第15話
光り玉を降ろしにアジトに戻り、次にある条件で人を集めた。
その条件とは、悪人面ではないこと。
「……まあ、及第点ね」
その理由としては、彼らに一般人として振舞ってもらう必要があるためだ。
選ばれたのは五名で、うち一名は光り玉輸送を手伝ってくれたテッド。
そんな彼らに、移動中にこれからやる仕事を説明。
「貴方たちはジャンクのアジト周辺にある民家を回って、襲撃日に深夜に工事があると伝えて頂戴。
これで少しは通報までの時間を稼げるはずよ」
「あー、それを不審がられないために、僕たちみたいな普通が選ばれたと」
「その通り。この仕事は貴方たちだからこそ成立するの」
そう言うと、彼らの士気が上がった。
どうやら普通の顔=迫力がない=劣等感という図式があった様子。
犯罪組織に所属している以上は気にする部分のようだが、私に言わせればそれは長所を長所と捉えられていないだけだ。
「道具は使いようってこと。だから貴方たちが劣等感を抱く必要なんてないわ」
「それは、喜んでいいんですか?」
「普通が素敵だと思うのであれば喜んでいいと思うわよ。
さて雑談はここまで。仕事の時間よ」
「っし、んじゃ普通のお仕事行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
そう言って笑顔で手を振り送り出すと、みんな本当に嬉しそう。
――普通を享受するのは案外難しい。
うん、私も同意する。
彼らが周知している間に、私はぐるっと回り込んでから、一般人を装ってジャンクのアジト前を通り様子を探る。
今の私を【ボスを殺した女】だとは誰も思うまい。
なにせ服装も髪の長さも違うし、おかげさまで頬のこけ具合もマシになったし。
……そう考えると、もうちょっと服装どうにかならないかな。
今の服装はアジトにあったサイズの合う男物の服を適当に着ているだけ。
以前ディータにも身だしなみは女の基本と怒られたし、私自身ももう少しボスらしい格好をしたい。
なんて考えながら歩いていたら、アジトの前まで来た。
レンガ造りの三階建てアパートメントが、丸ごとアジトだ。
人の気配はあるが見張りは無し。
一階と二階の窓には板が打ち付けられており、三階はよく見えないが見上げても天井が見えないのでカーテンかなにかで目隠しがされている。
お世辞にも治安がいいとは言えない地区だけれど、それにしたって異様さが際立ってしまっている。
長く使うアジトとしてこの改造を施したのだとすれば、ジャンクのセンスを疑わざるを得ない。
っと、誰か出てきた。
「ん? なんだ女?」
「いえ、何も」
気づかれる前に足早に去り、角を曲がってからアークテクトで作った鏡付きの棒で気づかれていないかチェック。
……大丈夫かな? 大丈夫そう。
「っぶなぁ……まさかのご本人登場だよ……」
眼鏡が見えた時は心臓が止まりそうになった。
しかし私の話を聞くことなくさっさと離反しただけあって、私の顔なんて覚えてすらいない様子だった。
そうこうしているうちにみんなと合流し、帰路につく。
みんなきっちり仕事をこなしたようだが、しかし複雑な表情をしている人もいる。
「これから迷惑かけるってのに感謝されていいのかなって……」
「しかもそれでご苦労様なんて言われたら、罪悪感ハンパねーんだよ……」
気持ちは分からないでもない。
あるいは次の質問の回答次第では……。
「だったら今からでも真っ当な道を歩む?」
「出来るならとっくにしてますよ」
「だよな。誰が好き好んで木っ端の犯罪者に身を落とすかっての」
「落ちたら二度と這い上がれない底なし沼だからなー、ここ」
つまりはもう諦めていると。
ならば余計に、フロント企業の設置構想は推し進めるべきだ。
一年後、私はいなくなるのだから。
翌日。
「あ、お嬢おはようございます。ボス見ませんでした?」
「お嬢……じゃ分からねーか。ボスどこだー?」
「ボスに相談したいことがあるんすけど」
アジトのマッピングも兼ねて歩き回っていたのだけれど、みんな声をかけてはくれるのだけれど、二言目には『ボスじゃないと』と来る。
権威の喪失、表面化。
むしろ通常営業に戻ったと言うべきか。
ディータはこの事態に焦りを感じているけれど、私は淡々と受け入れている。
なにせ私は使われる側だったので、何故彼らが前任のボスであるクロウを頼るのかが理解できるのだ。
「あ、いたいた。お嬢」
「あら、なにかしら♪」
「……頭でも打ったんすか?」
「頭を撃ち抜かれたいのかしら?」
「じょ、じょうだんっす……」
ご機嫌で返事をしたのは私ではなくディータである。誓って。
用件は、アルメが私を呼んでいるらしい。
なので彼に案内を頼んで、アルメのいる部屋へ。
到着したのは、食堂と同じくらい広くて、何もないガランとした部屋。
その部屋の中央では木刀を片手に下げたアルメが私を迎え、壁際にはクロウとスネイル、そして二十名ほどの構成員がいる。中には先ほど私をスルーした奴も。
「正々堂々と首を取りに来てくれたのかしら?」
「……お嬢、剣を」
先ほど案内してくれた人が、私に剣(と言っても木製)を差し出した。
なるほど、私の実力を測りたいということか。
「いいわ。応じましょう」
剣を受け取り、手元で軽く回して下に構える。
……アルメの目がギラついている。
抑えはするだろうけれど、手は抜かないでもらえそうだ。
始まりは静かに。
私のいきなりの切り上げにアルメは半身を反らして綺麗に回避。
そのまま右下への袈裟切りは、バックステップでかわされる。
そこに隙が出来たと見たかアルメが突きを仕掛けたが、サイドステップで間一髪回避、からの横薙ぎを仕掛けたが距離が足らず空振り。
……最後の横薙ぎをアルメは見向きもしなかった。
当たらない距離だと瞬時に判断できていたのだろう。
その後も同様の切り合いをするが、間一髪で当たらずじまい。
「この国は知らず知らずのうちに、大きな財産を失っていたようね」
「お褒めにあずかり光栄です。しかしお嬢様も存外……」
「さて、どうかしらね。それじゃあ次は私が避ける番ね」
「話が早くて助かります。では、行きますぞ」
攻守交代。アルメはどんな手で来るのかな?
そう心躍らせ構えた次の瞬間、私の右わき腹に剣が触れていた。
早くて見えなかった……わけではない。
見えていたが、ディータの体が反応する以上の速度で剣が振られた。
だから当たった。
しかもその速度で振ったのに、痛みを与えない程度に触れるだけ。
アルメの本気はいったいどれほどか、想像もつかない。
「さすがね。今のは言うなれば、見えたら終わりの一撃というところかしら」
「ほう、つまりお嬢様には見えていたのですか……」
「ええ。……なに?」
クロウを筆頭に、周りの観衆がざわついている。
「あれは剣筋を魔法で見えないようにさせた一撃なのですよ。
だのにお嬢様には、あの剣筋が見えていた」
アルメは元第三騎士団の副団長。つまり元貴族だ。
順序は逆だが、ともかく貴族ならば魔法が使える。
なのでアルメは幻術魔法で剣筋を隠し、避けられない一撃を絶対に当たる一撃へと昇華させているのだろう。
しかしその幻術は私には効かなかった。
理由は単純で、魔力の大きな者に魔力の小さな者の幻術は効かないからだ。
……いや、アルメはもしかしたら。
「ふふっ、そういうこと。
私を甘く見てもらっては困るわ。私が本気になれば、数刻とせず貴方はこのアジトごと消し炭よ」
そう言うとアルメの先ほどまでの鋭い眼光が嘘のように萎み、クロウに助けを求める視線を送ってしまった。
……これは、仕掛けたのはクロウなのか。
「……くくくっ、次痛い目を見たいのはクロウなのね。さあ、いらっしゃい!」
「え、えっ、ええっ!?」
その後私は、クロウをいいようにボコボコにして、すっきりした。
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