泣いてなんていられない

第7話

 クロウと共に会議室に戻る。

 道中もだったけれど、会う人みんながクロウを幽霊だと思って腰を抜かすのが面白すぎるし、クロウ自身もノリノリで幽霊を演じているのが可愛すぎる。

 ごめんね君たち、あとでちゃんと説明するから。


「で、出たあああ!!」

「なんまんだーなんまんだー!」


 ここは仏教国じゃないってのに。

 面白い人たち。


「落ち着いて。クロウは死んでいないわ」

「ああ。俺はこの通りピンピンしてるぞ。……ちょい頭痛いけど」


 恐る恐るクロウを触る痩せ。それを驚かし大笑いするクロウ。

 こんなユーモアのあるボスならば、慕われて当然だ。


「ところで眼鏡と筋肉ダルマの姿が見えないのだけれど。

 さっそく離反でもしたのかしら?」


 可能性はあると思っていたので驚きはしない。


「ジャンクは……眼鏡かけてる奴な。あいつは元々離反の意思を俺に示してた。

 それを止めるための会議でもあったんだが、この通りだ」

「そう。ならば私が絶好の機会を与えてしまったわけね。

 筋肉ダルマのほうは?」

「マルーイは一人で考えたいっつって出て行った。

 あ、オレはスネイル。スリとか空き巣とか担当してる」


 痩せが【スネイル】ね。覚えた。

 スネイルは、背は私よりも低いから、たぶん体重も軽くて身軽に動ける。

 逃走には最適だけれど、私の好みで言えばもう少し筋肉をつけるべき。


「で、貴方は?」

「ワシは【アルメ】と申します。この通り、しがないジジイですよ」

「どこの誰がしがないジジイだって!?」


 スネイルに絡まれてもアルメは余裕で笑っている。


「アルメは元王国騎士で、組織の暴力沙汰担当だ」

「オレもボスも正面からじゃぜんっぜん勝てる気がしねーもんな!」

「ああ、まったくだ」


 飄々ひょうひょうとしているのは実力を隠すためのカムフラージュというわけね。

 そんなアルメは真っ白な口ひげがチャーミングなおじいさん。

 若いころは随分とモテたのではないだろうか。

 その実力を推し量るためにも、今度私とも手合わせしてもらおう。


「……そしてウバートは?」

「あやつならばとっくに逃亡しておりますよ」

「そう。ならば誤解を解くためにも……スネイル、部下に追跡を頼める?」

「もう追わせてる。捕まえてこいって指示だから殺しはしないはずだぜ」

「そう。仕事が早くて助かるわ」


 話が終わるとクロウは離反した元眼鏡の席に座って、私にボスの席に着けと催促。

 だけれどその前に確認しなければならないことがある。


「スネイル、アルメ。お二人は私がこの席に座ることを了承するの?」

「オレはさっきまでは反発するつもりだった。けどボスが死んでないって時点でオレらにもする話があるってことだろ?

 じゃあその話を聞いた後に決めてもいいだろうって思ってる」

「ワシは当初からお嬢様の下に付いても良いと思っておりますよ」

「お二人の賢明な判断に感謝するわ」


 二人に笑顔を見せて、私からは敵視していないと明白にする。

 そして私は、まるで毎日座っているソファかのように無遠慮にボスの席に座る。

 きっとこれから毎日座ることになるのだから。


「そんでよ、なんでボスが生きてるんだ?」

「待て。俺はもうボスじゃねえ。今のボスはお嬢だ」

「私と別なのが分かれば呼びたいように呼べばいいわ。

 それでクロウが何故生きているのかだけれど――」


 クロウが生きている経緯と、クロウにも話した”私とこの世界の真実”についても包み隠さずに話す。

 最初は与太話だと鼻で笑っていた二人は、【魔王が来たりて世界が滅ぶ】の話が終わる頃には、視線を落とし何も言えなくなっていた。


「世界が滅ぶって……それもたった一年しかないって……」

「非常に……非常に判断の難しい、しかし選択肢は無いに等しい話ですな。

 嘘だと高をくくってしまうこともできますが、しかし『真実だとしたら』という不安と恐怖はもう二度と消えない。

 ……何か、何でも構いませんので、証拠足りえるものはないのでしょうか?」

「残念ながら証拠と言えるほどのモノはないわ。

 ただ、私と我がマイスニー家を陥れ魔王復活を企てる黒幕がナニモノなのかは分かっています」


 三人の視線が私に集中する。

 それは黒幕の正体を知りたいという意味に他ならない。

 だけど私はその視線に対し、首を横に振った。


「これを知ると貴方たちにも危険が及ぶかもしれない。

 だからその時が来るまで、これだけは秘密にさせて頂戴」


 一瞬の沈黙。

 その後クロウが立ち上がり伸びをしつつ「やるかー!」と気合を入れる。

 呼応してスネイルにアルメも立ち上がり、気合を入れている。


「んでボス……はボスだから、お嬢でいいか。

 お嬢、オレらはどう動く?」

「そうね、理想は魔王の復活阻止だけれど、たぶんこれは手遅れ。

 だからまずは私と組織の地盤固めと行きましょう。

 差し当たってはマルーイとウバートの確保、それから……シャワーに入りたいわ」

「だろうな。女性相手だから黙っていたが、正直言って鼻が曲がる」

「ふふっ。気を使わせてしまってごめんなさいね」


 ディータにならばともかく、私に対してはそんな気など使わなくてもいいのに。

 なんて思ったらディータに叱られた。

 私も女なんだから身だしなみに気を使うのは全てにおいて優先されるべき!

 だそうです。


「あ、そうだお嬢。今あった世界の裏話的なのは、部下には内緒で頼む」

「ええ、分かっているわ」

「お前らもな」


 頷くスネイルとアルメ。

 無駄に不安を煽るだけになってしまうし、それに言い方は悪いけれど、駒に与えるにしては重要すぎる情報だもの。

 黒幕のスパイが紛れ込んでいる可能性も否定できないし。


 その後、自称「暇になった」クロウに案内されて、シャワー室へ。


「普通、犯罪組織のアジトにシャワー室なんてないわよね?」

「設計したのが旦那様だからな、大切な娘が寝泊まりするかもしれない場所なんだから、しっかり考えて作ったんだろうよ」

「そういうことね」


 壁に間仕切りがあった痕跡はあるけど、きっと血の気の多い男どもが喧嘩して壊したのだろう。

 おかげでドアを開けたらすぐ裸が見えてしまう。

 さすがの私でも裸を見られるのは勘弁願いたいので、ここは要改善だ。


 クロウを締め出し、誰も入れるなと命じてから、シャワーを浴びる。

 さすがは魔法のある世界、冷水を覚悟していたのにしっかり温水だ。

 ……泥汚れに砂埃、毛じらみ、小さな虫の死骸、固まった何か。

 多種多様な汚れに、ディータのこれまでの苦労が垣間見える。


「お父様、サマサマね」


 ディータの記憶では、お父様との仲は冷えている。

 厳格で事務的で貴族然としたお父様ゆえに、甘えたくても甘えられない一人ぼっちのお嬢様。

 それがデイリヒータ・マイスニーの素顔だ。

 一方のお父様【ハイナード・マイスニー】は、厳とした佇まいのいかにも大物貴族という風貌。

 しかも将来的に、家のために娘を悪しき道に引きずり込まなければならない。

 それを思えば、早いうちに嫌われ役を買っていたとも考えられる。

 確かめる術は、既に失われているけれども。


「……ぐすっ」


 シャワーのしずくに紛れて涙があふれてきた。

 ディータはずっと泣くことを許されない状況にあった。

 だけれどようやく少しだけ安心したことで、心がほぐれたんだ。

 ……そしてディータは、溜まった涙を流して空いた隙間に、間髪入れず復讐心を流し込む。

 私の覚悟に半ば無理やりに覚悟を決めたディータだが、覚悟の強さという点では、よほど私よりも強固で強烈だ。


「……まったく、人が感傷に浸っている時に」


 うん、まあ、私はそういうシチュエーションにも理解あるよ。

 だけれどバレた時点で失格。


「おい押すなって……」

「何をやってるいるのかしら!」

「いや、なにもーってどわァッ!?」


 クロウ以下男ども十人以上が雪崩のように倒れこみ、ディータの悲鳴が私の中に響き渡る。

 一方の私はこの程度でそんな可愛らしいリアクションはしてやらない。


「お、お嬢……これには、深い深い理由が……」

「言い訳は来世で聞きます。だから死ねェ!!」

「やべえ!! 逃げろ逃げろ!!」


 念のため外さずにいた腕輪を銃に変形させ撃ちまくる!

 しかし男どもの逃げ足は私の思った以上に素早く、見事に逃げられてしまった。

 だが、この事件のおかげで私はあっさりと【夜鷹の爪】にボスとして受け入れられてしまうのだった。


 ……ディータ、泣くのはまた今度にしましょう。




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