第8話
バツが悪く目を合わせられないクロウ&スネイルと共に会議室に戻る。
……服が男物しかないから仕方がなく男物を着ているけれど、これはこれで似合っているかも。
会議室前の廊下に来たところで、構成員が小走りにやってきた。
「ボス……とお嬢でいいんでしたっけ? 今呼びに行くところで。
マルーイとウバート、発見しました」
「ご苦労様。それで二人は?」
「ウバートは確保したんすけど、マルーイは離反するって言ってるらしくて……」
幹部二人が一気に離反はさすがに厳しい。
眼鏡はともかく、筋肉ダルマのマルーイは呼び戻せないか?
「私が直接話します。場所はどこ?」
「それが、ジャンクのアジトで一緒にいるらしいんですよ」
「チッ、薄情な奴らめ。二人とも最初から離反するつもりだったなぁ?」
クロウにつられて、私も思わずため息が出てしまう。
始まる前から前途多難だ。
「ウバートは?」
「牢屋にぶち込んであります」
「分かったわ。先にそちらにしましょう」
ここでスネイルは別の用事があるため離脱。
クロウと共に牢屋に行くと、しっかり手錠をされたウバートが牢屋の中で横になっていた。
「ウバート、大丈夫?」
「お嬢様……私は、まだ死にたくはございません……。
ああ、なのにクロウの幽霊が私を連れて行こうと……」
「俺は死んでないが?」
「……え?」
悲壮感たっぷりだったウバートは私の説明を聞けば目を丸くして、一挙手一投足に大きなリアクションをしている。
ただ、魔王の復活や私の正体、この世界の真実についてはまだ伏せる。
信用していないわけじゃなくて、今は必要以上に心配させたくないから。
それにしても、大きな怪我もない様子で安心した。
さすがにこれで命にかかわる怪我でもしていたら、後味が悪いもの。
「そうでしたか、組織のボスであると納得させるために一芝居打ったと……」
「クロウの話では、私の早合点だったようだけれど」
「いや、だとしてもお嬢がボスだとメンバーに納得させるには、一番の方法だったと思うぞ。
実際もう組織のメンバーでお嬢のことを知らない奴はいないからな」
「そう? ならいいわ」
それでもなお離反したいというのであれば、私は止めない。
これから先はきっといばらの道。
嫌がる者を無理に歩かせる真似はしたくない。
「それでお嬢様、これからどうするおつもりで?」
「大目標としてはこの町を掌握したいわね。
資金面で安定させるためにも、私たちが安心して羽を伸ばせる場所を作るという意味でも。
お二人が知る限り、私たちの障害になるような存在はいるかしら?」
「だったら領主の【トーナ・スホル】は外せないな。魔法爵から準男爵になって、このデシムラットの領主の座に就いた人物だ。
俺たちとの面識は無いが、噂じゃ相当な苦労人らしい」
そうね、領主を抱き込まなければ町の掌握なんて夢のまた夢。
ちなみに【魔法爵】という聞きなれない爵位が出てきたけれど、これはこの世界特有の爵位だ。
以前、魔法が貴族の特権という話をしたけれど、両者の関係は言葉とは逆になる。
つまり貴族だから魔法が使えるのではなく、魔法が使える者が貴族になれるというのが正しい。
そして魔法の使える平民が最初に得る、最低ランクの爵位。それが魔法爵。
ディータ曰く、貴族の成り損ないであり、貴族の面汚し。
またとある魔法爵曰く「これなら平民のほうが何倍もマシ」という立ち位置。
……ついでに言えば、開発者座談会の動画が闇に葬られた理由にも関係している。
このあたりの話で、説明のためとはいえ差別発言が連発されていたらしいのだ。
それをまとめサイトが恣意的に切り抜き炎上させ……という流れ。
ちなみに私が【この光に花束を】を知ったのはそれよりも後なので、開発者座談会で何が話されていたのかは断片的にしか知らない。
差別と聞いて、私の中のディータがうつむいている。
ディータにとっての階級差別は、いわば食べ物の好き嫌いと同じ領分なのだ。
だからこそ、どれほど酷い発言をしたとしても、何とも思わなかった。
クラリスと出会うまでは。
「私は領主様と面識がありますが、問題はその背後にいる人物だと具申します。
お嬢様ならばご存じかと思いますが」
「私を試すつもりならば無駄よ」
そういった”生きている世界”の部分は、私は知らない。
だけれどディータならばすぐに答えられる。
「ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵。
ここデシムラットの本来の領主であり、我がマイスニー家とも縁のある間柄ね」
「それだけじゃ合格はやれねーな」
「私にも知らないことは多いわ。特に生きている情報はね」
「ま、だろうな。
旦那様とデシムラットのご当主様は裏で
だから俺ら夜鷹の爪は関係がバレやすいマイスニー伯爵領ではなく、ここデシムラット伯爵領を拠点に作られた」
「それから現在の領主様は言わば雇われで、それゆえにデシムラット伯爵には絶対に逆らえません。
町を掌握するのならば、デシムラット伯爵を抱き込まなければいけませんよ」
最初から難易度が高くて目眩が……。
とはいえディータの知識にもある人物ならば、弱みも握りやすいはず。
これでウバートは解放。
私たちは会議室に……と思ったらアルメが「準備が整いましたのでこちらへ」と。
アルメにはまだ何も指示を出していないのだけれど。
そう疑いつつ付いて行くと、とても広い部屋に到着。
いくつもの長テーブルに長イス、種族も年齢も様々な”悪い人”たちが……三十人以上いるか。
そして久しぶりの、おいしそうな匂い!
「食堂なんてあるのね。ああっ、お腹が鳴りそう……」
「はっはっはっ。でもその前にだ。
お前ら! 新しいボスからのご挨拶だ! 黙って聞けよ!」
そうね、ボスが代わったという話自体は既に回っているみたいだけれど、私を知っているかと言われれば違うもの。
ただ、私はこういうのには向いていない。絶対に。
だからここはディータにお任せ。
「……ふふっ、まったく」
なんて思ったらディータに笑われた。
「皆様、ごきげんよう。
私の名はデイリヒータ・マイスニー。
この【夜鷹の爪】を作ったハイナード・マイスニーの一人娘よ。
あなた方の中には私をボスと認めない人もいると思う。それは仕方のないことよ。それだけクロウが優秀なボスだったという証左でもありますからね。
だから私は、去る者を追うことはしません。
幹部のジャンクとマルーイは去りましたが、あなた方が彼らを追ったとしてもペナルティを与えるつもりはありません」
ざわざわと声がする。
幹部二人の離反を知らない人も多かったようだ。
ディータがテーブルに無造作に置かれているナイフに目をやった。
――私は構わないよ。貴方に任せる。
「お嬢……何をッ!?」
ディータはおもむろにナイフを手に取り、恐怖と絶望によって白くなってしまった自慢の長い髪の毛を大雑把に握り、バッサリと切ってしまう。
それは覚悟の体現であり、過去との決別であり、貴族という枷からの解放だ。
「私には為すべき事がある。それはとても大層なことで、優しさなんて見せていられないほどに
だからこの先、私は貴方たちを駒として扱います。物として扱います。
そして一年後、この髪が伸びたら、私はボスを辞めます」
突然の宣言に、クロウ含めみんな何も言えず固まってしまう。
そんな周囲に対し、ディータはにやりと笑って大袈裟に手を広げる。
「どう? たった一年我慢するだけで、こんないい女をどうにだって出来るのよ?
復讐の相手、欲望のはけ口、なんだって受けてやろうじゃないの!」
数秒の沈黙、そしてアジト中に響く雄どもの咆哮。
次にはそれを「黙りなさい!」と一喝し、一瞬にして統率してみせるディータ。
「そういうことだから、これから一年よろしくね。乾杯っ!」
「「「かんぱーい!!」」」
さすがは悪役令嬢、エサをぶら下げて男どもを手玉にするのはお手の物。
なんて思ったら、ものすごーく嫌そうな顔をされた。
さて、私も食事を取ろう。
もちろんみんなと一緒にね。
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