第19話

 迅速に準備を整える。

 まずは人員の選出だが。


「倉庫街と言っても広いし、私には土地勘がないし……」

「それだったら心配すんな。オレの部下にはあそこを根城にしてた窃盗団もいる。

 なんならあそこで働いてる人たちよりも詳しいぜ?」

「そう。だったら頼りにしているわ。

 それ以外の人員はアジトに残って、伯爵の私兵襲撃に備えて頂戴」


 私と共に倉庫街に向かうのは、クロウとスネイル、そしてスネイルの部下六名。

 他はみんな戦闘準備を整えて、いつでも襲撃を迎え撃てる態勢に。

 その出発前。


「アルメ、襲撃が起こった場合なのだけれど」

「伯爵の私兵だという証拠の確保でしょう? 分かっておりますとも」

「ふふっ、敵わないわね。じゃあお留守番頼んだわよ」


 さすがは歴戦、アルメへの指示はこれだけで大丈夫だ。


「それからスネイル、潜入に特に秀でている人を一名選んでくれるかしら」

「だったらシドだな。おいシド」


 呼ばれてやってきた【シド】はもふもふ猫系の獣人。

 黒い毛並みに、アゴ下と両手は白毛。


「はい、なんですか?」

「貴方は今のうちにデシムラット伯爵のお屋敷に忍び込んで、不正の証拠を何でもいいから掴んで頂戴。

 単独任務だから難しいでしょうけれど、上手く行ったら特別に私がブラッシングしてあげるわ」

「マジですか!? 早速行ってきます!!」


 シドは軽い身のこなしであっという間に屋根の上へ。

 現金なシドに、出陣前の緊張が少しだけ緩む。

 準備が整ったのでスネイルが御者をして出発。

 倉庫街までは三十分程度で到着する。


「お嬢、場所の目星はついてるのか?」

「言ったじゃない、私には土地勘がないのよ。

 とはいえ相手の考えを読めば、可能性は見出せる。

 貴方たちの探索に不要な先入観を植え付けたくないから、教えませんけれどね」


 そうして倉庫街が見えてきたところで、スネイルが何かに気づき急きょ横道へ。


「お嬢、なんか不審者がいた」

「知った顔?」

「いいや。だけど倉庫番には見えなかったぜ」

「……ふふっ、読み通りね。

 一人、その不審者を尾行して頂戴。私たちは不審者を無視して倉庫街に突入。

 到着次第各自散開してジャンクを探して、見つけ次第すぐに私に報告すること。

 私が行くまで、決して突入はしないように。分かったわね?」

「「「はい!」」」


 再び走り出し、不審者は轢く勢いで無視。

 倉庫街のほぼ中央で停車し、迅速に捜索開始。

 私はクロウとスネイルに守られながら馬車に残り、報告が来るのを淡々と待つ。

 ……その間に馬でも愛でておこうかな。

 もちろん警戒は怠らないけれど。


 しばらくかかるだろうと思っていたら、五分少々で最初の報告が来た。


「西の角に見知った顔が警備してる倉庫があった」

「分かったわ。……念のため他の方角の角も調べてもらえる?」

「ブラフの警戒だな?」


 クロウの言葉に頷く。

 そのタイミングで別方向からも。


「東の角に警備が立ってた。ジャンク陣営の奴だ」

「マジか。お嬢のブラフ警戒が当たりやがった」

「ブラフ……あーオレらが釣れてる間に本命は逃げるわけか」

「ええ。だからこそあの不審者を尾行するよう指示を出したのよ。

 私の読みが合っていれば……さあ、答え合わせの時間ね」


 言ってるそばから尾行を指示していた人が来た。


「北の三十三番倉庫だ。うちで使ってる倉庫の目と鼻の先に陣取ってやがる」

「ふふっ、そんなことだろうとは思っていたわ。

 全員呼び戻して頂戴。揃い次第突入よ!」

「「「はい!」」」


 自分たちが普段うろついている場所に敵は来ない。

 そういった先入観を逆手に取るのはよくある話。

 今までの動きからしても私たちを侮っているのが分かるデシムラット伯爵ならば、なおのこと狙ってくると思っていた。

 とはいえ確証が持てる話ではない。

 なので保険として、例の不審者が伯爵の私兵だと読んで、派手に姿を見せることで私たちがこれで全員だと錯覚させ、ジャンクに報告に行くのを尾行させた。

 まさかここまで綺麗にはまるとは思わなかったけれど。


 全員が戻ってきたので馬車で移動し、目的の倉庫から少し離れた場所へ。

 相手に気づかれないよう、アークテクトを棒の先端に鏡の付いた形状に変化させて、様子を確認する。


「……あっちも散っていた人たちが集まっているわね」

「んじゃ一発派手にぶちかますか」

「待って。私の読みではジャンクはこの後監視を下げる……たわね。

 これで確信したわ」

「何がだ?」

「ふふっ、あとで嫌でも分かるわよ。

 それじゃあ突入するけれど、私の指示があるまで手出しは許さない。いいわね?」

「「「はい!」」」

「しーっ!」


 気づかれずには済んだけれど、いちいち返事が大きいのはマイナス。

 さて。


 バアアン!! ドオオン!!


「ジ~ャンクさ~ん、あっそび~ましょ~!」


 偶然あった解体用のハンマーで扉をぶっ壊し、ド派手なチャイムで訪問だ。

 当然わらわらとジャンク陣営が集まってきて、クロウの顔を見て「マジで生きてたのか!」と驚いている。

 そしてディータもまさかの登場方法に驚いている。

 倉庫の中にいたのは、本来のジャンク陣営よりも多くて二十人ほど。


「女……お前が新しいボスか!」

「おっと、これは失礼。ご挨拶がまだだったわね。

 私はデイリヒータ・マイスニー。以後よろしくね」


 そう挨拶したところで奥から眼鏡の男、ジャンクが出てきた。

 その目線はまっすぐ私に向けられている。


「ようやく御出でになりましたか、デイリヒータお嬢様。

 僕がこの一派を束ねる新たなる首領、ジャンクと申します」


 わざわざ格好付けに紳士的な礼をしてみせるジャンク。

 だけれど、仕草に慣れていない感が出てしまっている。


「ふふっ、付け焼刃ね。とはいえ礼には礼で返すのが礼儀。

 私はハイナード・マイスニーの一人娘にしてマイスニー家唯一の生き残り、夜鷹の爪の首領、デイリヒータ・マイスニー。これからよろしくね」


 ドレス姿のまま来たので、私の挨拶はそれはそれは様になっている。

 とはいえジャンクにはこれに対する感想を述べるほどの余裕はない様子。


「早速本題に入るけれど、貴方はこれからどうしたいのかしら?」


 返事を聞くのではなく、今後の展望を聞く。

 言葉としては曖昧だが、意味としては”今どうしたいか”という質問だ。

 私はと言えば、余裕と自信を示すように笑顔を見せつけ続けている。

 そんな私の顔をじっくりと睨んだ後、一転して眉間にしわを寄せ困ったような表情で、しかし顔は動かさず視線で後方の扉へ、私の視線を誘導。

 それに対し私はウインクで答える。


「どうしたいのか? そんなこと聞かずとも分かるでしょう」

「まあ、そうね」


 右手を後ろに回し、人差し指でどうにか倉庫の裏口に回るよう指示を出す。

 仕草に慣れていないのはお互い様。

 それでも一応は意味が分かったのか、二人が裏口に回ってくれた。


「戻らないのであれば、貴方には死んでもらうしかないわ。のようにね」

「……望むところです」


 私はアークテクトを銃の形に変え、ジャンクも剣を持ち構える。

 だが――。


「な、なんだお前ら!?」


 裏口に回った二人が、伯爵の私兵を襲撃した声がこちらにまで響き、ジャンク陣営の一部の構成員たちが一斉にそちらに振り向く。


「制圧開始!」


 この号令は私ではなく、ジャンクだ。

 そしてジャンク陣営の構成員たちは私たち……ではなく、彼らに交じっている伯爵の私兵に襲い掛かり、先ほどの叫び声に気を取られていた彼らを切り伏せていく。


「あら、やれば出来るじゃない。私たちも加勢するわよ!」


 とはいえ私の出番はなさそうだけれど。

 こうして、伯爵サイドから見れば『ジャンク陣営の裏切り』により、倉庫街アジトの制圧はあっという間に完了するのだった。




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