第5話
犯罪組織【夜鷹の爪】を一瞬で掌握しボスの座に就いた私。
その私の最初にする仕事は、前ボスの死体処理の指示。
「死んだとはいえ元は貴方たちのボスなのだから、丁重に扱ってあげてね」
「当然っす……」
「あのボスが、死んだなんて……」
構成員たちが目を潤ませている。
随分と慕われていたのね。
私もそうなれるよう努力しよう。
「それから貴方たちにも冷静になれる時間が必要だと思うから、私は一度席を外します。
その間に裏切りや離反の算段を付けても構わないわよ?」
幹部たちには一旦冷静になれる時間を与えることで、衝動的な行動に出ないようけん制する。
「……あんたはどこに行く?」
「彼に敬意を払って、しばらく付き添っています。
それじゃあ行きましょう」
最初に私に対して口を開いたのは、痩せ。
消沈した声色ではあるけれど、冷静な判断の出来る人物のようだ。
前ボスの部屋のベッドに彼を寝かせ、努めて穏やかな口調で「悪いのだけれど、しばらく二人だけにさせて頂戴」と声をかけて、構成員を部屋から閉め出す。
扉が閉まり、しばし沈黙の時間。
「…………よし、もういいわね」
周囲に誰もいないことを確認し、サイレンサーを付け彼の胸にもう一発撃ちこむ。
すると……?
「……ガハッ! なっ……うっ、頭が割れる……」
「ごめんなさいね。でも有無を言わさず組織を手にするには、この手しか考えつかなかったの」
「お、おまえ……」
そう、前ボスの彼は死んでなどいなかった。
トリックはこうだ。
まず私が身に着けている高級な腕輪だけど、これは【アークテクト】といって、使用者自身が魔力で形を作る、対魔物用の特殊な武器なのだ。
この腕輪を私は銃に変形させた。
そして一発目に風魔法を基にした衝撃弾のヘッドショットで仰け反らせ、二発目に水魔法を基にした赤いペイント弾を使い流血を表現、三発目に風魔法の麻痺弾を使い死亡したと見せかけた。
……だけれど麻痺はしても心臓が止まったわけじゃないから、そこを確認されると一発でバレる。
この綱渡りを誤魔化すため、私はボスのそばから離れるわけにはいかなかった。
ちなみに銃弾を瞬時に入れ替えるというこのトリックは、【このにを】のデモムービーがヒントになっている。
デモムービーで攻略キャラの一人が、アークテクト製の剣を振りかざしている最中に形状も属性も変化させるという芸当をしているのだ。
そして本編中のRPGパートでもそのキャラにはトリコロール斬りという、火水光の三属性連続攻撃が存在している。
話を戻そう。
「私が誰なのか、分かるかしら?」
「ああ、思い出した。デイリヒータ・マイスニー。……何年ぶりだ?」
「七年ぶりかしら。お久しぶりね、【クロウ】」
「……いい女になりやがって。一目じゃ気づかないはずだ」
「あら、嬉しい」
私で隠れているのをいいことに、ディータが満面の笑みで喜んでいる。
……まあ私も、七年ぶりに会った幼馴染に”いい女になった”と言われれば、喜んじゃいますけど。
ちなみに彼、クロウについて。
容姿はまあまあ良し。
女性の中ではやや長身なディータよりも背が高く、よっぽど幹部の筋肉ダルマよりも綺麗な筋肉の付き方をしている。
服装次第では良家の息子と称してもバレることはないだろう。
彼の一家は揃ってマイスニー家の使用人で、彼とは幼少期によく遊んでいた。
それがディータが十歳になってすぐ、ご両親がマイスニー家の使用人を辞めることになって、以降は一切連絡も取れなくなった。
現在の彼の立ち位置を鑑みるに、この時にお父様の手で【夜鷹の爪】が作られ、彼のご両親が初代のボスとなったのだろう。
「おま……お嬢はどこまで知ってる?」
「色々と知っているわ。
けれどもその前に、クロウには知っていてもらわなければならない話があるの。
とても重要で、とても信じられない。それでも真実の話よ」
「……なんだか、覚悟が要りそうだな?」
「ええ。悪いけど今覚悟を決めて頂戴」
「そういう性急な所は相変わらずだな」
そうして私は、事の経緯を話した。
私がディータではないこと。私はディータであること。
この世界のこと、この先に起こること。
クロウは私の話に相槌や質問をすることなく、淡々と聞いてくれた。
「――というわけ。
信じられない話なのは重々承知しているから、信じなくても構わないわ。
ただ私の信念と覚悟だけは信じてもらいたいの。それだけよ」
「この世界は人が作った物語の中で、一年後に魔王が復活して世界が滅ぶ……。
確かに信じがたい話だけど、さっきお嬢が出した武器。あれを見れば納得せざるを得ない」
確かに、この世界に拳銃は存在しない。
そんな拳銃をアークテクトで作り出し、近距離とはいえ一発でヘッドショットを決めれば、信じざるを得ないか。
「それにこの【夜鷹の爪】は元々お嬢のために作られた組織だからな、お嬢がボスになるってのも当然の流れだ」
「えっ待って。お父様が作った組織だというのは知っていたけれど、私のために作ったの?」
「ハハッ、そこは初耳なのか!」
先ほどまで難しい顔をしていたクロウが、一転して意地悪そうに笑う。
「この夜鷹の爪は、お嬢の嫁入り道具として旦那様が用意した組織だ。
お嬢を闇の中から支え、お嬢に関わる汚い仕事をすべて請け負う。それがこの夜鷹の爪の本当の姿だ。
ま、実際にお嬢がボスとして君臨するかどうかは、別の話だけどな」
だからディータが十歳になってすぐ、クロウの一家は姿を消したのか。
「……にしては裏切りそうな幹部もいたわよ?」
「マイスニー家が取り潰しになったことで、組織は二つの大きな痛手を被った。
それが資金源の喪失と、目的の喪失だ。
資金源は、まあ……どうにかする。問題は目的を失ったことだ。
俺たちはこれでも五十人を超す大所帯だ。
そんな奴らが糸の切れた凧みたいになっちまったんだぜ?」
「そういうこと。だから幹部を集めて今後の方針を決める会議を開いていたのね」
「ご明察~♪」
逆を言えばあと数日ズレていたら解散していた可能性もある。
危なかった。
「……で、これからどうするんだ?
正式にボスを譲れと言われれば俺はそれに従うけど、さすがに他の奴らにまでそれを強制は出来ないぞ?」
「私は既に覚悟を決めている。
まずは幹部連中が幽霊でも見たかのような顔になるのを眺めてやる。
そのうえで先ほどの話をしてボスとして認めさせて、それでも離反するというのならば止めないわ。
もちろん、流血沙汰も覚悟の上よ」
「その目はマジだな……。
オーケー。そんじゃ一丁、幽霊の顔を拝ませてやるか」
そう言って一人で立とうとするクロウに手を差し出し、私が手を引いて立ち上がらせる。
この計画は、私一人で完遂できるものではない。
それを意図した行動だったのだが……?
「あんま軽々しく男の手に触れるもんじゃねーと思うぞ、俺は」
「ご忠告どうも」
この時の私は、重大な情報を二つも失念していた。
ひとつは公式ファンブックに載っている「実は好きな人がいる」というクロウのプロフィール。
そしてもうひとつが、ここが【乙女ゲームの世界】だということ。
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