第10話

 朝。


「キャアッ!」


 ディータの悲鳴で目が覚めた。

 その理由は目の前を這っている蜘蛛。

 以前も話したが、ディータは虫が、特に蜘蛛が大嫌いだ。

 その原因は――ディータ曰く、まだ子供のころのクロウ。

 大きな蜘蛛を捕まえてディータを追いかけ回したことがあり、それでディータは蜘蛛嫌いになったらしい。

 私の知らない、生きている情報だ。


 軽く体をほぐして牢屋から出て、まずは食堂へ。

 まだどこに行けばいいのか分からないというのが、その理由。

 そうして少し迷いながらも食堂に着くと、先客として男が四人、既にいた。

 四人はみんな徹夜明けなのか、力なくぐだ~んとしている。


「おはよう。徹夜かしら?」

「あ? ……あ、お嬢か。おはようございます」


 早々慣れないのは百も承知。

 なので睨まれたところで何とも思わない。


「いやーちょっとどうにも解けない謎がありましてね、オレらでそれ考えてたらこうですわ」

「ふーん。どんな謎?」

「これなんすけどね」


 出てきたのは一枚の羊皮紙。

 なになにー?


『人、猿、犬、鳥で競争をしました。

 その結果を聞いて、嘘を言っている人を当てなさい』


 本当に普通のクイズで、逆に驚く。

 えーとそれで?


『人:犬には負けたけど4位じゃない』

『猿:あの鳥野郎、絶対焼き鳥にして食ってやる!』

『犬:なんかズルした奴がいるってさ。俺は2位ね』

『鳥:ギリギリで猿に勝ったんだけど、おかげですごい睨まれたよ』


 うん? うーん……。


「お嬢、これ……なんて書いてあるんすかね?」

「……え? そこ!?」

「俺ら誰も文字読めねーんだわ! はっはっはっ!」

「じゃあ何だったのよ、このクイズは……」


 スタートラインに立ってすらいないというオチで、呆れて脱力してしまう。

 仕方がないので私が読んで聞かせてあげる。


「ぜってー鳥がズルしたんだ! 今すぐ締め上げて焼き鳥にしちまえ!」

「いやいや、これは嘘を言っているのは誰かっていうクイズよ。

 こういう場合は誰か一人が真実を言っていると決め打ちして、他の証言に矛盾がないか考えるのが鉄則」

「さすがお嬢、伊達に貴族じゃねーな」

「この程度で褒められたくないわ」


 思わず悪役令嬢特有のツンデレ気質が漏れてしまう。

 そうして男四人は侃々諤々かんかんがくがくの議論を交わし、どうにか答えを出した。


「俺らの出した答えは……犬だ! 犬が嘘ついてやがる!」

「残念。ハズレよ」

「「「「なんで!?」」」」


 息ピッタリな四人。チームで動いているのかな?


「まず猿と鳥はどちらが嘘でも矛盾が発生するから、どちらも本当のことを言っていることになる。

 つまりこの二者は絶対に順位が並ぶのよ」

「ってーと、猿が3位だったらギリギリで勝ってる鳥は2位ってことか?」

「……あ、そっか。犬が本当だったら人が1位で犬が2位が成立するけど、人が本当だったら……え? 犬が1位で人が2位なら成立する」

「ってーと……なんだ?」


 議論が振り出しに戻り、ますます混乱する四人。

 それも仕方がない。このクイズは、とても意地悪なのだから。


「ところでこのクイズは誰が出したの?」

「行商に用心棒の押し売りしたら、これが解けたら雇ってやるよーって」

「あのうさんくせー眼鏡野郎、はっ倒したくて仕方ねーぜ……」

「なるほどね」


 この場合は恐喝と詐欺になるのかな?

 なんて思っていたら、人が集まってきてそれぞれ私に朝の挨拶をしてくれる。

 そろそろ食事時ですものね。


「……人が増えてきたから、お開きにしましょう」

「ま、待った! せめて答えを教えてくれ!」

「そうだよ、すっきりして終わりてーよ!」


 極悪人のはずなのに、ずいぶんと可愛らしいリアクションをするものだ。


「じゃあ最後に、問題文をもう一度読むわね。

 人、猿、犬、鳥で競争をしました。

 その結果を聞いて、嘘を言っているを当てなさい」


 強調した言い方をして、ようやくハッとする四人。


「人は嘘をつく。

 それを貴方たちに言わせようだなんて、中々嫌味な性格の行商ね」

「あいつ……ぜってータダじゃおかねー!」

「身包み剥いで川に放り込んでやる!」

「今日のやることは決まりだ!」

「ちくしょうハラ減ってきた! 焼き鳥食ってやる!」


 最後だけは違う気がするけれど。

 そうして誰よりも早く食事を終えた四人は、例の行商をシメに行きましたとさ。


「文字、か……」


 この世界の識字率は、おそらくかなり低い。

 それこそ貴族と商人しか知らない特殊技能のような扱いだろう。


 例えば一般的な平民であるクラリスも文字が読めず、最序盤のイベントで教師やクラスメイトに笑われるというシーンがある。

 そこで攻略キャラの一人、ラプリシア王国第一王子【ルベル・ラプリシア】がクラスメイトたちをたしなめクラリスに手を差し伸べることで、物語が動き出す。

 この時、笑わなかったクラスメイトがもう一人いる。

 それが私、デイリヒータ・マイスニー。

 笑い者にすることすらくだらないというのが笑わなかった理由だが、しかしルベル王子に近づいてしまった平民クラリスのことはきっちり敵視し、以降は悪役令嬢として様々な試練をクラリスに与えていく。

 その最初の試練が、文字の読み書き。

 一文字でも間違っていたらルベル王子に対する不敬だと因縁をつけ、一週間以内にすべての文字を覚えなければ退学しろと迫るのだ。

 しかし二人目の攻略キャラであり眼鏡の参謀【キトリ・エスペルク】がこのやり取りを聞いており、自身の能力を示そうとクラリスに手を貸す、という展開になる。


「キトリ・エスペルク……」


 ディータの心臓がギュッと締め付けられる。

 なにせこのキトリこそが、今回の【鮮血の舞踏会】でディータによって殺された人物なのだから。

 その後キトリの遺体は黒幕に持ち去られ、魔王復活のにえにされてしまう……。


「彼のためにも、この復讐劇は必ずや成し遂げる」


 改めて覚悟を厳とするディータと私だった。




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