第6話 世界占いなんてやるんじゃなかった(転二)

 女の声に反応して、ザインが顔色を変えて立ち上がった。


「ネビルの声……!?反響通信魔術耳打ちか。もう捜索隊と戻ってきたのか?……早すぎる。まさか、手当だけしてすぐに戻ってきたのか?自分達だけで俺を探す気じゃ……ないよな?アイシャがついてるんだ。そんな事はしない……はずだ」


 不安げに口元を覆うザイン。俺は初めて体験した魔術の感覚に鳥肌が立っていた。


「ぅぉぉ……これが、魔術か。すげえ……ぞわぞわしたぞ今の」


「今のは、確か魔力を声に乗せて放つ探知系の魔術だ。その声に反応すると、反応の大きさとその距離が分かる大雑把な魔術なんだけど……。こっちからは、距離が分からない。きっと今ので俺が生きてる事と、大体の距離は分かったんだと思うが……」


「……何か、問題があるのか?」


「この魔術は、音に敏感なモンスターを引き寄せやすい。だから、もし使うならダンジョンの入り口から使った……とは思う。それで、俺の生存を早めに確認して……捜索隊に引き継ぐ為に使った……はずだ」


 どんどんザインの血の気が引いていく。自分を安心させようとしているふうにも見えるが、不安要素の方が先に湧き上がっているみたいだ。


 ”引き継ぐ”だけなら、心配はいらないってことだな?ってことは……


「……あぁ、”そうじゃない場合”を心配してるのか?」


「ああ……アイシャは、俺達の中で一番しっかりしてる。アイシャがついてるなら、無謀な事はしないはずだ……と、思うんだけど……」


 ザインの不安が分かったような気がする。向こうは、こっちが優雅に夕飯食って風呂浴びてくつろいでるなんて夢にも思わないはずだ。むしろ――


「……今生きてるからって、この先も生きてるとは思えないよな。向こうはダンジョンの中にいると思ってるんだし」


「それだ!時間的に考えると、ギルドまで帰ってまた戻ってきたにしては早すぎる。一旦野営地まで戻って、治療だけして引き返して来たのかもしれない。それで、俺の生存を確認しようと魔術を使って……確認が、取れた」


 ここまで聞けば、ザインが何を不安に思っているのかなんてすぐに分かった。


「無謀な挑戦をするには、十分な条件が揃ってるわけか。場合によっては、そのアイシャっていうのも一緒にいない可能性だってあるし?」


「あぁ……やめてくれ。ありえないと思いたい……助かった俺の為に、命を危険にさらすなんてそんな事は……」


 ギリギリとザインの拳から音がする。余程心配なんだな……。この様子からして、こっちから向こうにメッセージを送る方法は無いんだろうな。


 向こうの状況を確認する方法も無いし1人で踏破できるわけでもないダンジョンに飛び出すわけにもいかないわけだから、心配するだけ無駄な話なんだが……。仲間が危ない橋を渡ろうとしてると思ったら、気が気じゃないよな。


 何か、気を紛らわせる方法でも……。


「そうだ。もしかしたら、俺が力になれるかも。参考になるかは分からないけど、占いでもやってみる?」


「……占い?テルヒコは、占いができるのか?」


 疑いの目を向けてくるのかと思いきや、そうでもない。希望に触れたような表情だ。どうも、あっちの世界の占いっていうのはこっちの世界よりもあてにされてるらしい。俺が先生に教わったのは、正確に言えば占いというよりチャネリング対話手段だ。


 あらゆる魂には潜在意識というものがあり、それらは全てインターネットのように繋がっている。その”潜在意識ネットワークにおける検索行為”を、先生はチャネリングだと説明していた。自分の本心と対話する為に先生が教えてくれたのが、これだった。


 潜在意識ネットワークに存在するものは、どんな存在とでも交信することができる。対話ができる。だから、自分自身との内面とも対話ができるということで紹介されたわけだ。


 そして、チャネリングは先生が占いをする上でのメインツールでもある。チャネリングを通じて答えを知っている存在にアクセスすれば、本来知る事ができない情報を知る事ができる。

 これはインターネット検索でも同じことが言えるな。


 まだ開封していなかった各種占い道具の入ったダンボールを開けて、中身をテーブルの上に並べる。一時期チャネリングにハマッて買い揃えたオラクルカード、タロットカード、トランプ、YES NOカード、ペンデュラム、サイコロを適当に置いた。


 ザインは興味が湧いたようで、俺が占いの準備を終えた頃には水晶のペンデュラムを手に取って眺めていた。


「ま、初心者だけどな。一応、プロに七割がた当たるとは言われてるんだ。まあ、座れよ」


 無言で座るザインは神妙な顔をしている。そんな顔されると恐縮しちゃうんだが、ここは勢いが大事だ。とりあえず落ち着かせよう。


「テルヒコの占い師スキルレベルはいくつだ?」


「いや、こっちの世界にレベルとか無いから」


「……そうか。じゃあ自分が何をできるのか分かりにくいんだな。不便だ。ステータスと唱えても、そういう表記が出てこないのか」


「なにそれ羨ましい」


 自分のスキルを詳細に確認できるとか、それだけでチートだよ。コミュニケーションスキルSとか欲しい。もうそれだけで食うのに困らないよね。


「まぁ、まず重要なのは異世界でも占いが通用するのかって話なんだけど、そっちの世界でも占い師はいるんだよな?」


「ああ、スキルレベルの低い占い師は精霊の力を借りて天気を予想するくらいだが、レベルが高い占い師は占う相手のステータスとか、次にどんな行動するのかを大体当ててくれるぞ」


 げっ、スキルレベル低くて天気予報か……。あっちの占い師もやるな……。

 こっちの世界じゃ、科学の天気予報が確率高すぎて出る幕ないからなぁ。


「そっか。まあ、そもそも異世界の人間に通じるかはやった事が無いからてにはならないかもしれないけど、占いって言うのは当たらなくても役に立つものだからさ」


 当たらなくても、可能性のある事に対して対策を練られるわけだから、対策の幅が広がるから無駄にはならないんだよな。


「さて、それじゃ始めるか」


 目を閉じて、潜在意識ネットワークをイメージする。まず接続するのは、目の前の異世界人。そして、そこから関係性を辿って仲間に接続する方針だ。


 潜在意識ネットワークでは、人はパソコンのようにイメージしている。ザインというパソコンから繋がっているパソコンの中から、検索をかけて目的の人物へとつなげる。


「ザインの仲間……仲間で弓使いのアイシャさん……アイシャさん」


 ザインから繋がった縁のようなもの。その中から《弓使いのアイシャ》なんじゃないかと思う線を辿る。その先に、空色に光るパソコンが見えてきた。


 いつもの通りなら、これが潜在意識上の魂ということになる。……イメージ的には繋がれているな。

 それなら、質問をしてみるまでだ。YES NO カードを手に、空色のパソコンに質問を投げかける。


「あなたはザインの仲間で弓使いのアイシャか?」


 質問を口に出し、YES NOカードを1回だけシャッフルしてめくる。答えは――


[YES]


 ぞくり、と背筋がざわめく。繋がっていると感覚が訴えてくる。かなり強い繋がり方だと感じる。


「あなたは今、仲間のマイア、メイシャン、ネビルと一緒に行動しているか?」


 そう呟き、またカードを引く。


[YES]


「あなたは今、ダンジョンの外にいるか?」


[NO]


 ざわり……と、嫌な予感が這い上がってくる。繋がりを感じる頼もしさの他に、何か黒く得体のしれない感情が、逆流してくるかのようだ。


「……今、あなたはダンジョンに潜り、3人の仲間と一緒にザインを探しているのか?」


[YES]


 それはまさに、ザインが恐れた答え。いや、これを鵜呑みにするのは早い。チャネリングは、自分自身の不安だったり近くにいる人の不安を読み取って出してしまう事がよくあるからだ。


「これは俺かザインの不安であって、実際の現実ではない?」


 そうであってくれ、と願う。本来、そんなふうに願いながらやってしまえば、結果が左右される事もあるというのに。そい願わずにはいられなかった。


[NO]


 しかしそれも、否定されてしまえば受け止めざるをえない。


 今、俺のチャネリングではザインの仲間たちは、ザインを探して危険なダンジョンをうろついているという事になる。

 非常にまずい。今のザインに伝えてもどうしようもないのがなおまずい。不安にさせるだけで、何にもならないぞコレ……!どうする!?


 そういう俺の顔色の変化を見て、ザインも何かを察したのか真剣な顔で装備を見回し始めた。


「まぁ、待てよ。俺は素人だから。当たってない可能性の方が高い」


「テルヒコ。アイシャはどんな髪をしている?」


「へ?」


 唐突に質問されて、そんなもん分かるわけないだろと言いかけた瞬間、突然脳裏に誰かの後頭部が浮かんだ。金髪のポニーテールで、その根元を植物の蔓で無造作にまとめている。


「金髪のポニーテール?なんかの植物でまとめてある……?」


 ……なんだコレ?俺、なんでこんなものが浮かぶんだ?と頭に浮かぶポニーテールに焦点を当てようと思っていたら、口が滑っていたらしい。


 ハッと気づいて、慌てて訂正しようとザインに目をやると、もう旅支度を済ませていた。早着替えかよ。

 ザインの目は何かを覚悟したように、妙に落ち着いていた。逆に俺が落ち着かない。早まるなよ!?


「テルヒコのスキルは本物だ。皆、俺を助けるために前衛も無しで来るつもりなんだ。俺は、行かなきゃならない」


 言うが早いか、勝手口のノブに手を掛けるザイン。いやいやいや、待てって!!


「いや待てって!今出たって――」


「世話になった。俺は、行く。生きてたら、必ずまた来る。じゃあな!」


   \_,、_人_,、_人_,、_,、_/

    》バンッ! ! !《

   /⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒\


 俺の制止も聞かず、体当たりするように勝手口を開けてザインは薄暗いレンガの通路に飛び出していった。今ちらっと見えたけど、マジでダンジョンに繋がってるんだな……って、呑気に考えてる場合じゃない!


 ザインにならうように、体ごと扉にぶつかってダンジョンへの入り口と化した扉を閉める。俺はファンタジーの住人じゃないんだ。モンスターでも入ってきた日には、なにもできずに殺される自信しかないぞ!!


 一呼吸置いて、部屋を見回すとザインが金貨を入れていた革袋が取り残されていた。


 ……夢じゃない。いたよな。確かに。


 あいつ、大丈夫か?そもそも、この部屋に駆け込んで来た時、モンスターの大群から逃げてる最中じゃなかったっけか?無事に合流できると良いけど……。


 という俺の危惧は、10分足らずで現実となって返ってくることになるのだった。

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