第3話

 ウバートは迅速に準備を進め、夜のうちに出発。

 私はといえば、着替えもせず手錠足かせの奴隷扱い。

 それ自体に文句はないわ。

 ウバートは私が周囲に気づかれないようにと思って、あえてこのような扱いをしているのだから。


 文句があるのは、私の中に突然現れた【彼女】よ。

 彼女の知識が正しいのならば、この世界はカイハツシャという人間が神に成り代わり作ったゲームの世界で、私はどのみち死ぬ運命にある。

 こんな荒唐無稽な話をすんなり受け入れられる?

 ありえないわ。


 ……ありえないのだけれど、全てに納得してしまうの。

 私たちの通っていた聖センテレオ学院で起こった数々の不可解な事件。

 あれらが全てゲームの中で起こる事態だとすれば、全てに合点が行く。

 特に、年越し舞踏会での一件に。


 私はお父様の使っている間者から、舞踏会の中に魔王復活を企む者がいて、舞踏会を利用してクラリスさんの命を狙っていると聞かされた。

 しかもそれがクラリスさんの周囲に集う七名の殿方のうち誰かだと。

 魔王復活の噂はそれ以前からまことしやかに囁かれていて、それは当然私の耳にも入っていた。

 だから私は、私は……。


「守りたかった、だけなのに……」


 私は、そのような企みを隠し持つ者から、クラリスさんを守りたかった。

 だから誰にも当たらないタイミングでシャンデリアを落とし舞踏会そのものを中止させ、これを魔王復活を企む者の仕業だとすることで、企みを根底から潰すつもりだった。

 なのに私の意図したものとは異なるタイミングでシャンデリアが落下し、偶然下にいたは帰らぬ人となってしまった。

 ……何故私はそんな作戦を思いついてしまったの? 何故私の意図しないタイミングでシャンデリアが落下したの? 何故はそこにいたの?

 あれ以来ずっと私の中で渦巻いていた疑問。

 もしもその答えが【ゲームだから】という、ただそれだけなのだとしたら……。


 ……馬車が急停止して、怒号が聞こえた。

 賊の襲撃だ。


「旦那ぁ、だから日が昇ってからにしましょうって言ったんすよー!」

「もう遅い! くそ、完全に囲まれた……」


 涙声の御者がウバートに食って掛かっている。

 私たちの馬車は二台で、こちらには私とウバートと御者。

 後ろにもう一台いて、そちらにはついでに運ばれている奴隷が二人と御者、そして護衛が三人いたはず。


「仕方がない、後ろは捨てて我々だけでも包囲網を突破しろ!」

「ま、マジっすかぁ!?」


 ……もしもこれすらも私のせいだとしたら?

 そう思った刹那、賊が馬車に乗り込み私の顔面を蹴り飛ばし、意識が飛んだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ――――。

 頭が痛い。

 夢を見ていたような、見ていなかったような……。


 重い体を起こすと、見知らぬ男が見知らぬ男と揉み合いになっている。

 片方の男の手にはナイフ。もう片方は肩と腕から血が出ている。

 私が助けるべきは……流血している男。

 記憶にはないが、なんとなくあの男には助けられた気がするからだ。

 気取られないよう背後から慎重に近づき、そして。


「ふッ!」


 私の体重を乗せた手錠殴りはナイフ男の後頭部を強打。

 不意打ちを食らった男は気絶し、そこでようやくもう一人男がいることに気づく。


「もう一人!」

「ま、待ったお嬢様! そいつは私の御者です!」


 殴りに行こうとしたところで流血している男にそう言われ、手を止める。

 ……お嬢様?

 ということはこの男は私がディータだと知っているのか。

 いや、それよりも後ろの騒がしさだ。

 男たちの怒号と、金属同士のかち合うキンキンという音が響いていて、まるで戦闘中のようだ……というか戦闘中だ。

 これは、さすがに私一人が加勢したところで変わらないか。

 そう思ったところで地面が突然揺れて、ここが馬車の中だと気づく。


「後ろの人たちは?」

「捨てます!」


 キッパリ。

 その時唐突に、私の意識が途切れている間になにが起こっていたのかを把握した。

 ディータが私との情報共有にチェックマークを入れたようなイメージ。

 このいかにも怪しいオッサンが奴隷商人【ウバート】で、覚悟を決めたディータの脅迫により、【夜鷹の爪】という人物に私を売りに行く途中で、賊の襲撃。

 ……そうか、空腹で意識が途切れた私の代わりに、本来の人格であるディータが出てきたのか。

 しかしこれは二重人格とは少々違うように思う。

 融合している……とするのが最も正しいのかもしれない。

 ともかく、私はデイリヒータ・マイスニーである。これだけは不変だ。


 そんな私の内にいるディータは、後ろの人たちも助けたいようだ。

 その正義感が原因でこうなっているのだが。


「……はぁ、分かったわ。私の枷を外して、戻って頂戴」

「さすがにお嬢様の指示と言えども聞けません」

「じゃあ降ります」

「お、お嬢様!?」


 馬車から飛び降り、ローリングして勢いの方向を変えることで最小限のダメージで済ませる。

 まさか実践する日が来るとは思わなかったけど……いやそれでも痛いよこれ!

 とはいえかすり傷程度で済んだので、先ほどの現場まで……足かせ邪魔!


「風の精霊よ、鋭き刃となりて切り刻みたまえ。ウインドカッター!」


 手のひらに緑の魔法陣が浮かび、風の刃が足かせのチェーンを切断。

 これで走れる。


は使う?」


 ディータに問うと、悩んでから頷いた。

 作中では気にせず使ってたけど、設定上は対人武器じゃないものね。


 現場に近づくと、まだ戦闘は継続中だった。

 けれどこちらは既に一人が倒れていて、どう見ても不利。


「火の精霊よ……面倒だから省略! ファイアボール!」


 この世界の魔法は、魔法名さえ合っていれば詠唱が不完全でもどうにかなる。

 ただし威力が大幅に下がるので、やはり完全詠唱が好ましい。

 しかし今は遠距離からの牽制が目的なのでこれで十分。


 突然に飛んできた火の玉に怯み、賊の動きが止まった。

 あとはあの武器……を使うまでもなく、ファイアボールにも怯まなかった用心棒二人が一気に形勢を逆転させてくれた。

 さすがはウバート、作中で『喧嘩を売って恨みを買ってこその商売人ですから』という憎い台詞を吐くだけはあって、護衛には手練れを用意しているようだ。


「お嬢様! なんという無茶を!」


 追いついたウバートから大目玉を食らう。

 私もそう思う。

 だけれどディータがやれって言うんだもの、仕方がないじゃない。


 殺した賊は路肩に移動させて放置。

 賊に人権はないので、扱いも路肩の石ころと同等。

 ――ええ、私も同類。


「それにしても、治安悪いわね」


 誰に語りかけるわけでもなく、そうぽつりとつぶやいてしまう。

 例の開発者座談会での発言が本当ならば、この先の町に、私の助けになる人たちがきっといる。

 お天道様の下を大手を振って歩ける類の人種ではないけれど。


 時刻は朝日が差すころ。

 だのに空は雨模様。

 まさに私たちの新たな一歩にふさわしい。

 そう苦笑いを浮かべたころ、目的地が見えてきた。




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