第3話 異世界占いなんてやるんじゃなかった(承一)

 まず何をしたかって?目を疑ったよ。酔っ払い過ぎて、現実と幻想がごっちゃになったのかなって思ったよ。

 

 俺も、この時代に生まれてそれなりにメディア消費してれば異世界転生・転移ものは目につくし、なんなら縦読み漫画で結構愛読してました。作者の皆さまありがとうございます。ごちそうさまでした。俺は特に主人公が食事するシーンが好きなので、そこんところ頑張って下さい応援しています。


 で、転移もので突然自分かあるいは向こうの住人が転移した時って、しばらく夢だと思う描写ってあるじゃないですか。あれは嘘っぱちだと思うんですよね。


 だって、どう考えたって「そこにいる」って感じるもん。夢かと思えるようなふわっとした何かは急速に冷えていって、疑ってた目は疑えなくなって、幻想なんて欠片も残らず吹き飛んで、これが現実だと認めざるをえなくなったよ。


 だって血が出てるし、鉄臭いし、リアルに見た事もないような金属の鎧が体の呼吸に合わせて動いてるもんよ。


 で、その金属鎧を着た、これまた鋼の肉体って感じの筋肉ムキムキの男が、こっち見てすっごい警戒してるわけです。右手に緑色の液体に濡れた、鋭そうな両刃の剣を持ってね。


 こっわッッッッ!!!!!!


 いや、この人絶対熊より強いでしょ。ムリムリ勝てない抵抗もできないと思う。


 でも、こういう時慌ててはいけません。急に動くと相手も動いて怪我をします。

 怯えてもいけません。相手に付け入る隙があると思わせ、不利になります。

 あえて対等であるかのように、相手を何でもない普通の存在であるかのように振る舞いなさい。そうすると、相手はこちらを対等に扱ってくれるのです。


 先生は言ってました。人類がすべき最初のコミュニケーションは挨拶であるべきだと。ちょっとズレてんな俺と思いながらも、さっきまでの絶叫を無かったことにするべくコミュニケーションのジャブを繰り出した。


「あーびっくりした。人間か!こんばんは、初めて見る顔ですね。怪我をしてるみたいですが、大丈夫ですか?」


 心配したいのは相手の怪我より、汚れた床の掃除だけどね!!


 しかし、対等作戦は成功したみたいだ。目に見えて金髪イケメンが落ち着いた様子になった。肩から力が抜けて、辺りをキョロキョロ見回し始めた。こんばんは、これは俺の自慢の新居です。あなたのせいで、初日の幸せな気分が台無しですが。


「……あぁ、大丈夫……いや、大丈夫ではないか。傷の手当てをしたい。部屋を借りてもいいだろうか?」


「良いですが、出血したまま歩き回らないで下さい。掃除が大変になるので」


 対等。対等。対等。


 俺、今「生意気言ってすみませんっ」て頭下げたくなるのを必死に我慢しています。偉くない!?だってびびるよ!?結構深い傷が体のあちこちにあるもんよ!

 腕のが一番ひどい。肉がざっくり切り裂かれてて、今も血が少しずつ流れてる。血の流れが鈍いのは、そこに泥や埃なんかが詰まってるからだろう。


「ああ、そうか。そうだな……できるだけ汚さずに治療する」


 そう言って金髪イケメンは、手早くどこかから取り出した何かの布を傷口に押し込んだ。痛そう。顔しかめてるし。

 続いて腰のベルトにつけた革製の袋を手に取ると、その先端についた蓋を取り、腕の大きな怪我にその中身を振り掛けた。赤い液体が、怪我を覆うようにかかった。あ、傷口洗ったりしないんですね不衛生だと思いますよ?


 とか思ってたら、”じゅう”って音がしたんですよ。傷口から。


 そこで察したわけです。あ、これがファンタジーで言う怪我した時の万能薬、《ポーション》ってやつなんだろうなって。


 ただ、これは全く予想外だ。それまで真っ赤に割れた傷口に詰まって血を吸った布と、その周りの泥や埃なんかが、しんなりしてぐじゅぐじゅになったかと思ったら、”そのまま肉や皮膚になった”。


 俺には、そう見えた。もう数秒後には綺麗さっぱり元の肌。


 すっごっっっっっ!!!!!!うわ、異世界すっごっっっ!!!!これはもう完全に異世界転移だな。超非科学的じゃああーりませんかっ!?


 途中で布が足りなくなりそうだったから、前の家から持ってきた救急BOXを渡した。見覚えの無い物が多かったみたいだけど、包帯だけは分かったみたいで、手に取って布の代わりに傷口に押し当てていた。


 その後も、金髪イケメンは手早く治療を進めていって、俺は傷が治る早さに目が釘付けになっていた。そんな俺の様子を見て、金髪イケメンが話しかけてきた。


「物珍しい、といった態度だな。こんなダンジョンの奥深くの異郷に住むほどだ、ポーションを見た事も無いのか?」


 俺の視線の意味はバッチリとバレてたらしい。

 しかし、”ダンジョン”と”異郷”か。気になるキーワードだな。どういったタイプのダンジョンだろう?意図をもって知的生命体が作ったダンジョンなのか、神のような高次元存在が世界のシステムの一部として作ったものか。

 傷ついていた事からも、モンスターや罠の存在はありそうだなと思うが、モンスターは無限に湧いてくるのか倒したらそれっきりなのか。


 また、”異郷”っていうのは俺の予想なら……。しかし、これって興味を優先して良い状態なのか?そもそも相手は武器を持った人間で、いつでも俺を加害しうるわけなんだが。


 いや、でも問答無用に攻撃してくるような奴なら、既にしてるだろう。よく見れば、武器、鞘に納められた剣に見えるものは床に置いたままにしている。すぐ手に届く範囲に置いてはいるものの、鞘から抜いてないっていうのは敵意が無い事をアピールしてるようにも見える。もしかすると、この金髪イケメンの世界でのマナーみたいなものかもしれないな。


 人は、自ら情報を開示してくる人間を基本的に信用する。用があるなら自分から名乗れっていうのは、そういう事だ。

 うん。興味を優先させよう。


「そうですね、ダンジョンもポーションというのも、概念は知ってますが物語でしか出てこないような存在だと思ってました。今、この目でその効力を見るまでは。”異郷”は初めて聞きましたが、もしかしてダンジョンに現れる別世界の事ですか?」


 自分の予想を挟む。いわゆる創作上のダンジョンによくある、ダンジョンの中は一種の異界であり、階段を上下すると広さも性質も全く違う異世界が現れる……といったタイプのダンジョンなんじゃないか?という予想だ。


 金髪イケメンは途端に目を輝かせて身を乗り出してきた。あ、こいつ多分根っからの冒険野郎だな?でもって、見た目からそうじゃないかと思ったけど、こいついわゆる冒険者だな?


「いかにも!ということは、君はまさかダンジョンからこの異郷に来たわけではないのか!?まさかまさか、元々この異郷に生まれ育ったのか!?」


「あなたの言う異郷の範囲がどのくらいか分かりませんが、俺は元々この近くに住んでて、今日ここに引っ越してきた新参者ですよ。その扉がそちらの世界のダンジョンに通じてるなんて知らないで引っ越した来たんですけどね。」


「なんだって!?では、この近くに大勢の人間が住む集落があるって事か!おおぉっ、大発見だぞ……!異郷に人間が住んでいるだけでなく、集落まで近くにあるなんて前代未聞!史上初めての事態かもしれない!あぁ、ここにネビルがいたらなぁっ!いや、落ち着け落ち着け……今ここにアイシャはいない。正確に報告する為にも、冷静になれ冷静に……!……いやっ、なれないだろうっ!!」


 顔を赤くして興奮気味にまくしたてた金髪イケメンの話をまとめるとこうだ。


 金髪イケメンの世界は、いわゆるRPG的な剣と魔法の世界。冒険者ギルドあり。ステータスと、各種スキルの熟練度を確認できる魔道具があり、一定レベルの冒険者になるとその魔道具がギルド会員証に追加される。

 科学のような仕組みを利用した技術は無い。その代わりに魔法と魔術が発展している世界。聞いただけでも俺が知ってるファンタジー種族は全部存在するらしい。


 ダンジョンは予想通り、物理的な広さを無視した異次元構造になっていて、地下のダンジョンなのに青空の晴れ渡る草原の階層があったりするらしい。


 そして、”異郷”。時々、ダンジョンの扉を開くと繋がる特殊な場所で、そこでは何故か魔法がうまく発動せず、基本的には知的生命が居た事はなく、そしてなぜか扉からあまり離れて遠くに行くことができないという。


「だから、これは大発見なんだよテルヒコ!!それにしても美味いなこの麦酒は!氷も入ってないのにキンキンに冷えてるなんて!冷蔵庫と言ったな、あの魔道具は。うちのギルドハウスにも一台欲しいぞ!むっ、この腸詰……ハーブが効いてて美味いな!今、俺は異郷の食物を人類史上初めて口にしているのかもしれない!チーズも上手に燻製された良い香りだ……!君、そうは見えないが、まさか貴族か?」


 と、机に広げた各種おつまみを次々つまみながら、冷えたビールを気持ち良いくらい豪快に飲み干していく金髪イケメンは、名前をザイン=ヴァーグと名乗った。

 冒険者ギルドの上から四番目の等級、白金プラチナ級の冒険者でありポジションは前衛戦士タンク。[黄金龍の息吹]というギルドに所属するパーティー、[白金の盾]のリーダーだという。


 ダンジョン攻略中に大量のモンスターに追われ、仲間を逃がすために囮となって敵陣を突破し、怪我をして逃げた先にここに通じる扉があったらしい。


 ………まさかと思うけど、その扉からモンスターまで入ってこないよな?


 そろりと、ザインの背後で沈黙を保つ勝手口に、俺は疑惑の視線を投げた。

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