第4話

 雨の中、目的の町【デシムラット】に到着。

 人口はたぶん三万人くらいの、小規模な町だ。

 町の門をくぐる際に、ウバートは門番に賄賂を渡していた。

 さすがは奴隷商人。


 雨なので人通りはほとんどなく、露店も全く出ていない。

 暗い印象なのはこの雨のせいか、あるいはこの町に巣くう悪のせいか。

 どちらにせよ、この雨は私を歓迎している。


 一度馬車が止まり、ここからは後ろの馬車とは別行動。

 私の乗る馬車は中心街から離れていき、路地へと入る。

 しばらく路地を進んだところで馬車が止まり、私は指示に従い下車。


「ここからは歩きます」


 護衛はどうするのかと思っていたら、路地の奥から男が一人やってきた。

 一瞬警戒したが、ウバートとは顔見知りの様子。

 会話を聞く限り事前に連絡済みだったようだ。

 そういえば路地の入口にこちらを監視している人物がいた。

 あれが彼らの仲間だったのか。


 到着したのは路地裏の袋小路にある空き家。

 中は廃屋同然で、そこいら中にある蜘蛛の巣に、ディータが私の中で悲鳴を上げている。

 ディータには虫(特に蜘蛛)が苦手という設定がある。

 毎度毎度クラリスに突っ掛かっていたディータが唯一クラリスに助けを求めるイベントで、それが判明する。

 内容は、廊下を歩いていたクラリスが悲鳴を聞き、助けに入ったらディータの部屋で、原因がドアに蜘蛛が張り付いていたからというもの。

 クラリスはその蜘蛛を手掴みして窓からポイっと外に逃がすのだが、その際にディータが「わ、私が虫が苦手だということ、言いふらしたら退学にして差し上げますからねっ!」と涙目で脅しをかけ、クラリスに笑われるのだ。


 一方私は虫なんてどうでもいい。

 何なら食べたこともあるし。

 イナゴの佃煮とか、蜂の子とかあるからね。私の場合はそうじゃないけど。

 ――なんて思っていたら、ディータがドン引きしている。

 お嬢様はまだまだ甘いね。


 廃屋の奥の部屋に行くと不自然なテーブルがあり、テーブルを動かしカーペットを剥がすと、床に扉が現れた。

 さすがは犯罪組織のアジト。

 階段を下りた先は地下水路。

 臭いは……私の被っている布のほうがはるかに強烈。


 しばらく進むと見張りの立っている扉があり、その先がアジト。

 アジト内部は存外広く、扉も壁もしっかりした造りで驚く。

 おそらく、かなりの私財を投じて作られたのだろう。

 それにしても……何? この肌を刺すようなピリピリと張りつめた空気は。

 まるでこれから戦争でも起こそうとしているみたい。


「お前はこっちだ」


 途中でウバートと離れ、案内役についていくと、そこは地下牢。

 私のほかには誰もいないし、そもそも使った形跡がほとんどない。

 監禁や拷問はしないタイプの組織なのだろうか。


「静かに入ってろ」


 ディータはこれで二度目の収監かな。

 漏れ聞こえる話をまとめると、現在は首領以下五名の幹部が揃っており、今後の方針を決める会議中のようだ。

 アジトに漂うこの異様に張り詰めた空気は、そのためね。

 ――うん。私はこれを好機と見る。


 それからしばらく。


「お嬢様、こちらへ」


 勝負の時が来た。

 ウバートに連れられ、奥の会議室へ。

 扉を開けると男が五名。

 部屋は十畳ほどでテーブルはなく、幹部連中は背もたれのない質素な木のイスに座っている。

 私はと言えば手錠足かせを外された後、部屋の中央に投げるように座らされてしまう。


 幹部たちを簡単に見ていく。

 痩せ、眼鏡、筋肉ダルマ、おじいさん、若造。

 若造だけは正面に座っていることから、彼が首領のようだ。

 そして……その若造を見てディータが心底驚いている。

 彼とディータとの関係性を知れば、当然のリアクションだ。


「先ほど申し上げた奴隷です」

「チッ、女かよ。使えねぇ」

「ボス、こんなの買っても仕方がありませんよ」

「鍛え甲斐もなさそうだ」

「ウバート殿の審美眼も曇りましたな」


 散々な言われようだが、ボスの若造は何も言わず。


「……立って顔を見せろ」


 さて。

 ゆっくり立ち上がり、被ったままの例の臭い布を取る。


 パンッ!

 次の瞬間、乾いた銃声が響き、首領にヘッドショットが決まる。

 パンッ、パンッ。

 さらに二発撃ち、首領は胸から赤い液体を流し、ひっくり返るように倒れた。

 これで幹部連中に対する首領死亡の印象付けは十分。


「なんだ今の音は!?」

「ボ、ボス!?」

「あの女か! あの女がボスをやったのか!?」


 しかし部下の構成員たちにはそうは映らないだろう。

 だからこそ私は、一切の迷いなく、正々堂々とこう宣言した。


「組織の掟では、ボスを倒した者が次ボスになる。

 これで今日から私、デイリヒータ・マイスニーが、この【夜鷹の爪】のボスよ」


 青天の霹靂に、構成員たちは幹部たちに指示を求める。

 しかし驚きと混乱で声も出ない幹部たち。

 そんな構成員たちの足元に向けて一発放ち、私はさらに追い打ちをかける。


「文句があるなら、背を向けても構わないわよ。

 命の保証はしないけれどね」


 何も言えず、ただ固まるしかない幹部たち。


 突然に圧倒的な力の差を見せつける。

 この電撃作戦により、私は一瞬にして【夜鷹の爪】の掌握に成功した。




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