第7話 世界占いなんてやるんじゃなかった(転三)

   \_,、_人_,、_人_,、_,、_/

    》ドバアンッ! !《

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 ザインがダンジョンに消えてから食器を洗っていた俺ですが、大体10分後くらいに隣の勝手口が一撃で蹴り開けられて、転がり込んできた人影がら飛んできた血しぶきが目に入った件。


「うごぬっ!?目、目がぁぁぁぁああ!!」


 目がぁぁぁぁって叫ぶことって人生で本当にあるんだ!!なんて内心思いながら沁みる目を抑える。世界が赤黒い!!正気度削れそう!!


「ぐぅううっ!!」


 誰かのうめき声と同時に、どこかで聞いたようなドアが閉まる音がした。それは、俺が体当たりでドアを閉めた時に似ていた。

 なんとなくそうなる予感はしていたから、思ったより冷静でいられたなと我ながら感心した。


「ザインか?」


「……くっ……うっ……」


 どさりと、勝手口を背に人影が崩れ落ちる。ちょうど食器を流していた水で目を洗うと、やっぱり勝手口から転がり込んできたのはザインだった。

 金属鎧は所々ひしゃげ、生々しい傷跡が体中のあちこちにあった。明らかに前回来た時よりも傷が深い。


「合流は、できなかったみたいだな……。傷口の手当て、したら?」


「……もう、ポーションが無い」


「なら、応急手当しかできないよ?こっちの世界の道具だけど、無いよりマシだろ」


 前の家から持ってきた救急BOXを渡す。大体の物は使い方が分からないのか、包帯だけ巻いて止血するに留まる。正直、傷が深すぎて救急BOXに入っているような小さい擦り傷や切り傷に効く軟膏なんかじゃ効果が無さそうだ。


「声は、聞こえたんだ……っ!壁一枚向こうにいた。あと少しだった!あと一息で合流できると思った時、十字路で出会い頭にオークの小隊に襲われた。手甲で受けたが、この有様だ。声からすると、彼女達もほぼ同時に他のオークと……っっ」


 包帯で包んだ手から血がにじむ。ザインが怪我を無視して手を強く握り込んだからだ。焦点の合わない目で、床を睨みながらザインはまるで罪を告白するかのように痛々しい声で状況を説明した。その手は震えていて、まるでひどく凍えているかのようだった。


「あのオークの小隊長には見覚えがある。兜に十字の傷があった。モンスター大行進トレインの時にしつこくアイシャ達を狙っていた奴だ。まだトレインのモンスターは討伐されてなかったんだッッ!!だから、依頼が必要なのに……。アイシャ……入口の方に逃げたよな?なぁテルヒコ!?」


 その目は血走っていた。仲間の危機に駆けつけることもできず、不意を打たれて防戦しながらここまで逃げてきたんだろう。勝手口の向こうからは何も聞こえないが、モンスターが近くまで来てる可能性もあるな……。

 今度は勝手に出て行かれると困る。鍵かけとこ。


「いや、俺に聞かれても……」


 顔が勝手に苦笑いを作る。ザインが必死過ぎて、想いが伝わってきて、重すぎて、受け止めきれない。しかも、ザインはそんな俺になぜかどんどん詰め寄ってくる。

 目が座ってて怖いですよザインさん。あっ、あれですか?やっぱり”さん”づけじゃないと生意気ですか?


 とか考えてたら、がっと肩を掴まれた。うわぁ服が血で汚れるのでご勘弁を。あとめちゃくちゃ怖いです。


「何を言ってるんだ……。君は当てたじゃないか!彼女達が無謀な探索を始めた事を!見た事もないはずの、アイシャの外見を!そこまでできる占い師なんて、俺は初めて会ったよ!君は天才だ!」


 もうここにしか希望が無いと言いたげな、歪な笑顔。あのイケメンがここまで顔を崩せるのかと思う程、あまりに必死で酷く醜い顔だった。


「君の占いのスキルは相当なレベルに違いない。そうだ、俺の世界に来ればギルドで潜在能力を含めたスキルレベルの鑑定もできる!君も知りたいだろう??その費用はうちのギルドで負担するよ!装備だって全部揃えてあげる!俺の装備を貸したって……いや、君が望むなら譲ったって良い!!だから、だから、頼むよッッ!頼むよぉッッ!!俺に、仲間をッ、助けさせてださいッッッ!!力を貸してくれ!この通りだ!!」


 止める間もなく、ザインは俺の前にひれ伏した。土下座ではないが、まるでヨガのポーズのように体をべったりと床につけている。床が血で汚れるがもう気にしていられないなこれは。

 敬語の入り混じった懇願に、ザインの元々の育ちの良さが垣間見える。助けてくれと言わないで、あくまで自分が助けると言っている。


 くそっ……こいつ、こんな状況なのにどんだけ誇り高いんだよ!こんな重い話、冗談じゃない!断りたいのに………、断りづらいだろ!!


「……時間が無いんだ。こうしている間にも、皆の命が危険に晒されている。君が、協力してくれないと言うなら……俺は……君を、脅す。命が惜しければ、協力しろ」


 迷ってるうちに、ザインの覚悟は決まってしまったらしい。いつの間にか取り出した短剣の切っ先を、俺に向けていた。一瞬で命を刈り取られる直感が、俺の身を竦ませた。

 俺が、覚悟を決めさせてしまったと直感する。ザインの目は威嚇のために俺を睨みつけているが、まだその目には友情と信頼の光がある。敵意は、感じなかった。


 あーーーーーーーーーーーー!!!!!嘘だろ!?俺は本職じゃないっての!!先生に!先生に丸投げしたい!!もうさっきの時点で何で相談しなかったのか、数十分前の俺にしこたまボディーブローをくらわせてやりたい!!


 そんでもってザインこの野郎!お前、何だって心までイケメンなんだよ!?そりゃあ女共も必死こいて探すわ!!俺は身内を大事にする奴とか、大好きなんだよ!そのために命も、信頼も、全部賭けるとか推せるわ!


 深呼吸する。覚悟なんて決まらないが、どうせ選択肢は無いんだ。ザインは本気だ。俺が逃げたり断ったら、命は取らなくてもどこかに怪我を負わせるつもりだろう。


 やるしか、ないんだろう?なら…………やってやる……っ!!


「分かった。頼まれた事はやってやるよ。何を調べれば良い?」


「っっっ!!有難う!これだ!この地図を見てくれ!!」


 と言うが早いか、テーブルの上にあった俺の引っ越しの手引きなんかの書類を全部床に落として、羊皮紙でできた地図を広げた。所々が血で染まっていて生々しい。


「まずは、アイシャ達がまだダンジョンにいて無事なのかを知りたい。もし外まで逃げ切れているなら、それが一番だ。でも、もしまだこの階層にいるなら場所を教えてくれ。ここの扉がある場所は、分かったんだ!ほら、この部屋に古びた噴水のマークがあるだろう?ダンジョンにある、分かりやすい目印には最初に訪れたギルド職員がマークを入れることになってるんだ。それで、ここが地下2階層のここだって分かったんだよ」


 地図を見ると、噴水らしいマークの隣に六角形が書いてあった。これがこの噴水に刻まれたマークなんだろう。その2部屋隣の行き止まりが、どうやらこの勝手口のある部屋らしい。


「……そうか。それで、他の階層に居たらどうするんだ?」


「地下1階や地上1階だったら、ここからダンジョン入り口をまっすぐに目指せばいい。モンスターが強くなる地下3階に行くとは考えづらいけど、どのみち3階から5階までは普段まっすぐ通り抜けるだけの階層だから、地図が無い。そうしたら……もう勘で探すしかない。早くしてくれ、もう時間が無いんだ!」


「……分かった。やってみる」


「ありがとう!それから、何か食べ物をくれないか?ここから出た時、いつもより何倍も体が軽かったんだ。きっと、この世界の食べ物にはバフ効果がある」


「あー……そういうこともあるかもな。分かった。冷蔵庫の中にあるもの、何でも食べて良いよ。大した物は無いけどな」


「恩に着る!必ず、後で返すからな!」


 そう言って、冷蔵庫を開けるザイン。確かいつも食べてるチーズとか、ソーセージとかが入ってたはずだ。ふと、異界の食べ物を食べると元の世界に戻れないという神話を思い出したが、今更だな。こっちの現実のものを持ち込むと、異世界では奇妙な価値がつくっていうのは時々聞く設定だけど、どういう理屈なんだか。


 まあ、今はどうでもいいか。


 呼吸を整え、チャネリングを始めようとカードを手に取った時、初めて自分の手が震えている事に気が付いた。

 無理もないよな。今まで自分の事くらいしかチャネリングで調べて来なかったのに、今はこの手に――人の命がかかってるんだから。


 もし間違えたらどうなる?ザインの言う通り、ザインの仲間がダンジョンから脱出してくれていれば問題は無い。

 でも俺の占いが間違ってて、本当はダンジョンに残ってるのに俺の楽観的な願望に引き寄せられて、もうダンジョンの外にいるって答えが出てしまったら……。


 ――――死


 ぞわぞわと、背筋を這い上がるのは恐怖。冷たく重い責任が、腕にのしかかってカードを手に取れない。気づけば息が荒くなって、苦しい。なんで俺は、こんな事をしなきゃいけなくなってるんだ?


 逃げたい――断りたい。でも、きっとそれは無理だ。ザインが許さない。


 それだけじゃない。俺自身が、きっと俺を許せなくなる。こんな状況で逃げた俺の事を、俺自身が許せなくなる。それは分かってる。


 だから、やれ。


 落ち着け。


 できる。


 さっきだってできたんだ。きっと、俺は異世界なら的中率100%の占い師なんだ。いや俺そういうんじゃなくてスローライフしたくて来たんだけどなぁ~?

 何が悲しくて切った張ったの冒険者に巻き込まれてるんだぁ?俺じゃなくてもよくねー?今からでも先生に連絡してさぁ、やってもらうっていうのはどうよ?


 あーでも、いくら先生でも異世界の事まで正確に占えるかは……分かんないよなぁ。実績あるのは、俺だけなんだし。


 あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 嫌だけど、やるか。


「どうだテルヒコ!?アイシャ達は、どこにいるか分かったか!?」


 あ……やばい。こいつの事忘れてた。


「あ、いや、これから……」


 何の準備もなく出た言葉は、一刻を争うザインの怒りにガソリンをぶちまけるのに十分な劇物だった。希望を求めていた目が一瞬で険しくなり、端整な顔は般若と化した。


 怒りだけじゃない、期待を裏切られた悲しみがその目には宿っていた。ああ、そんな目をさせたいわけじゃなかった。


「何を……?何をやっていたんだッッ!!おいッ!!状況、説明しただろうが!?十分時間はあったぞ!集中しやすいように、音を立てずに待っていただろう!?君は”やる”と言ったんだ!俺はそれを信じた!なのにっ……なのにィッッ……」


 こっちにはこっちの事情があるんだ。人の命なんざ、簡単に背負えるかよ!!!心の準備っていうのが必要なんだよ!これからやるところだったんだ!!


 心の中で叫んでも、そんな言い訳がましい事は口から出なかった。ザインの気持ちが、素直な信頼が、胸を引き裂くような悲しみのエネルギーが、黙らせた。


 いつもなら怒鳴り散らしてたな……。いや、今でもムカムカしてるんだけどな。

 だって、お前らの状況なんて、本来俺にぜんっぜん関係ねえんだからなッッッ!?





 ――と、そんなことがありました。

 そして俺は今、異世界ダンジョンに来ています。後ろにあったはずの勝手口は、無くなっていました。


 今はザインに手を引かれてダンジョンを走っています。


 グッバイ俺のねんがんのスローライフ。ハロー異世界サバイバル。


 異世界占いなんてやるんじゃなかった。

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