第12話

 洗濯物を終えて部屋に戻る途中、クロウに手招きされた。


「何の悪だくみ?」

「ちげーよ。ジャンクとマルーイのことだ。早いうちに手を打つべきだと思ってな」


 抜けた幹部二人のことね。

 ジャンクは大型窃盗での参謀ポジション、マルーイは筋肉ダルマの見た目に似合わ

ず諜報担当だったらしい。

 確かに今後を考えるとどちらも早めに手を打つべきだ。


「ジャンクのアジトには何人いるか分かる?」

「抜けた奴らが全員いるとすれば二十七」

「ほぼ半数ね。大事にして憲兵に目を付けられたくはないのだけれど……」

「殴り込むつもりなのか!?」

「場合によっては殲滅も視野に入れるわ」

「な、なんか俺の知ってるお嬢と違うんだが……」

「失礼ね。私はいつでも私よ」


 残念ながらこの『殲滅も視野に入れる』という発言は私のものではない。

 そしてこの気質は、ディータが元から持っていたものだ。

 【このにを】のRPGパートで、短期間だがディータがNPCとしてパーティーメ

ンバーに加わるイベントがある。

 その際、戦闘開始時や攻撃時などに掛け声があるのだが――。


「私の視界に入ったこと、後悔させて差し上げます!」

「邪魔ね。さっさと消し飛びなさい!」

「この程度で倒れるだなんて、あなた雑魚ね」


 ――このように、中々の凶暴性を見せてくれる。

 そしてこのセリフたちに嘘偽りはなく、パーティーの男どもが三桁前半ダメージの

ところ、ディータだけは四桁台の魔法ダメージを叩き出し、魔物どもを片っ端から消

し飛ばしていくのだ。


「さすがに昨日まで仲間だった奴らを全員殺すのは勘弁してもらいたいんだが」

「だったら相手が心変わりしてくれることを祈るのね」

「マジで祈るぞ、俺……」


 そんなクロウは後にして、部屋のベッドメイキングを済ませる。

 ディータは当然こんなことが出来るような人物ではないので、全て私が主導。

 私たちの部屋は、入るとまずは応接スペースがあり、その奥に執務スペースで、そ

の左手にプライベートルームへの扉がある。

 プライベートルームにもさらに別の扉が二つあり、一方はクローゼットで、もう一

方はなんと専用のトイレ&シャワールーム。


「私の住んでた部屋よりも広い」


 隠れ家の自室がこれとは、さすがは貴族のご令嬢ですわ。

 なんて嫌味を言ったら、自宅は数倍広いとさらに貴族マウントを取られた。

 もちろんお互い分かって言っているのでご心配なく。


 ベッドメイキングも終わり、そのまま横になってしばし空っぽになる。

 ……すると、また頬を涙が伝っていく。


「疲れたから、私はまたしばらく眠るね」


 私の中のディータが頷いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――――。

 どうしてこうなってしまったのか。

 最愛のお父様ともお母様とも別れの挨拶が出来ず、ただ恐怖におののき逃げ

回った挙句、彼女が現れてからは任せっきりで、私自身は何も成し得ていない。

 考えることの全てが後悔に繋がり、私を底のない闇へと引きずり込む。

 せめて……。


「せめて、謝罪だけでもしたかった……」


 私の意に沿わないタイミングでシャンデリアが落ち、【キトリ・エスペルク】を殺

してしまった。

 そして私はすぐに、その場を逃げ出してしまった。

 混乱していた……なんて言い訳ね。

 私は自分の罪を真正面から受け止められなかっただけ。心が弱かっただけ。


「だからこそ……」


 ハンガーに下がっているシワだらけのドレスに、覚悟と贖罪を誓う。


「泣いてなんていられない」


 頬を二度叩いて気合を入れ、動き出す。


 まずは……そうね、執務室に気になる物があったから、それを確認しましょうか。

 こういった机を見ると、お父様が書類に顔を突き合わせながら眉間にしわを寄せて

いたのを思い出す。

 というかこれ、同じ造りじゃないかしら?

 左に同じサイズの引き出しが四段、中央に一段、右には左と同じサイズが二段と大

サイズが一段。

 いかにも高級そうな黒い木材で、木目も鮮やかで綺麗。


「椅子は……買い替えね」


 元は革張りの高級なものだったのでしょうけれど、ああいう男どもに占拠されてい

たせいで原形をとどめていない。

 家具職人……良い方がいればいいのだけれど。


 そして掃除の際に私が気になったのが、引き出しの奥に仕舞ってあったベル。

 細工のないシンプルなコールベルなのだけれど、わずかに魔力を感じる。

 もしかしてと思って裏を見てみると……やっぱり。魔法陣が彫られている。

 このコールベルもお父様が使っていたものと同じで、屋敷内のどこからでも特定個

人を呼び出せる魔道具アーティファクト

 使い方はその個人を思い浮かべてベルを押すだけ。

 例えば今だと――。


 それから数分後。


「なんか頭の中がリンリンうるさいんだが、もしかしてお嬢か?」

「ええ、正解よ。動作に問題はないわね。

 クロウ、この町に腕利きの家具職人はいるかしら? 特に革細工も出来る方が望ま

しいわ」

「あー……そういうのはマルーイのほうが詳しかったからなぁ」

「そう。ならばやはり、殴り込みね」

「だからやめてくれって!」

「ふふっ、分かっているわよ。

 使者を送りたいから、見繕って頂戴。ジャンクとマルーイにそれなりに親しくて、

それなりでしか親しくない人物を二名よ」

「……分かったよ。ったく、そういうところはやっぱりお嬢だな」


 やはり彼女と私とでは違いが出てしまうのかしら?

 私たちとしては何も変わらずデイリヒータ・マイスニーであるのだけれど。


 頭を掻き悩みながら部屋を出ていくクロウを見送り、次にすべきことを考える。

 やはり当面の目標はデシムラット伯爵の攻略ね。

 となると当然弱みを握るための諜報員が……ああ、堂々巡りしてしまうわ。


「いまは座して待つしかないようね。……これを椅子とは言いたくないけれど」


 それでも半端者でしかない今の私にとっては、これが一番お似合いの椅子。

 ……お尻が痛くなるけれど。



 その日の夕方、クロウが苦労して使者を見繕ってくれた。

 一人は髭のおじさま、もう一人はまだ十代前半と思われる男の子。

 対照的な二人は、そのやる気も対照的。

 おじさまは面倒くさいという心の声が態度に漏れ出ていて、男の子はふんすと息巻

いている。


「クロウから聞いていると思うけれど、お二人には私からの使者としてジャンクのア

ジトに出向いてもらうわ。

 こちらが提示するものは二つ。

 ひとつはクロウが生きているという情報。

 もうひとつは、私が二人の能力を欲しているという情報よ。

 質問は?」

「いいえ。なにもありませんよ」

「……もういなかったら?」


 男の子の質問を、おじさまは鼻で笑った。

 おかげでおじさまが面倒に思っている理由が察せられた。

 このミッションに対する前提が違うのだろう。


「いない、というのも十分に有益な情報よ。

 貴方たちの真の役目は、見聞き出来る限りのあらゆる情報を持ち帰ること。

 あちらの人数に装備、士気や雰囲気といった情報も重要なファクターになるわ」

「力は必要ないってことか?」

「そうね。自分の身を守れるだけあれば十分。

 だから時間の引き延ばしがあった場合や、良い返事が期待できそうにない場合は、

さっさと引き上げて構わない。自分の命を最優先して頂戴」

「……そういうことか。分かった、任せてください」


 おじさまはひと暴れあると思ったから、それを面倒だと思った。

 しかし私も兵を減らしたくはないので、そんな愚策は取らない。

 ――彼女に疑惑の目を向けられた気もするけれど。


 翌朝には二人とも無事に帰還。


「ボスが生きてるって知った時のジャンクの顔と言ったらケッサクでしたよ!

 それからマルーイの奴はいませんでした。ジャンクの言葉が正しければ、挨拶だけ

してさっさと田舎に帰ったらしいです」

「その挨拶をしていた現場にスネイルの部下が居合わせたというわけね。

 となると、新しい諜報担当を考えないと……」


 今から育てるのはさすがに無理があるし、どうしようかしら。


「それから、俺たちで確認できた限りであちらの人数は十八。

 マルーイみたいにそのまま田舎に帰った奴もいるみたいですね」

「それでオレ気づいたんですけど! あっちの奴らは何個かのグループに分かれてま

した!」


 成果を横取りされると思ったのか、男の子が元気に報告してくれた。


「グループって、どんな感じで?」

「ジャンクの周りにいる奴らに、前からマルーイの周りにいた奴らに、どうしようか

悩んでる奴ら。

 たぶんボスが死んだからってジャンクについていったけど、元々別のグループだか

ら仲良くないみたいな、そんな感じだった。でした!」

「……ありがとう。この情報は大きいわよ」


 つまりあちらの本当の姿は、少数のジャンク陣営と多数のその他。

 ならば話は変わる。大きく変わる。


「ふふっ、作戦は決まったわ。

 お疲れ様。後ほど二人にはそれぞれ褒美を取らせるわ。

 それと貴方には少し話があるから残って頂戴」


 男の子を退室させ、最後におじさまと二人に。

 おじさまは何を言われるのかと戦々恐々の様子。


「貴方が最初にやる気を見せていなかったのはきっと、私が物として扱うと宣言した

故に、自分は消耗品として使い捨てられると思ったからではなくて?」

「……そうです」

「だったら生憎あいにくね。私は物は大切に扱う主義なの。

 話はそれだけ。分かったら下がっていいわよ」

「それってどういう……あっ!」


 私の言葉の意味を理解したおじさまは、安心した様子で部屋を出て……そこに先ほ

どの男の子が待っていて、仲良く去っていった。

 そういえばあの二人、どことなく似ているような……気のせいかしら?




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