第2話 異世界占いなんてやるんじゃなかった(起)

 ガタガターーギシギシーー


 この日の為に買った軽トラの荷台から、きしむ音がする。一人暮らしの1Kアパートの荷物だから、全部集めても1台で足りるだろうと思ったけど、実際載せてみるとギリギリだった。大きめの冷蔵庫が頭1つ抜けてて、なんだか食いしん坊みたいで恥ずかしいけど実際食いしん坊ですごめんなさい。


 ガタガターーギシギシーー


 なんだか、某名作アニメのオープニングみたいだなと思ってテンションが上がる。同時に頭の中で流れるBGM。つい窓を全開にして肘を乗せた。やばい、楽しい。田舎のおっさんが軽トラを上機嫌に乗り回してる感をトレースしてる事に、笑えてくる。


 童心に返って運転してると、子供の頃からの事がふわふわと湧き上がってくる。思えば、この土地から6年近く離れていたんだよな。


 父親は公務員で、母親は専業主婦。兄1人、妹1人。四方を山に囲まれた緑豊かな地方都市、この『神居町かみいちょう』で俺、天津照彦あまつ てるひこは生まれ育った。人口1万人弱だったこの町は、今では7千人くらいまで減っているらしい。切ない高齢化と人口流出の波だ。


 祖父は11歳の時に亡くなって、祖母は俺が産まれる前に亡くなっていた。

 夏休みくらいしか会わない祖父だったけど、育てた野菜は甘くて瑞々しくて美味しかったのを覚えている。


 兄弟仲は多分良かった。それぞれ大学まで進んで、就職を機にはなればなれ。誰も地元には戻らなかった。


 大学を卒業してすぐに東京の商社で営業事務に勤めたけど、3年が経つ頃になると無視できない違和感が湧いてきて、会社をサボるようになった。


 なんだか、先が見えてしまったんだ。十年後の自分は、十歳上の上司みたいな生活になるんだろうなって、リアルにそう思えてしまった。その上司とは仲が良くて、何でも話してくれたのが、余計にそう思わせたのかもしれない。

 お前は俺の若いころによく似てるって、そう言われた。俺もそう思ってたし、言われた時はなんだか嬉しかった。


 でも、それに何の意味があるんだ?って、俺の中の誰かが囁いた。その囁きは勝手にどんどん大きくなっていって、俺は、いつ頃からか俺にしかできない人生を求めるようになっていった。そうじゃなきゃ、産まれてきた意味が無いような気がして。


 俺はどう生きたいんだろう?別に会社が嫌いなわけじゃない。でも、


『コレジャナイ。コレジャナイ。コレジャナイ。』


 そう、俺の中の誰かは囁き続けていた。

 自己啓発の本を読んだり、実践してみたり、セミナーに行ってみたりしたけど、どれも結局ピンと来なくて、何でもいいからヒントが欲しかった時に出会ったのが”先生”だった。


 先生は、Liveアプリの隅っこで活動する占い師だった。


 先生は、俺が本当は何をしたいのかをズバッと導き出した。聞いた瞬間、魂が震えた。俺、そんなことがしたかったのか!?って驚きもした。

 だって、まさか田舎に戻って自給自足生活をしたいんだなんて、誰が思いつく?誰も思いつかないでしょ。だって、それまで別に農業も狩猟もした事無いんだよ?


 でも、先生に教えてもらってからサバイバルとか、自給自足、野食、狩猟なんかの動画にハマりにハマった。皆、輝いて見えた。

 ああ本当だ。先生のいう通りだ。俺、こんな生活がしてみたいんだ。できるだけ自分の力だけで、生き抜いてみたいんだ。自分が作ったものを食べて、自然の恵みに感謝して生きたいんだって。心からそう思った。


 先生とは、その後直接やり取りするようになった。

 先生は、現実的に自給自足する為にはどうしたらいいのかを一緒に調べてくれたり、それまでの生活への未練が出てきて、精神的に不安定になった時に向き合い方を教えてくれたり、自分自身の本心と向き合う方法を教えてくれた。有料で。


 正直、学んだ事が多すぎて数えきれないくらい世話になったのが先生だ。今から向かう土地付きログハウスも、先生と一緒だから探し出せたようなものだ。

 いつか、しっかりお返ししたいなぁ。


 と考えながら走って30分。アスファルトの道が砂利になり、砂利すら無い踏み固められた山道になり、低山を登りに登った先に、唐突に開けた平地が現れた。


 開けているとはいえ、手入れもされていない森に囲まれた平地の、正面奥に小綺麗なログハウス。ログハウスのベランダに接するように右側に広がるのは、ざっと見て2㎢くらいの池。木漏れ日が水面みなもに落ちてキラキラと反射している様が、物件情報にあった写真の通りで神秘的な美しさだ。もっと近くで見たい!


 平地に乗り込んだ瞬間、なんだか空気が変わった気がした。


 ログハウスの左側に建てられた小さな車庫に軽トラを止めて、湖へと小走りに向かう。不便な事を除けば、観光名所になっても良いくらいの透明度の池だ。ほのかに底の方が青みがかっていて、そこから時折ぽこぽこと気泡が上がってくる。湧き水だな。


 いや……これ、独り占めしていいの?本当に。背景が鬱蒼とした森だからリフレクションで映えたりはしないだろうけど、ここにログハウス建てた人の気持ちが分かる。


 見れば、小さいけど魚もいる。これ、もしかしなくても釣りもいけるんじゃないかな?


「かぁ~~っ!夢がひろがるなぁ!」


 つい独り言が口から漏れた。

 さあ、荷ほどきだ!!


┻━ ┳┳━━┳━ ━━┻━┳ ┳━ ━┳━ ━ ┻┻━┻━

         割  愛

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 引っ越しの荷ほどきなんて単純作業は面白くないと思っていたけど、いざ終の棲家のつもりでレイアウトするとびっくりするくらい面白かった。


 時間を忘れていじりまわしていたら、日が暮れてしまった。ひとまずダンボールは全部畳めたし、これで一旦良しとしよう。


 夕飯だ。今日は地元の道の駅で買ったキノコの炊き込みご飯と、唐揚げ、豚汁に、フライドポテト、地元のクラフトおビール様!!


 唐揚げを電子レンジじゃなく敢えてフライパンで温め直しながら、片手でビール缶を開けてキッチンドランカーのできあがり!

 ビールのくせに華やかな花や果実を思わせる香りのIPAインディアンペールエールが、鼻に抜けてお洒落な気分。そこに衣がカリッと仕上がったアツアツの唐揚げを突っ込めば、気分はBBQ!!熱っ……うまっ……!


 天井には星を見る為の小さな窓があって、今日は偶然かそこにちょうど月が見えた。随分と丸い。もしかすると満月かもしれない。


「最高だな……最高の夜だ……」


 酔いが回ってぼやけた脳を、揺蕩たゆたうに任せて目を閉じる。

 このままベッドに雪崩れ込んだら気持ちいいだろうな~………………………


   \_,、_人_,、_人_,、_,、_/

    》ド ン ッ ! ! !《  ミシ

   /⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒\ メキ


 ッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!


 重量のあるものがぶつかる音に心臓が跳ね上がった。慌てて跳ね起きて音のした方に目をやると、そこには台所の勝手口があった。この勝手口の奥は山側の森だ。山から来る、重量級のものといえば…………


   \_,、_人_,、_人_,、_,、_/

    》ド ン ッ ! ! !《

   /⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒\ バキッ


 こりゃあクマったなぁ……って!?おおおおい!!やめてやめて冗談じゃないよ!まだ初日だよ展開飛ばしすぎだろ常識的に考えて!!

 そういうのは明日!明日ホームセンターに買いにいく予定だったんだよ!!斧とか!チェンソーとか!!本当だよ!?何も考えてなかったわけじゃないよ!!すみません本当は危機感ゼロでしたぁぁぁぁぁあああ!!


   \_,、_人_,、_人_,、_,、_/

    》バンッ! ! !《

   /⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒Y`⌒\


 扉がーー開いっっ……オワッタァァァァァァァアア!!


「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

「うおぉぉぉっ!?」


 ログハウスの中に、男二人分の絶叫が轟いた。


 ――勝手口から転がり込んできたのは、黒い毛皮のクマではなく、金髪のイケメン。それも、漫画やアニメでしか見た事もないような鎧を着けていた。


 勝手口から飛び込んできたのは、熊だと思い込んでいたんだけど、実は異世界の冒険者でした。

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