第9話

 構成員たちと食堂で一緒に食事。


「……こう言ってはなんだけれど、ちゃんと美味しくて驚いているわ。

 シェフはどなた?」

「オレだよ」

「えっ、スネイル!? あなた、料理できるの!?」


 驚いているのは私ではなくディータ。

 スネイルは見た目に似合わない、カタツムリのステッチがされている随分と可愛らしいエプロンを付けての登場だ。


「その様子じゃ味に問題はなさそうだな」

「ええ、しばらく食事と言える食事にありつけていなかったのもあるけれど、それを差し引いても十分においしいわ」

「ハハッ! そーりゃよかった!」


 子供のように満足げに笑うスネイル。

 しかし私の正面に座ると、その表情に曇りが。


「オレは昔から手先が器用で、レストランで料理してたこともあるんだ。

 けれど売り上げを盗んだって濡れ衣を着せられてクビになってな……」

「そんでゴミ溜めの野良猫になってるところを俺が拾ってきて、半年で幹部にまでなりやがった」

「スピード出世じゃない」

「ボスの前で言うのもなんだけど、正直あんま嬉しくない……」

「ふふっ。それもそうね」


 この短時間でも、スネイルはこんな場所にいてはいけない人なのだと分かる。

 私がどうにか出来るかと言われると難しいけれど、エンディングの先には良き未来が待っていることを祈っておこう。


「しかし、減ってしまいましたな」


 アルメが周囲を見回し、寂しそうに一言。

 本来は百人くらいは入る食堂なのに、今はその三分の一ほど。

 最盛期を知っているであろうアルメにとっては寂しく感じるのも仕方がない。


「これからも減るわ。それが我慢ならないのであれば、去っても結構よ」

「ははは。残念ながら、この老いぼれに他に行く当てなどございませんので」

「そう。ならば――」


 ディータから唐突に提案が来た。

 確かにそれはアリだと思うけど……うん、まずは提案してからだ。


「ならばアルメには新しい役職として、新人の教育係に任命してあげるわ。

 自らスカウトして兵隊を増やす、組織にとっての最重要ポジションよ?」

「ワシが新人教育を……」


 私もディータもすぐに思いついたのだけれど、当のアルメは全く考えてすらなかった様子。

 たぶん歩んできた道がそうさせているのだろう。


「でも正式な辞令の前に、貴方の過去を教えて頂戴。

 元国家騎士である貴方が、何故ここまで落ちたのかをね」


 私の質問にしばし静かに悩むアルメ。

 そして努めて明るく飄々と、こう答えた。


「ワシ実は、第三騎士団の副団長でした」

「「「副団長!?」」」


 クロウとスネイルと一緒に声を上げて驚いてしまい、ひっくり返りそうになるのを必死にこらえる。

 ラプリシア王国の騎士団は第一から第八まである。

 第一は王直属の近衛騎士団。第二は貴族だらけの文官集団。第三が一番槍で、第四は魔法爵による部隊。第五以降が平民メインのいわゆる一般兵。

 つまり第三騎士団は事実上のトップ集団。

 そんなトップ集団の中でさらに副団長だなんて、半端な強さでは済まされない。


「そりゃ俺らが束になっても傷一つ付けられねーわけだ……」

「で、問題はその先なんだろ?」

「そうね。そんな強者揃いを率いていた副団長さんが、なぜ落ちたの?」

「月並みですが、金です」


 やっぱりそこか。

 先ほどの衝撃から当然の答えが出てきて、逆に安心してしまった。


「ギャンブル? それとも大きなお買い物?」

「それは……ヒミツです」


 その飄々としたキャラにつられ、私も軽い口調で聞いてしまった。

 だが秘密と言った時、アルメの目の奥が笑っていなかった。

 これ以上聞いてはいけない。

 一瞬で私とディータ双方の意見が合致した。


「まったく、仕方がないわね。

 秘密のあるほうが男はモテる。そう言いたいのでしょう?」

「はっはっはっ! 参りましたな~」


 アルメならば私たちがあえて手を引いたのも分かるだろう。

 確かに普段は飄々としたジジイかもしれないが、アルメは間違いなく副団長の職務を遂行できる能力を持っている。

 出会ってまだ一日目なのに、そんな評価が下せるのだからさすがである。


 その後は食事を終えた構成員たちが私に一言挨拶をしてから散っていき、私たちが食事を終えたころには誰も残っていなかった。


「私の食事が遅いのか、彼らが早いのか……」

「後者だ。なにせ俺らはいつでも逃げられないといけないからな、食事なんて最も無防備になる危険な時間は短いに限るんだよ」

「残念ながら理屈は通っているわね」


 今はまだ貴族令嬢が抜けていないけれど、私もそのうち早食いになるのかな。


 食事が終わり、またクロウの案内で私の部屋へ。

 クロウには苦労をかけてしま……そんなつもりじゃなくって!

 ディータが背中を向けて笑ってるぅー!


「何やってんだ?」

「こ、こっちの話。気にしないで頂戴」

「そうか?

 さて着いたぞ。ここは今までは開かずの扉ってことにして誰も立ち入らせてなかったんだが、ようやく宿主が……ッ!」


 クロウが何かに気づき、扉を勢いよく開けた。


「お前ら!!」

「やべっ!」「見つかった!」「隠せ隠せ!」


 中を覗くと、十代くらいのまだ若い男たちが大慌てで何かを隠そうとしている。

 思いっきり見えてるけど。

 若い男ならば、そういったものに興味を抱くのは当然の成り行きだ。


「鍵を開けて空き巣に入ることもある人たちだもの、開かずの扉なんて言われたら開けずにはいられなくて当然よね。

 さて、私は牢屋で一晩過ごしますから、貴方たちは明日までにそこのを全て片付けて原状回復させておくこと。分かったわね?」

「「「はいっ!!」」」

「クロウもよ。監督責任って奴」

「マジかよ……」


 手を振り嘲笑しながら私は牢屋へと向かった。

 なおその後。


「……迷ったわ」


 ディータが学園内で迷子になるイベントがあったことを思い出し、先ほどのお返しに心の中で笑ってやる私だった。




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