第2話
このボロ雑巾のような服装はカムフラージュに丁度いい。
おかげで私が何者なのか知られずに町を見て回れる。
「中央広場に時計塔……」
ディータの記憶では、様々な不幸に巻き込まれる形でこの町にたどり着いたため、この町が何者なのか分かっていない。
そして私の知識でも、作中に時計塔のある町は出てこない。
他には国外という可能性は排除してかまわない。
ディータに国境を越えた記憶がなく、また建物に飾ってある国旗が青地に白い剣という、作中メインの国【ラプリシア王国】のものだからだ。
「プレイヤーには見えていないだけで、世界は確かに生きているのね」
活気のある人の動きに、ほのかな感動を覚える。
……露店のおじさんが「ヨーレン名物のタイマンフルーツだよー」と宣伝する声が聞こえる。
ディータの知識から、ヨーレンは国の東にある町だと分かった。
そして私が目指す町までもそう遠くない。
「運がいいんだか悪いんだか」
そう呟いて、次に移動手段を考える。
【このにを】の世界では、ダンジョン以外で魔物に襲われることはないはず。
とは言っても何があるか分からないから慎重な行動をしていきたい。
差し当って警戒するものと言えば……そうね、例えば今私の目の前にいる、三人組の人攫いとか。
さすがに多勢に無勢。逃げたい……のはやまやまだけれど空腹で力が出ない……。
「おうおう、結構な上物じゃねーの。
嬢ちゃん、オレらに攫われりゃ、そんなボロ布着るよりはマシな生活できるぜ?」
「残念だけどご遠慮させていただくわ」
「……こいつ、どっかいい所の出か?」
……口調でバレた。
あれ以来ディータは同じ轍を踏んでは悪い人に目を付けられている。
こんなボロ雑巾のような服装をしているのは、これが理由だ。
私が目覚めてからもそれが変わらないとは。
しかし、だ。
そもそもの話、この【魔王が来たりて世界が滅ぶ】エンドに入ってしまっているということは、ディータの手は既に血に濡れている。
ならばもう何の躊躇もいらない。
「オレらにもツキが回ってきたみてーだな。お前らぜってー逃がすなよ」
……何の躊躇も、いらない。
「残念ながら、いい所の出よ。だから魔法も使える。
火の精霊よ、我に猛る炎を――」
「おいおいやめろ! お前ら逃げるぞ!」
詠唱を始めると手のひらに赤い魔法陣が現れ、本物だと知り大慌てで逃げる人攫い三人組。
「ふふっ、魔法って本当に便利ね」
この世界にも魔法はある。
だけれど魔法は貴族の特権として存在しており、平民には使えない。
……正しくは順序が逆なのだが、細かくはいずれ。
一方、私の中のディータはこの行為に否定的で、魔法は人に向けるものではないと正論を振りかざしている。
残念だけど、世の中正論だけで生きていけると思ったら大間違いよ。
「人攫いと言えば、【このにを】でも人攫いと奴隷商人の話が……そうだ!」
ひらめいた!
と同時にあのオッサンの顔が脳裏に浮かびディータが驚いた。
何故かと言えば、ディータはそのオッサンはただの御用商人で、人攫いもいとわない奴隷商人だとは思っていなかったのだ。
ディータの性格を一言で表すならば、己を正義だと思い込んでいる世間知らず。
おかげで正義感を黒幕に利用され【鮮血の舞踏会】を引き起こす。
本当に、生まれた家が違えば……と思ったけれど、そうなるとモブ貴族で終わりか、そもそもゲームとして成立しないか。
ヒントは得たので行動するが、しかし目的の人物がなかなか見つからない。
目覚めた時はおそらく朝方だったけれど、もう日が傾きかけている。
空腹で意識が飛びそうになるのをどうにか耐えていたけれど、そろそろ限界。
倒れるように座り込み、もう目蓋を開けるのも……。
「――――!」
さっき聞いた声。
たしか、人攫い。
そう思ったところで、私の意識は途切れた……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――――。
バシャッ!
顔面に冷水を浴び、目が覚める。
「う……つめたい……」
このラプリシア王国は温暖な気候ではあるけれども、季節が悪い。
なにせあの事件は十二月最終日の、年越し舞踏会に起こった。
私はその後すぐに死ぬので、皮肉にも生き延びてしまった現在は、冬の季節。
なので水がとても冷たい。
「お目覚めですかな? デイリヒータお嬢様」
どうにか回り始めた脳で、事態を把握する。
ここは……牢屋。扉は開いている。
それ以外は不明。
把握したわ。
「その声……ウバート?」
「ご名答」
声のする側を見ると、逆光の中浮かぶシルエットがある。
彼が【ウバート】。
我がマイスニー家に出入りしていた御用商人……だけど本性は違法な奴隷商。
ちなみに年齢はお父様よりも上だったはず。
「このような粗暴な扱い、申し訳ございません。何分こちらも急ぎでしたので」
「……いえ、むしろ貴方は私の命の恩人。胸を張りなさい」
そして私に水を浴びせたこと、覚えておきなさい。
「それで、私はどうなったの?」
「路地裏で倒れていたところを知り合いの者が見つけ、私の元へ。
お嬢様の素性を他の者に知られる訳にはいかないと思い、無礼を承知でこちらへ運んだ次第です」
彼女にも呆れられるほどの私の不運は、ここに来て好機へと傾いたようね。
「ウバート、私をどうするつもりなのかしら?
返答次第では、叫ぶわ」
「叫んだところで助けなど来ませんが、どちらにせよ私に敵意はございません。
私としましても、マイスニー家には特別な御恩がありますのでね」
ウバートは嘘を言っていないと思うけれど、今までの経験が自信を無くさせる。
と、遠くで重い扉の開く音がして、誰かがやってきた。
「お嬢様のお口には合いませんでしょうが、食事をご用意させていただきました」
次の瞬間、私は皿を奪い手掴みでそれを口に押し込んだ。
「ウバートさん、こいつそんな高い値が付くんすか? どう見てもボロ雑巾じゃ」
「それ以上の暴言は私が許しません」
「……すんません」
何か言ってるけど、今の私にそれを理解できるほどの余裕はない。
余裕は……の、喉がつまっ……。
「お水です。どうぞ」
「……っ……っ…………っはあ、まさかこんな方法で私の命を奪おうだなんて」
「はっはっはっ! あと一歩でした」
私の冗談を冗談と理解して返してくれるウバート。
警戒は解いてもよさそう……と思ったけれど、それで何度も痛い目を見ているのよね、私。
彼女ならばさらに慎重に行くのかしら。
……彼女は覚悟を決めた
ならば私も覚悟を決めよう。
泥臭く生きるために。そして潔く死ぬために。
「改めて聞くわ。ウバート、私をどうするつもり?」
「どう……致しましょうかね。
正直に申し上げて、私もどうしたものかと頭を捻っております」
「甘く見ているのならば痛い目を見てもらうわ。
私はもはや、貴方諸共業火に焼かれても構わないところまで落ちているのですから」
「参りましたな……」
こんな小娘の威嚇など効かないかもしれない。
けれどウバートを信用するには至らない以上、やれることはすべてやる。
それにこの一手が、彼女の用意した計画の一端にはなるかもしれない。
「ウバート、私を【ある人物】に奴隷として売って頂戴。
出来ないとは言わせないわよ」
真っ黒なシルエットのウバートが、
「承知いたしました。してどなた様に?」
「【夜鷹の爪】。貴方とも繋がりがあるのは承知しているわ」
「……そ、それを、どこで?」
「友人から」
ウバートは明らかに動揺した。
夜鷹の爪を指名したから? それとも私がそれを知っていたから?
分からないけれど、これは押し通るべきね。
「さあ、どうするの? 私と共にここで消し炭になるか、私を夜鷹の爪に売るか」
「……お嬢様は覚悟を決めてらっしゃるのですね。
承知いたしました。私ウバートが責任をもって、デイリヒータ・マイスニー様を夜鷹の爪に売って見せましょう!
そうと決まればこうしてはいられない。すぐ準備に取り掛かります」
去り際に見えたウバートの横顔は、とても喜んでいるようだった。
……これで良かったのよね?
そう心の中に問いかけてみても、彼女からの返事はなかった。
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