少々の荒事は覚悟してもらうわ
第14話
引き続き私、デイリヒータ・マイスニーの出番よ。
お昼時、食堂に集まったみんなを前に、作戦を伝達する。
「みんな、食事をしたままでいいから聞いて頂戴。
三日後、少数でジャンクのアジトに乗り込むわよ」
「えっ、お嬢それってやっぱり、殲滅ってことか……?」
「そんなわけないじゃない。何度言わせるのよ」
呆れ顔でそう呟くと、ホッとした表情をするクロウ。
出て行った人たちも、彼からすればかけがえのない仲間なのね。
「私たちが狙うのは相手の無条件降伏と無血開城。
名付けて【心が折れるまで嫌がらせ作戦】よ!」
我ながら最低の作戦名ね。
おかげでみんなの中からも「なんだそれ」という嘲笑に近い声も聞こえてくる。
「笑っていられるのも今のうち。中身は結構えげつないわよ。
早速なのだけれど、みんなは光害という言葉はご存じかしら?」
「あれだろ、誰にも喋るなって奴」
「ちげーよ、口と鼻の間の仕切りだよ」
「どう考えてもどっちも違うだろ。作戦に使う言葉なんだから、町の外に誘い出すってことだろ」
口外に、口蓋に、郊外。すべて外れね。
そうそう、彼女の知識で知ったのだけれど、この世界の言葉は彼女が住んでいた国の言葉『ニホンゴ』が使われている。
ただ文字はこの世界独自のものなので、彼女には読めない。
とはいえそれをとやかく言うつもりはないわ。
クラリスだって最初は文字の読み書きに、計算だって指を使わないと出来なかったのだし。
「正解は、光による精神的被害のことよ。
想像してみて頂戴。
夜ベッドに入って眠ろうとしていたのに、窓からまるで昼間のように強い光が注ぎ込んでしまい眠れないの。しかもそれが毎晩繰り返される」
みんな一様に「うわぁ……」と声が漏れた。
これで知識の共有は出来たわね。
「つまりオレたちはジャンクたちを寝かせなきゃいいのか」
「端的に言えばそうね。
そうして睡眠不足に陥らせれば、ただでさえ脆弱な相手の士気は、積み木の城よりも容易く崩壊するわ」
「そんじゃ音で脅すとかでもいいのか?」
「いいえ。これが本作戦の注意点なのだけれど、今回はなるべく静かに作戦を遂行しなければならないの。
ジャンクのアジトは町の中心部に近い住宅街にある。
そんな場所でどんちゃん騒ぎなんてしてみなさい、憲兵がすっ飛んできてみんな仲良く牢獄行きよ」
憲兵と聞けば彼らの顔色もすぐに変わる。
私の目の黒いうちは誰もそうさせたくはないのだけれど、時には切り捨てる冷徹さも必要だと承知している。
……本当に、最後の手段として。
「メンバーの選別は……隠密行動が必要だから、スネイルに一任するわ」
「オーケー任せろ。っても色々いるからな、どういうメンバーがいい?」
「夜に強くて夜目が利いて、それでいて逃げ足に絶対の自信がある人が適任ね。
それから私も魔法で援護するけれど、少々の荒事は覚悟してもらうわ」
「つーことだ。やりてー奴ぁ手ー挙げろー!」
すると五名の手が挙がった。
「ちょっとスネイル、そんな決め方で大丈夫なの?」
「今は丁度オレの部下が全員揃ってるから、お嬢からの条件を全員聞いてる。
ってなったらオレがどうこう言うよりも、やりてーって奴にやらせるほうが成功する。そういうもんだ」
「……分かったわ。スネイルを信用して、手を挙げた五人を信頼しましょう」
主要メンバーは決まったので、みんなに作戦の概要を伝える。
まずは今手を挙げた五名の潜入要員がジャンクのアジトに潜入。
その間外では見張りと、私を筆頭とした援護要員が待機する。
潜入要員は良きタイミングで光り玉という、彼女の知識で言えばスタングレネードのようなアイテムを使い、ジャンクたちを寝かせない。
これを複数回繰り返し、相手の心を折る。
一日で折れなければ明日も、明後日も。
「でも時間が経つほど警戒されるんじゃねーの?」
「それも織り込み済みよ。
さっきも言ったけれど、ジャンクのアジトは住宅街にある。
もしもそこで傍から見ても分かるほどに警戒網を敷けば、どうなるかしら?」
「……あ、周りの住民が気付いて憲兵に通報する」
「正解よ。
ジャンクが住宅街をアジトに選んだのは目くらましのつもりだったのでしょうけれど、残念ながらそれが仇となるの。自分が目くらましを受けることによってね」
とはいえこの作戦には穴が多い。
私も出来る限り手を回しておかないと。
――それは自分の仕事?
分かったわ。じゃあここからは貴方にお任せします。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まずは光り玉の在庫チェック。
馬車に乗り、犯罪組織には似つかわしくない雰囲気の男性に案内されて到着した先は、アジトから少し離れた倉庫街。
「私を襲うには絶好の場所ね」
「そんなことしたらアルメに殺されますよ。……ここです」
さすがに現代の鉄骨とトタンの倉庫に比べれば小さいけれど、レンガ製なので頑強さではこちらに分があるように思える。
扉を開けて中に入り、魔法で明かりを灯す。
「結構な数の箱があるけれど」
「半分くらいは空箱で、それに偽のラベルを貼って密輸するんです。
わざわざ釘を抜いて中を見るだなんて面倒なこと、あちらさんもやりたがりませんからね」
「セキュリティに金を惜しむとロクなことにならないというのに……。
それでお目当ての箱はどこにあるの?」
「えーっと、たぶんここらへんなんですけど……」
しかしなかなか見つからず、私も参加して三十分くらい探してようやく見つけた。
この中に入っている光り玉だけれど、私の知識が正しければ【このにを】の世界観を根底からぶっ壊す代物のはず。
「開けて」
私が小さく屈めば入れそうな木箱の中には、光り玉がぎっしり。
で、問題はそのビジュアル。
「本当にスタングレネードだった……」
スタングレネード、日本語で言えば閃光手榴弾。
小さな水筒サイズの手榴弾で、普通の手榴弾と同じくピンを引き抜き投げると炸裂する。
実は【このにを】の世界では、こういった戦闘用アイテム類の大半が現代風ビジュアルを持っている。
これは制作会社が以前に作った近未来RPGで使用した絵を流用しているため。
噂では他にも色々と未使用の流用データが埋まっているらしいけれど、それ以降はゲームデータの書き換えが必要な領域なので、この世界では関係ないはず。
「昔はちゃんと玉の形してたんですよ。けど輸送中の衝撃で爆発する事故がたまにあって、だからこういう形に変わったんです」
納得できる解釈が追加されている。
さすがは生きている世界。
「貴方、ずいぶんと詳しいのね?」
「元道具屋なもので」
なるほど、だからこんな普通の対応なのか。
「失礼でなければ聞かせてもらいたいのだけれど、立派な仕事を持っていながら何故犯罪組織なんかに?」
「一言で言えば、僕には道具を扱う才能はあっても、商売の才能はなかったんです」
「そう……」
典型的な事業の失敗談。
きっと彼はそろばんを叩くのではなく、例えば商品の管理や開発に適した人材だったのだろう。
……だとすれば、組織のフロント企業を持つ際にはいいかもしれない。
「貴方、名前は?」
「テッドと言います」
「【テッド】ね。覚えておくわ。
それじゃあ運んでしまいましょう」
彼とひ弱な貴族令嬢との二人だけなのでかなり苦労してしまったが、どうにか箱を馬車に積み込みアジトに帰還。
さーて、次は外回りだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます