
そして彼は帰ってきたジャンクを見て「手間かけさせんじゃねーよ」と笑う。
なんだかんだでジャンクも慕われているようだ。
構成員には戦闘準備をしたままでの自室待機を命じ、私たち幹部で牢屋へ。
「おかえりなさいお嬢様。そしてジャンク。首尾よく行ったようですな」
「ええ。やっぱりあの手紙はそういうことだったわ。
それでこいつらが襲撃者ね」
アジトの牢屋は五つ部屋があり、それぞれ本格的で頑丈な造りになっている。
その牢屋に合計七名が入れられている。
少数と言った割に、七名は多いと思うのだけれど。
さて、どうしてくれようかな。
口を割らない者を一人ずつ撃ち殺して行ってもいいのだけれど、ディータがものすごい勢いで首をブンブン振っているので、さすがに控える。
密室だから血のニオイがすごいことになりそうだし。
そう悩んでいたら奥の牢屋から「と、取引をしよう!」という震えた声が。
嫌だと言って撃ち殺してもいいのだけれど……またディータの全力拒否が。
「オレの知ってることは全部話す! だから命だけは!」
「貴様、伯爵様を裏切るつもりか!」
「あら、貴方たち伯爵の手の者なのね。教えてくれてありがとう」
「うぐっ……」
クロウたちが悪い笑い方をしている。
たぶん部隊のリーダーと思われるおじさんが、あっさり引っかかってくれた。
それでなくても彼らから
「これで貴方たちは用済み。全員処分しちゃっていいわよ」
「待って!! 待ってえええ!!!」
声が裏返るほどの全力の叫び。
脅しはこれで十分のようだ。
……いや、おじさんがうるさい。なのでパンと一発、麻酔弾で黙らせておく。
他の部屋からだとその様子がうかがい知れないので、殺したと取られるかもしれないけれども。
改めて、取引を申し出た人の顔を拝みに行く。
……おや、ずいぶんと若い。青年ではなく少年のカテゴリだ。
他がベテラン揃いの中で彼だけ新人というのも妙な話。
それはそれとして、本題。
「デシムラット伯爵はパトロンを装ってこちらの戦力を分断させ、己の不正を闇に葬り去ろうと画策した。
これ以上の情報がなければ、次は貴方の番よ」
「伯爵には……隠し子がいる」
好色家の貴族ではよくある話なので、驚きはない。
デシムラット伯爵がそうかは知らないけれど。
――ディータが彼の年齢を聞き出せと言い出した。
聞き出しはするけど、さすがにそれはないと思うよ?
「貴方、年齢は?」
「今年で十一だ……」
一瞬で話が変わった。
この世界では十四歳で成人とされる。
なのでマイスニー家の私兵の場合、現場に出られるのは早くても十四歳以降。
となると彼はよほど才能があるのか、あるいは本当に……。
「貴方は何故伯爵の私兵になったの?」
「なんでそんなこと……」
「知っていることは全部話すのでしょう?」
「……友達と空き地で剣士ごっこしてたらスカウトされた。
父親はいないし母親も去年死んで、金が欲しかったから丁度良かったんだ」
パーツだけならば十分可能性を見出せる。
問題はその証拠だけれど、今見つけるのは不可能だ。
「やっぱりそれだけではね」
「ま、待った! その隠し子……オレ、なんだ」
「証拠がなければただの言いがかりよ?」
「死ぬ前に母さんが言ってたんだ――」
彼の話をまとめると、こうだ。
母親が十六歳のころ、家に帰ろうと夜道を歩いていると突然男たちに囲まれ、路地裏に連れていかれた。
そこにいたのが、ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵。
母親は伯爵に性的暴行を受け、その後彼を生んだ。
彼が伯爵の隠し子だという確たる証拠は、彼が生まれるまで母親は他の男とは一切性行為を持っていないという証言で裏付けられる。
……もう一つ、彼に聞くべきことが出来た。
「貴方のお母様を連行したその男たちだけれど、六人いたのでは?」
「あ、ああ。でもなんで分かった? オレは言ってないぞ?」
「じゃあ次の質問。何故ベテラン勢の中に交じって、貴方みたいな新人が選ばれたのだと思う?」
「何を、言って……」
私の質問の意図を理解し、青くなっていく少年。
「私の予想では、貴方は私たちと共にここで殺される手はずだった。仲間だと思っていた、先輩たちの手によってね。
さらに言えばその先輩たちは、貴方の母親を連行した六人の兵士たち張本人。
デシムラット伯爵からすれば貴方の存在はとても危険な、いつ暴発してもおかしくない爆弾のようなもの。
だから貴方は私たちに殺されたことにして、そして貴方を殺した私たちもそこの六人によって殺されてしまえば、伯爵の隠し子という問題は綺麗さっぱり処分できてしまう。
それだけじゃない。私たちが勝って彼らが全滅した場合でも、性的暴行と隠し子の話は二度と表に出ることがなくなる。
伯爵にとっては、勝っても負けても損のない話なのよ」
隣を覗き、うつむくベテランたちを見下げる。
その表情を見れば私の予想が正しいのは火を見るよりも明らかだ。
なにせ処分する側だと思っていたら、自分も処分される側だったのだから。
「ねえ貴方、復讐する気はない?」
「……復讐?」
「最愛の母親を汚した挙句、貴方を殺そうと画策した、貴方の本当の父親。
ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵に復讐する気はあるかと聞いているの」
「そんなの……」
「今すぐに決めろとは言わないわ。
けれど貴方がそう決めた時には、私たち夜鷹の爪が貴方の復讐を手伝うと約束してあげる。
先輩たちと話し合って、よく考えることね」
彼にそう提案をして、私たちは牢屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます